第二話
緻密な町だ、僕の町は。丁寧に作り込まれた密集する無数だ。小さな古い駅とその周りに微かな店をちらつかせ、ゴミ焼却場の高い塔と、狭い公園と、あらゆる場所に新しい住宅を詰め込んだ溢れそうな町だ、僕の町は。
つまらない路地を一本入ったところの、最も奥まった所に僕の家はある。微かな下り坂を下ったところの、枝を左右に広げ伸ばした一本の大きな木に隠れている。一台の小さなラジオと、時間を感じさせず作業する老人の居た畑が坂の左右にはあったのだけれど、今は薄い肌色をした新しい住宅が詰まっている。僕の家の門は危うく崩れかけて、わずかに傾いている。
何も敷かれていない木目模様のフローリングと、一本の足がうまく作用しない低く重い鉄のテーブルと、その上にはいつもグラスに牛乳やコーヒーが濁りながら残り、正面には大きな古いテレビが埃で白んでいた。身体を丸めて寝転んだ母親がいつもそこには居た。
薄暗い中に母親は居た。しばらく前から部屋の灯りが一つ切れていたからだ。うっすらとした暖色の部屋の中に、テレビが場面を変えるたびに白い光がちかちかと点滅し、老いて膨張したように締まりを失った、褐色の肌を持った母の丸い影が、背中から姿を現すのだった。喉の奥から楽しげな笑い声をよく母は立てた。遠くまでよく通る高音のリズムの良い笑い声で、身体の中かあるいは家の外にある避けがたい困難から一瞬の離脱を図っているような、一種狂気を含んだ笑い声であった。
台所で興味本位に料理をしながら、あるいはテレビのついたままのリビングで向い合って夕食を食べながら、僕は母親を眺めた。母の眼、あのうねるように癖を持った、水分を失い白髪を生え際から何本も覗かせている母のみすぼらしいあの髪の下で、古びて濁りきった母の、黄ばんでやはり乾燥した母の眼を、僕はよく眺めた。笑うたびに光りを集め、皺を集め、小さく縮む母の眼を。色の薄い、乾燥した唇の奥で、歯はすでに何本か失われていた。化粧を落とした寝顔を見ると、古びて朽ちた木片を思わせた。
仕事の無い日、母はよく一人で車に乗ってどこかへ出かけさまよった。具体的な目的地を持たず、午前に出かけ、ある日は遠くへ出かけたが、ある日は近所をただ走らせた。シートの低い僕の家の車に小さな老いた母が座り、紙コップに何時間もコーヒーを残し、皺を帯びた手でハンドルにしがみつき、母がどこに向かうのか僕は知らない。時々、母が永遠に、形而上的に、ありもしない空間を僕の家の白い車に乗って逃避し続けるように感じた。母は小人になったのだ。蝿のような小さな白い車に乗り、僕の頭の周りを飛びまわる衛星となったのだ。深いところで、母さえ知らない深いところで、逃避が母を動かしているのだと僕は疑っている。決まって夕方になると戻り、髪をかき上げて頭皮を掻き、ため息をつきながらテレビのスイッチを入れる母を見て僕の疑問は高まる。身体の濁りが集まる母の指先……。
その頃の僕は本を読むのに夢中だった。僕に難しいと感じさせる本が僕は好みだった。その頃、ドストエフスキーやカフカやバルザックやスタンダールやジョイスやプルーストや三島由紀夫や安部公房を次々と読んだ。国や時代も無関係に、新しく覚えた名前を古本屋で見つけては100円で買い、家に帰って読み漁った。文学を読んでいるという優越感が僕をますます文学に傾倒させた。その頃と言えば、僕の周りには本を読む人間さえほとんどいなかったからだ。音の無い部屋、僕は夜に向かって開く出窓を背にして、胸に顎を乗せ、ベッドの上で本を読んだ。声はこだまする、曲がりながら登る黄土色をした木の階段に、母の笑い声が鳴る。文字の上をなぞる僕の瞳が母の笑い声を聴いている。




