05.知らぬ間のEPISODEゼロ
宗佑の言葉に両親は目を見合わせてから、まん丸の目をこちらに向けてきた。
「やだ、言ってなかった…?」
「織田とは大学で同級生だったんだよ」
2人の声が重なる。
知らなかったのは自分だけか。宗佑は憮然とした。
「小さい頃に1回遊んだこともあったし、知ってるかと思ってた。」
お母さんはそう言いながらスマホのフォトアプリを遡っていた。2歳くらいの宗佑の隣に、今と変わらないと言っても差し支えないくらい、キリリと目を輝かせた小さいあの子が映っていた。
お父さんは、画面を覗き込みその姿をみて、
「ふたりとも大きくなったなぁ、あっという間ににもほどがあるよ」
としみじみ言った。
「あ、織田に送るから今日の写真LINEしといて」
「ふふ、そう言うと思ってあかりちゃんも撮ってあるの」
2人は当たり前のようにあの子の家族とつながっていたのだと痛感する。見る気持ちも起きなかった今日の写真に急に興味が沸いた。ハッピの文字通り、きらきらと輝く姿のあの子の少し後ろで、大して迫力のない動きの自分が一緒に捉えられた写真が何枚か目の前をスワイプされて通り過ぎていく。1枚も宗佑がかっこいい写真などなかった。一方で、1枚たりともあの子が輝いていない写真などなかった。この写真を、あの子が目にしたら嫌だな、と思った。
お母さんから届いた写真をふんふんと眺めながら、お父さんが言った。
「クラスにこんな可愛い子がいるなんて、宗佑大変だな」
お父さんと目が合う。大変、何が?でも、宗佑には返す言葉が思いつかなかった。
しばらくすると、
「お母さん、織田からも写真きたよ」
お父さんが嬉しそうに言った。
「この宗佑、かっこよく撮れてるじゃないか」
「ほんとだ、いい感じ」
2人は嬉しそうにしていた。さっきのあの子と映る姿を思い返して、宗佑はもう見たい気持ちは湧いてこなかった。
運動会のあとの月曜日は学校が代休だった。お父さんが休みを取ってくれていたので、宗佑は弟とお父さんと3人で科学技術館に遊びに行った。最寄り駅から30分ほど。近くはないが、遠くもない。お父さんも小さい頃に来たことがあるらしく、代休といえば科学技術館、というのが尾島家の定番だった。
体全体を覆う大きなシャボン玉に入り、静電気と格闘し、トラックの運転シミュレーションをする。弟が5歳になり、できることが増えてきたから、今年は今までよりさらに楽しく遊ぶことができた。朝から出かけて、1日ずっといられるような場所で、宗佑はワクワクした。
「織田!」
お父さんの声に、僕は心臓が止まるかと思った。完全に油断していた。
「おぉ」反応したのはあの子に似た目元の、背の高いお父さんだった。あの子は、そのお父さんの少し後方にいて、宗佑のお父さんに「こんにちは、娘のあかりです。」と挨拶をした。
「はじめて来たけど、1日いられそうだな」
あの子のお父さんが嬉しそうに言う。
「楽しい?」
宗佑のお父さんは、宗佑と弟はそっちのけであの子に話しかけていた。あの子もきびきびと返事をする。手持ち無沙汰になったあの子のお父さんが、宗佑達に話しかけてきた。
「宗佑くん、あかりと今同じクラスなんだって?」
「はい。」
「あかり、楽しそうにやってる?」
お父さんにしてみたらきっと深い意味はないのだろう。でも、宗佑は少し考えてしまって、それから言った。
「はい。友達も多いし、運動会も掛け声の係をしたりして活躍してると思います。」
「そうなのか、ありがとう」
嬉しそうなあの子のお父さんの声に、あの子の声が重なった。
「そうちゃん!よそ行きでうちのパパに色々適当言うのやめて!」
照れたような様子に心が跳ねた。
「そうちゃんだって」
宗佑より嬉しそうにお父さんが笑った。最悪だ。
「あ、すみません。宗佑くん、クラスでみんなにそうちゃんて呼ばれてて。」
あの子が説明した。宗佑くん。不意に呼ばれて宗佑はもう今の自分の表情がどうなっているのか想像もしたくなくなった。親の前でこんな。最悪だ。
「あかりのあだ名はないの?」
ワクワクとした様子であの子のお父さんが宗佑を見る。
「そうですね…あだ名…」宗佑は少し考える。
「宗佑くんはあかりをなんて呼んでくれてるの?」
あの子のお父さんはあだ名に興味津々だ。ああもう、最悪だ。呼んだことなんかない。いや、呼べたことなんかない。
「あかりだよ、ほかにないでしょ。」
思いもかけない方向からあの子が話に入ってきた。
「それはこの場で言いにくいか、ごめんね」
あの子のお父さんがしゅんとなって謝ってくれた。
「あかり」
宗佑のお父さんだけ、宗佑があの子を呼ぶところを勝手に想像してにやにやとしていた。きも。
父親同士の話が盛り上がり、そこから結局一緒に回るようなことになった。イベントをやっていて、よく分からない会社のイヌのキャラクターと写真が撮れるようだった。お父さんが、お母さんに送るから、と言い子どもたち3人はイヌの隣に並べられた。いざ撮る段になってイヌが大きくて怖い、と弟が走ってお父さんに抱きついた。イヌ、あの子、僕。なんて最悪な日だ、と思った。あの子の隣で冴えない自分が想像つく。しかも、イヌについていた企業の人が、もうちょっと寄りましょうか、と言ってきた。最悪だ。イヌがあの子に少し近づき、あの子が一歩僕に近づく。僕が、あの子と体の間隔を広げるために間に置いたピースの手の甲に、あの子のポニーテールがふわりと触れた。あの子は気づきもしない。写真の中で、僕の隣でにっこり笑ったりしたのだろうか。宗佑はもはや、この一連でライフを削られすぎて、何も楽しめそうになかった。
お母さんが来るから、と言って織田父子は宗佑たちよりも早く科学技術館を後にした。そこでやっと、宗佑は息ができたような気がした。
「クラスにあんな子いたら、みんな好きになっちゃうよな」
お父さんがどういう意味なのか宗佑に言った。宗佑はもう、反応する気力もなかった。
「宗佑は?」
にやにやとして聞いてくる。これが主題か、きも。
「別に」
「別に、しかないよなぁ。エリカさまじゃないか。」
お父さんは、ふふと笑って誰だか知らないナントカさまを引き合いにだした。意味不明。きも。
好きになっちゃうよな。
お父さんの言葉が苦しい。
目がいく存在なのは間違いない。あの子がいると、思うように振る舞えない。こんなの、違うだろ。もっと、たぶん好きとかって、あたたかくて綺麗なもののはずだ。何をどう考えても、宗佑には反応できる気がしなかった。




