07.トレモロ
次の日も、あの子と話すことはなかった。
あの子が話しかけてくることで成り立っていた友人関係だったのだと今更気づく。他の子がそうちゃん!と話しかけてくることはあったけれど、どれも宗佑が望むそうちゃんではなかった。 あの子の前ではちっとも上手く振る舞えた試しがないが、あの子の前じゃない宗佑なんて、いつも以上に何もぱっとしない冴えない存在だと思った。
家に帰るのも、気が重たかった。
この頃になると、お母さんのいう、学校で困っている訳では無い、というのが身に染みてきた。そうなのだ。あの子は、クラスの中で決して困ってなどいない。中学受験の母集団の中では、偏差値30台かもしれないけれど、通っている小学校においてはいつだってピカピカだった。算数少人数の、進度別クラスだって宗佑と同じだったし、授業で怒られていたり、わからなかったりということはなさそうだ。それどころから足は速いし泳ぎも上手い。跳び箱も跳ぶし、マラソンだって縄跳びだってできる。図工も上手で目を引くし、音楽だって。照れて小声になったりなんかしない、堂々と響く声かきれいだ。リコーダーだって、そもそも金管バンドだって。くっそ上から目線でうざがられてていた経歴をもつ宗佑とは全く違う。誰がどう見ても主役みたいな子だ。
それなのに、たった、1つのテストだけ見て、しかも頑張った結果だと言うのに。宗佑は、取りかえしのつかなさに、あの時の自分を悔やむしかできなかった。
家に帰ったら、もしかしたらお母さんがどこからか聞きつけていて、怒るかもしれないと思った。でも、何も言われなかった。お父さんなら、あの子がお父さんに言いつけて、同級生のネットワークで聞くかもしれないお思った。朝、お父さんと顔をあわせるときも緊張した。でも、何も言われなかった。何も、誰も言ってはくれなかった。宗佑の中の抜けない棘は、そのまま、何日経っても痛いままだった。
宗佑から話しかけなければこれと言った接点もなく日々は続いていく。その間に、席替えがあったりもしたあの子は宗佑の斜め後ろだった。でも、グループ活動の時の分割は分かれていて、結局話す機会は来なかった。
季節はすすみ、音楽会の練習が始まった。
学年の合奏で、曲はクシコスポストだった。金管バンドではないので、使える楽器が限られていた。リコーダー、ピアニカが大半で、バスマスター、鉄琴、木琴、あとはパーカッション類。せっかくだから普段と違う楽器がいいな、と宗佑は思った。4年生の後半から胸のうちであたため続けてきた木琴に挑戦をきめた。リコーダー、ピアニカ以外の特別楽器はオーディションで決まる。120人いる児童の中で、特別楽器ができるのは20人ほど、狭き門だ。木琴は4台ある。高音と低音に分けて分担するので選ばれるのは8人だ。希望する特別楽器がある人は、その楽器の楽譜をもらいに行き、リコーダーと並行して特別楽器も各自練習することになっていた。木琴を練習する顔ぶれの中にあの子の姿を見つける。それでも、2人は話すことはなかった。
オーディションは、一人ずつ音楽室に呼ばれて実施する。そうして、それから1週間。学年集会で、体育館にひと学年全員があつまり、特別楽器に選ばれた人がみんなの前で発表された。
バスマスター、鉄琴に続き、木琴の発表に移る。
「5年1組。尾島宗佑、織田あかり。」
「5年2組。」
あっさりと2人の名前が呼ばれて、1組はそのふたりで終わった。名前を、呼ばれ、返事をして立ち上がったふたりは、前に出て、自分のパートの確定版の楽譜を受け取った。高音パートが宗佑、低音パートがあの子。ふたりで1台の木琴をシェアして弾くことになった。他のクラスも、大半が普段から合奏に慣れてる金管バンドのメンバーのように感じた。音楽が好きなメンバーが集まっているから、そういうものなのかもしれないな、と宗佑はそう思った。全員で譜読みをして、先生の指揮に合わせて自分のパートをドレミで歌った。木琴にはいくつかトレモロのパートがあった。1人が連打しているタイミングでは、相手がメロディーを進めるような構成だった。人数で音のボリュームをカバーするような造りで、学校の授業で扱うには納得の構成だなと宗佑は思った。
その後の時間は、特別楽器は音楽室、リコーダー、ピアニカは各教室に楽器ごとに分かれて練習だった。移動準備のさなか、揉めたような声がした。
「いつもいつも、いつもあかりばっかり。またあかりじゃん!ずるいよ、なかよくなんてできそうにない。」
女子の悲痛な声だった。
「ごめんね。でも仲良くしたいよ。」
あの子が言った。女子は、何も答えず、教室移動の列に入ろうとした。
「仲良くしたいって、いってるよ」
宗佑はつい口を挟んでしまった。震える声のあの子の勇気に黙っていられない気分だった。
「入ってくんな、チビうざメガネ!」
とんでもない悪口は宗佑に着弾した。あっけに取られているうちに、女子は教室移動していなくなっていた。




