06.合不合判定テスト
代休が明けて学校が始まると、あっという間に運動会の雰囲気は過ぎ去り、学校のカレンダーはどんどん進んでいく。次の行事の準備が始まるまでの束の間、ゆとりのある日が続く。
「そうちゃん、お父さんに似てるね」
近くを通りかかった僕を見つけてあの子が言った。
「運動会来てた?みたかった!」
他の女子がジタバタする。
そうちゃんになってからの僕は、クラスメイトとの人間関係も良好で、うっかり上から目線な発言をしてしまっても浮かなくなっていた。偉そうなそうちゃん、というキャラが確立され、その偉そうな姿をクラスメイトが拝んでくれる。
「そうちゃんを、そのまま拡大したみたいな。」
あの子が笑う。
「え、かっこよ!」
うざがられていたそうちゃんじゃない僕からは想像もつかないようなコメントだ。いや、今褒められてるのは宗佑じゃなくて、想像上のうちのお父さんか…。
学校のタブレットは、授業以外の目的で使うのはだめだと言われている。でも、その日あの子は、塾で受けたテストの結果をみるのだと言った。その日、公開になるのは、初めての合不合判定テストだった。合格か不合格が判定する、なんて偉そうにもほどがあると宗佑は思った。自分のアカウントが志望校としてどの学校を登録しているのか、宗佑は知らなかった。
「テスト結果なんて、自分で見られるの?」
普段、お母さんから結果を聞いていた僕はびっくりした。
「見られない訳ないじゃん。」
あの子は、保護者用のアカウントに、何も見ずに10桁以上あるログインアカウント名の数列とパスワードをいれた。手慣れた様子で、成績管理のタブを見つけ、テストの結果を表示する。
「うわー」
言いながら一通り眺め終わると、こちらを見て手招きした。
「どうだった」
言いながら近づくと、黙ってタブレットを渡された。
「え、見ていいの?成績だよ」
僕は少し狼狽えた。
「いいから、はやく。先生来る前に」
ぐいっと押し付けられて、結果が目にはいる。
あの子は、どの教科も半分も取れていなかった。
偏差値も40を切っていた。
信じられないような気持ちであの子を見つめる。
なんだよ、バカじゃないか…!
心の声が出ていたようで、あの子が大きく吹き出して笑った。
「ねー、それ良くなっ!」
一応あの子が抗議してきたけれど、動揺しすぎて二の句が継げない。
長い沈黙のあと、やっと宗佑は絞り出した。
「そんなに成績悪いってあるの」
「あるよ、見たでしょ」
「だって、いつも塾いってるよね」
「うん」
「勉強してるんだよね」
「うん」
あの子と、もう一度微妙すぎる空気を共有してしばし無言…。
「なんで半分も合わないんだよ、真剣にやれよ」
「やってるよ」
「そしたらそんなバカなわけないだろ!なんでそんなバカで平気でいられるんだよ!」
同じ中学来られなくなっちゃうじゃないか!
いや、もう全然無理だろこれ!心の中でそのあたりのコメントをぐっと押しとどめた。同じように塾に行って、たぶん同じ中学に行くんだ、同じ分類だと思っていたのに。宗佑は裏切られたような気持ちになって、何故か泣き出したいくらいに胸がざわめいた。
「そうちゃんさっすが、神さま目線」
近くにいた子が乾いた笑いと共に絞り出した。
引いているのが伝わる。でも、傷つけられたのは宗佑の方だ、とでも言わんばかりに、宗佑は真っ青な顔をしていた。
「あんまりバカって言わないでよ、ふつーに傷つく。」
あの子は、そっと宗佑からタブレットを取り返し、画面を暗くした。その日、あの子が宗佑の方を向くことはなかった。
家に帰ると、お母さんが成績をメモしてるノートに、今回の合不合の結果を書いてくれていた。
「すごい頑張ってたね!過去1!国語も知識問題全部取れてたよ!」
お母さんが嬉しそうに採点結果の画面を見せてくれた。
昼間、すっかり傷つけられたきもちになった僕はお母さんについ話したくなってしまった。
「偏差値40ないって、やばいよね」
「中学受験する子たちのなかで半分より下ってことだから、小学校で困りはしないんじゃないかな」
お母さんは誰のことかわかっているのかいないのか、フォローするようなことを言った。
「でもさ、もし僕が偏差値30台だったら困るよね?」
「うーん、困る…」
お母さんから少しずつ本音が見えてきた。
「でも、何言ってるの、今回も偏差値65超えてたよ」
「そりゃそうだよ!ちゃんと勉強してるもん!偏差値だから周り出来に左右されるのは分かってるけどさ、でもそのくらい出来なきゃ困るだろ!」
あの子がバカだという悲しみと戦う僕は次第にヒートアップした。
「そうねえ…だからって、誰かの成績を困るとかやばいとか、そんなの言っていいことじゃないでしょ」
お母さんは正論だ。僕が成績が悪かったら…そんなこと今までなかったしこれからもないだろうけど、それでも仮に成績が悪かったらきっとしっかりしろって言うに違いないのに、成績が悪いなんてだめだ、と言う僕を良しとしない。
「もう言った!そんなバカで大丈夫なのかって本人にもう言ったよ!」
僕は、お母さんに大きな声で訴えて、反応も聞かずにベッドルームに飛び込んだ。お母さんは、何も言わなかったし追いかけても来なかった。あのこのタブレットの暗く消えた画面が思い出されて、宗佑は息もできない気持ちだった。




