篝火
俺は欲しかった。
ぬくもりを感じることができる、自分の『居場所』が・・・
16年間生きてきて、いつも感じていたのは『冷たい暗闇』だった。
俺の家は横浜の一等地にある。
父は会社役員、母は政治家秘書。
世間から見れば、俺は『お坊ちゃま』だろう。
ガキの頃から勉強を強いられ、遊ぶことは許されなかった。
学校に『友達』は一人もいない。
両親の帰りはいつも遅い。
俺の夕飯はいつも、テーブルの上に無造作に置かれた千円札で買うコンビニの弁当だった。
ある日、俺はふと思う。
俺という存在は、親のスケジュール帳に書き込まれた『記号』でしかないのではないかと・・・
その夜、俺は家出同然で街を彷徨っていた。
伊勢佐木町の路地裏から大通り公園に抜けようとしたところで、数人の不良に絡まれている俺と同い年くらいの少年を見つけた。
不良達は少年を取り囲み、執拗に殴り続ける。
すでに顔中血だらけの少年は、呻きながらも立ち上がろうとして不良たちに向かって吠えた。
「てめぇらなんかに、アイツの単車を汚す権利なんてねぇんだよ!」
負け犬のように見えながらも、絶対に屈しない少年。
『コイツの隣に立ちたい・・・』
俺は何故かそう思って、気付けば石ころを拾い上げて不良の一人に投げつけていた。
「うるせぇんだよ! 集団でしか何もできねぇクズどもが!!」
俺らしからぬ、感情そのままの言葉だった。
不良たちは標的を変えて俺に襲いかかってきたが、少年も立ち上がり、二人で無我夢中に応戦した。
数分後、不良たちは捨て台詞を吐いて去り、俺達は路地裏に座り込んで肩で息をしていた。
「てめぇ・・・何で俺を助けた?」
少年が荒い息をしながら尋ねてきたので、俺は答える。
「なんとなく・・・だよ」
本当は『隣に立ちたかったから』なんだが、そんなこと言えるはずもない。
そもそも、何故そう思ったのかもわからないのだから・・・
「そうかよ。 まあ、礼だけは言っとくぜ。 ありがとうな」
少年は落ち着きを取り戻してそう言うと、立ち上がって公園の方へ向かって歩き出した。
俺もつられて立ち上がり、少年の後を追う。
少年は公園の脇に止めてある真っ白なバイクの前で立ち止まって、こちらを振り返った。
「俺は透・・・安藤透だ。 お前は?」
不意に問われ、俺は戸惑いながらも答えた。
「あ・・・純・・・神谷純」
それだけ聞くと、透はバイクに跨りエンジンをかけた。
「それ、お前の単車? カッケーじゃん。」
俺の言葉に、透は少し悲しげな顔をしながら、どこか遠くを見つめて言った。
「俺んじゃねぇよ・・・形見なんだ・・・友達の・・・」
「あ・・・」
透の答えに、俺は言葉を詰まらせた。
言ってはいけないことを言ってしまったのではないかと・・・
だが、透は気にした様子もなく、俺に向かって問いかける。
「お前、家どこだよ? 途中までなら送ってやるよ。」
驚いたことに、透は俺をバイクの後ろに乗せると言ってきたのだ。
だけど・・・
「家には帰りたくない。 あそこは俺の『居場所』じゃないから・・・」
俺の答えに透は少し戸惑った様子を見せたが、すぐに笑顔を見せて
「そんならお前に『俺の世界』を見せてやる。 乗れよ。」
そう言ってくれた。
俺は透に促されてシートに跨る。
「振り落とされねぇように、しっかりしがみついとけよ!」
言われるまま、俺はしっかりとしがみついた。
そして、バイクは走りだす。
夜を切り裂くような排気音。
凄まじい速度で通り過ぎる街の風景。
全てが初めての体験だった。
そして、何より・・・
透の背中は暖かく、まるで凍てついた闇に燈った光のように感じた。
どれくらい走っただろうか?
透はバイクを止めて、スタンドを下す。
俺は周りを見渡した。
向こうに赤レンガ倉庫が見える。
見慣れた風景。
そこは『象の鼻パーク』だった。
さっきまでいた伊勢佐木町から、然程離れていない場所だ。
「あれ? 結構走ったと思ったけど・・・」
「ああ、走ったよ。 本牧を一周した。」
俺の疑問に、透は笑顔で答えた。
ああ、なるほど。
16号から八幡橋を渡ってたっけ・・・
「・・・で、どうだった?」
問われて、俺は正直に感想を述べる。
「どうって・・・なんか、上手く言えねぇけど・・・こんな世界があるんだなって・・・俺の世界に明かりが燈ったみたいな・・・」
「なんだよ、それ? お前、どんな世界で生きてきたんだよ?」
透は笑いながら返したが、俺は冗談なんか言ってない。
大真面目だ。
「俺の世界は・・・いつも『冷たい暗闇の中』だった。 どこにいても、誰といても・・・本当は俺の居場所なんか、どこにもないんじゃないかって・・・」
透は笑うのを止めて黙って聞いてくれた。
やがて、二人の間に沈黙が流れる。
気まずい・・・
俺は話題を変えようと、ふとした疑問を口にした。
「そういやお前、どうしてあんな所で喧嘩なんかしてたんだよ?」
俺の質問に透は一瞬キョトンとした顔を見せたが、何かを思い出したのか、怒りに震えた声で答えた。
「あいつら、この単車に唾を吐きやがった! 250ccだからってバカにしやがって・・・!」
そう言えば、透はこのバイクを『友達の形見』だって言ってたっけ・・・
そんな大事な物に唾を吐かれりゃ、そりゃ喧嘩になるだろう。
でも・・・
「でも、なんでそんな大事な物に俺を乗せてくれたんだ?」
「ん? ああ・・・」
透は気恥ずかしそうに頭を掻きながら、小さな声で呟くように答えた。
「俺と一緒に戦ってくれたろ? そん時、お前になら背中を預けてもいいって思って・・・それに・・・」
「・・・それに?」
俺は続きを促したが、透は答えなかった。
二人の間に再び沈黙が流れる。
やがて、先に沈黙を破ったのは透だった。
「なあ、純・・・」
急に名前を呼ばれて、少し驚いた。
「俺と一緒に、族作らねぇ?」
「族・・・?」
「お前、居場所がねぇって言ってたろ? だったら、自分で居場所を作るってのはどうだ? それに、他にも居場所がねぇって奴らがいるだろうから、そいつらも誘って皆の居場所にするんだ。」
透の提案は突拍子もないものだったが、俺の中に暖かな光が差し込むようでもあった。
「族か・・・ いいね、それ! だったら、誰にも負けねぇ族を作ろうぜ。」
「ああ! 誰にも負けねぇ無敵の族だ!」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
こんなに笑ったのは、どれくらいぶりだろうか?
「なあ、チーム名どうする?」
「そうだな・・・」
俺の問いに透は少し考えてから口を開いた。
「チーム名は・・・」
後に、横浜で伝説となる族『篝火』
これは、その始まりの物語・・・




