09.合コンの噂
もっと、周りとうまくやればいいのに。
そう思いながら宗佑はいつもあの子を視界の端で捉えていた。いや、いつだって悪いのはあの子に正対できない周りのほうか。宗佑の悪口、そして、いつもずるい!と言った女子。ぴかぴかで曇りのないように見える姿が眩しくて、自分の嫌なところが炙り出されてしまうような気がする。あの子は、周りの勝手な劣等感に、少し傷つきながらも飄々として、本質的なところは何も傷みませんという顔をしている。もっと、気弱で泣いたりする子だったら、違ったのだろうか。強く見せすぎるのも良し悪しだ。自分が体裁を取り繕いたくなるタイプなのを棚に上げて、宗佑は勝手にそう思っていた。
森川と織田がファミレスにいたらしい、そう聞いたのはその直後だった。正確には、クラスの男女それぞれ3人でファミレスに行った、ということのようだった。離れた席で、女子の1人のお母さんが近くの席で付き添ったらしいが、それをクラスの男子が聞いて、合コンだと騒いだ。女子の中で森川は根強い人気があり、そしてまた、あの子も。お似合いだという人もいたが、どちらかに対する何らかのやっかみが混じり安い2人だった。そこからすぐに、森川と織田さんは付き合ってる、そう噂が流れて、何かと2人をセットにさせようという気遣いがクラスに生まれた。そして、また、どこかで聞こえるようにきこえないようにか、あかりはずるい、と不満の声があがったり、美男美女で似合うから仕方ない、と諦める声がしたりした。宗佑は何も聞こえないふり、何も感じないふりをするので精一杯だった。
休み時間、やっと、5年生の練習担当日が回ってきて、音楽室では今日もクシコスポストが響く。1人がはじめるとみんながだんだんつながって次第に合奏になる。音が大きくなると、つい音が走る。指揮の先生がいない自主練、僕たちの合奏は競い合うように早足になり、ものすごい達成感と追い立てられる感じを背に進む。クシコスポストは、郵便馬車で、手紙を届けに山々を走り回る様子の曲だと先生が言っていた。正に、野山を駆け回り、アップダウンして、息が上がる様子を体現したような5年生たちだ。宗佑は何よりトレモロが気に入った。ポクポクといい音が胸に響く。なんだかんだもやもやする気持ちも吹き飛ばしていくようで、マレットをふわっと持ち、重量を感じながら、曲と音の世界に飛び込んでいった。隣のあの子の存在もいい刺激になった。あの子は、歌でも歌うのかと思うくらい、曲の初めに大きく息をすった。すうっと小さく息が響くのが心地よい。2人の音が1オクターブ離れてシンクロして、音に厚みが出るのも、最高だった。曲が終わると勿体なく感じるほどだ。
曲初め、鉄琴、木琴だけのパートが終わり、グリッサンドしてからジャンっと全ての楽器でミの音を響かせる部分。
つまり、初日の全体練習で宗佑が音を外したところで、あの子が必ず宗佑を見ることに気づいた。外さないでね、と見張るように、祈るように、必ずこちらを見つめて音を響かせる。見られている、そう気づいて動揺した宗佑はしばらく顔を上げられなかった。ぎくしゃくとしてどうしていいかわからなかったからだ。
もう一度、頭から演奏する弾になり、宗佑は、あの子がこちらを向くタイミングに合わせてあの子を見返してみた。目が合う。ひとつまた呼吸してミファソ#シと音階を駆け上がる。なんだからすごくいい気分で、宗佑は不意に泣き出したいような気持ちになった。見張られていたわけでも、心配されていたわけでもないと不意に気づく。息を合わせようとしてくれていたんだ。
音楽室からの帰り道、音楽室の前にあの子と仲良くなんてできそうにない、と言った女子が来ていた。
「あかり、5時間目の図工今日糸のこだって。一緒に座ろう」
もう、吹っ切れたのか、女子の仲なんてそんなものなのか、教室から出るや否や、あの子に巻き付き、腕をとって歩き去っていった。僕の暴言も、同じように過去のものとして、なかったことになっているのかな、ありがたいような、一度ちゃんと謝らせてほしいような、両方の気持ちで2人の背中を見送った。




