2話 考察-戦闘(1)
先ほどの風も凪いだ頃。
決死のサバイバルなんてのも初めてなもので、私たちは固唾を飲みながら、リュゲルの話を素直に聞くことしかできないでいた。
「仮にここを地下一階と考えてだ、4人パーティでここにくるまで2時間ほど。軍隊が足並み揃えて人海戦術なんてしてりゃあ、4時間はかかるだろうぜ」
「うん……」
「多少は牛歩でも問題ねぇ、とにかく下に降りる。そして、騎士団様が立ち入れねぇほどの場所をみつけ次第、そこを俺らの根城とする。いいな」
その「立ち入れない場所」がどれほど危険なところなのか、私は想像すらできなかった。
スローライフ…………、スローライフといっていたが、はたしてこのダンジョンで、そんなことが可能なのだろうか。
心が不安で埋め尽くされる。
だが、いまは彼を信じるほか道はない。
「……つってもここは最恐ダンジョン、騎士団以外の危険だって山ほどある」
「う……やっぱ、そうだよね……」
「この辺のやつらは俺らでも対処はできる相手だが、問題はより深く、そこで壁にぶち当たった時だな」
いういった後、リュゲルは補足のようにひとつ付け足した。
「ただ、浅層にいる奴らは人間の味を知っているから容赦ねぇが、深くに潜りゃあむやみやたらに襲われるもんでもねぇ。縄張りにはいらないことさえ徹底すりゃあ大事はねぇだろ」
いや、違う。
そんな簡単なものじゃないことくらい、わかっている。
たぶんリュゲルは、私たち(リリムに気を遣ってるかはわかんないけど)を安心させるためにそういったのだろう。
これが本心からの言葉とは思えない。
ここが最恐と恐れられる所以。
ただの野生動物とはわけが違う。
知識だけでどうにかできる場所ではないはずだ。
「いやー、あんた、こんな時はしっかりするものなのね。ただのスケベドラゴンじゃなかったんだ」
「そりゃあ俺も明日の飯は恋しいからな。慣れねぇことでも、なんでもするわ」
リュゲルは包帯の上から縄で腕を強く縛り、無理やり止血した。
そして進む道の反対側、吹き抜けエリアの入り口をチラリとみる。
「だが、出発する前にいくつか細工でもしておいたほうが、いいかもしれねぇな」
「細工?」
「俺らが逃げる道中でモンスターから襲われて死んだ、かのような痕跡を残すんだよ。相手は軍隊だが中身は人間だ。いまの行動が無意味なことかも、なんて思やぁそこから綻んでいく」
「はぁー、あったまいいわねぇ。で、なにすんの?」
「ズタズタの身包みでもありゃあ確証としては十分だろ。お前ら着てる服、全部脱げ」
「スケベドラゴン!?」
*
といっても、このメンバーで破廉恥な展開などあるわけがない。
私がだした替えの服を手にすると、みな淡々と処理をすませ、目立つ岩場に放る。
ものの数分で出発の準備が整った。
「よし、こんなもんか」
「リュゲル、それは? なんか生臭い……」
「ダーマドラゴンの体臭だな。この木ベラに塗り込んでおいた。獣ってのは鼻がきくもんでな、自分より上位モンスターの臭いなんざ、近づこうともしねぇってわけだ」
なるほど、これで雑魚モンスターに囲まれて……なんて心配もない。
さっきダーマドラゴンの脱皮した皮をみたし、このダンジョンにも生息しているのは確か。
浅層レベルであれば、生態系的にもそこそこの上位種で、効果のほどは覿面だろう。
「……じゃ、いくぞ」
進む通路の前にたつと、このダンジョンの異質さというか、なんとなく気持ち悪い感じがしてしまう。
この吹き抜けエリアほどではないが、かなり天井が高い。
辺り一面闇の中で、ランタンがなければ足を前にだすことすらはばかられるほど、身がすくむ思いだ。
ゴツゴツした岩場は他のダンジョンと遜色ないが、地面はなにかと湿っぽく、苔の臭いがたちこめている。
気を抜けば、すっ転んでもおかしくない。
リュゲルが特に躊躇することもなく一歩踏みこんだので、それに続くよう、私たちも列をなしてついていった。
「…………」
「ひゃー、暗いわねぇ。やだわこの感じ」
吹き抜けの光がまだみえる内、ふと思い、私は振り返った。
初めてきた場所で感慨もなにもないはずだが、それでも、もうここに戻ることはないのだろうという直感が、神経をひどく蝕んでくる。
「ごめん……」
「あ?」
「仲間として助けてくれてるんだろうけど、これは利害の一致とかじゃなく、私の問題に巻きこまれているだけ。私は、ありがとうしかいえないのに……」
言葉が漏れていた。
ふたりとも、こんな話はされたくないだろう。
だが、頭で考えるより先に、喉だけが先行して動いてしまう。
「いいって、いいって! アチシ1000年も生きてるから、こんなのより理不尽な事、山ほどあったし」
「でも……」
「ま、それでいうと詫びる必要なんざねぇぜ。気休めじゃねぇがよ、俺らも国から逃げる理由があんだよ」
「え?」
「え、なにそれ、私しらない」
「この2年、おかしいと思わなかったか? ただヒナタを監視するだけなら、騎士団連中でパーティ組めばよかったろ。顔も公開されてねぇし、誰かはわかんねぇからな」
「な、なるほど」
「こんな汚れ仕事に一般人の俺らを巻きこむ道理はねぇ。種族の壁がなんたらとか大義名分は関係なく、もとより俺らも始末する対象だった、って考えんのが流れってもんだろ」
「はぁ〜ん……ほえ〜ん…………、私なんか悪いことしたかしら」
「知らねぇよ。俺も覚えはねぇしな」
「……でもたしかに、私ひとりのためなら、シュタルドは過剰戦力すぎるか」
彼は3対1を想定して配属されたのだろう。
実際、不意をつけなかったら間違いなく全滅していた。
「だから、お前のためとかそんなんじゃねぇ。あんま気ぃ負うなよ」
「う、うん……!」
そうだ、落ちこんでも、憂いても仕方がない。
いま、私にできることをするんだ。
考えるのはそれだけでいい。
「あのさ、ふたりは狙われる心当たりとかないの?」
「あ?」
「国家の最高戦力を投入してまで始末しようとしてるってことは、それだけ私たちに脅威を感じてるんでしょ? なにか、この逃亡のキーになる情報があるかも」
私がそういうと、リュゲルは振りむきざまにリリムへとアイコンタクトをとった。
真剣な面持ちでリリムも頷き返す。
私だけが知らない、なにかがあるのか。
「大丈夫だから、教えてほしい」
「うん…………まぁ私、なんにも知らないけど」
は?
「ねぇねぇ、なんかあんの────」
「200年前あった戦争の話、したの覚えてるか」
リリムの発言を遮るように、低い声が反響した。
ナイス判断である。
「リザードマンと人間の……だよね?」
「おお、そうだ。だが人間どもはそのあと、ドワーフ、ラミア、マーマン……、エルフとかとも、どんぱちやってたな」
「あったわねぇ、そんなの」
「お前……自覚もてや」
そっか、年齢的にふたりとも経験者なんだ。
私は人間だから、寿命の規模感についてけなくなる時がある。
農奴時代にそんな勉強する機会もなかったからなぁ。
「で、内容としては人間の圧勝。俺らの種族はなすすべなく絶滅の危機に陥った、つぅわけだ」
「あの、それのなにが関係あるの……?」
「ああ、本題はそこじゃねぇ。この戦争の目的、覚えてるか」
「龍月石だよね」
「そうだ。空間の移動を我が物にしようとした人間から仕掛けたのが始まりだな」
リュゲルがたてた人差し指と、漏れる吐息が体を引き締めさせてくる。
いまから重要なところをいうつもりなのだろう、その顔から判別できた。
「人間が戦争ふっかけた種族は、すべて長寿の種族だった。俺は当時ガキだったからよく覚えてねぇがよ、風化でも狙ってたのかもな」
「そ、それって……!?」
「そう、龍月石、1000年生きたエルフ、そしてヒナタの特殊能力。国杜の狙いは間違いなく、この戦争に関係している」
私たち4人がパーティを組んだことにも理由があったんだ。
なんだか話が壮大になってきた。
「で、でも、シュタルドは明確に殺意をもってたよね。ワープ技術がほしいなら、生かしておくものじゃない?」
「目的まではわかんねぇよ、先の戦争だって不明瞭な部分が多すぎる。ま、そもそも、この話も俺の想像でしかねぇしな」
このメンバーに繋がりを見出すとすれば、間違いなくそれだ。
でも、なにか靄がかかったような、核心がなにもつかめていない。
国杜の狙いはなんなのか。
どうして私たちの命を……。
「リリムはどう思う? なにか、心当たりみたいなのは──」
「……?? …………?????」
「あの、リリム……?」
「……????? あー、あぅ……???」
「ダメだこいつ、許容量外の情報に頭がパンクしてやがる」
「えぇ……」
1000年も生きたら脳みそって腐るのかな。
「心当たりだよ、心当たり。リリムはなんで私たちが追われるようになったか、思い当たることある?」
「えぇと……国杜様は一瞬で遠くにいく術がほしくてぇ、つまり旅行とか大好きな可能性があるわね」
「なにいってんの?」
なんとなく、私は地元の介護士の顔を思いだしていた。
農奴の私にも優しくしてくれて、いいひとだったなぁ。
「まぁこのバカはおいといて、ヒナタぁ、俺からも聞きたいことあんだが、いいか?」
「えっ? う、うん」
なんだろう、改めて。
正直、私には思い当たることがなにもないから、力にはなれないんだけど……。
「ちょっとなぁ、変なこと聞くんだが……」
「変なこと……?」
「お前、本当に人間なのか」
「……?」
「はぁ? どっからどうみてもそうじゃない」
「おう、言い方を変えるぞ。お前のその能力は魔法の類いじゃねぇ、生得的な能力だ。人間……いや、生物がんなもん授かることあるか?」
「たしかにぃー、神話生物とかじゃないと聞かない話ね」
「それに、多種族の俺らを狙うのはともかく、人間のお前を目の敵にする意図がわからねぇ。お前の出自、どうなってやがる」
なにそれ……。
人間じゃない可能性……? 考えたこともなかった。
「お前が何者であっても仲間であることにゃ変わりねぇが、嘘はよくねぇな。変わった経歴あんならよぉ、腹割って話せや」
「でも私、生まれも人間の村だし、お父さんもお母さんも人間だよ? この力があるのは私だけだったけど、そこは絶対、間違ってない」
「じゃあ人間やないかい」
「自覚はなしか……。出身地によっちゃあ、変な儀式に付き合わされてたって可能性もあるな。無理やり天使族との混血を作る、なんて話も聞いたことがある」
「おおん、ほな人間ちゃうかぁ」
私は人間だ。
それだけは間違いない。
だけどそう聞かれると、心臓の脈打つ感覚が何故か鮮明になる。
ひとつだけ心当たりがあった。
遠い遠い、昔の記憶。
親に話しても、まったく取り合ってもらえなかった、その記憶。
「……あ、あのさ、私の……出身なんだけど──」
「まてヒナタ。その話はあとだ」
目の前で急に止まられたものなので、私は彼の尻尾とぶつかり転倒。
尻餅をついてしまった。
お尻がびしゃびしゃ、気持ち悪い。
「ちょ、ちょっと! 急止まらな──」
「静かに……」
視界を占領したのは大きな手。
そのほんのり甘い香りのする大きな手によって、私は口をつぐまれてしまう。
柔軟剤の香りと、苔むした湿地帯の香りと、獣臭さで、なんだかクラクラしてきた。
「リリム、あいつ、なにかわかるか」
「え? あいつって……?」
「壁だ、目ぇ凝らしてよくみてみろ」
壁? どうみたって、いたって普通の壁……。
ランタンを少し前へと近づけて、よーく目を凝らす。
「…………!? え、なにこれ……!?」
壁が脈打っていた。
息をするように、心臓を動かすように、一目でわかる、生物の鼓動。
先ほどからやけに天井が高く感じたが、その壁は不揃いな足で直立している、巨大な生き物だ。
「でかー! こんなの初めてみた!」
「こ、これ、気づかれてるよね? なんで襲ってこないの……?」
「どうやらお互い初見様みてぇだな。殺りかたがわからねぇ以上、こっちの様子でもうかがってんだろ」
ダーマドラゴンの臭いでも逃げないってことは、A級以上のモンスターであることは確定。
逃げるしかない。
勝てるサイズの敵じゃない。
「ヒナタァ、ナイフでもなんでもいい、軽そうな武器くれ。片手で斧振っても力はいんねぇこと、いま気づいた」
「え!? 戦うの!? 逃げたほうが……」
「アホか、歩幅差かんがえろ。背中みせた瞬間、ドシンのプツンだ」
3人での初戦闘、未知の敵、格上。
不謹慎にも、シュタルドがいたら、なんとかなるのかなぁ、なんて頭をよぎってちょっと自己嫌悪。
そんな私のことなどつゆ知らず、壁モンスターの鋭い眼光は、私たちを射すくめるのだった──。




