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04.飛翔

運動会が目前に迫ってきた。

運動会のスローガンは飛翔。

クラス目標の翔、と少し被っていて、どれだけとぶんだ、と話題になった。



5年生になると、運動会に向けても出番以外に役割がつくようになる。宗佑は、応援団に入り、放課後に集まって練習したりするようになった。あの子も入るのかなと思っていた。学校が貸し出す、空色の応援団Tシャツに白い手袋、鉢巻きと襷。スポーティな感じがあの子に似合いそうだと思ったし、任意活動すべてに参加している宗佑と同じように、あの子もこういう活動が好きなんだろうと思いもしたから。でも、練習が始まって集まってみると、あの子の姿は無かった。1年生の入退場の御世話係を選んだらしく、応援団と御世話係両立は出来ないようだった。


運動会で飾る国旗をみんなで手分けして描いたりして、クラスの中も運動会の要素が日に日に高まるなか、ついにハッピに文字を書く日がやってきた。


黒地に青い縁取りの揃いのハッピ。

先生がコピー用紙に一人ずつプリントしてくれた漢字一文字を大きく背中に写し取って、空色の絵の具で塗りつぶす。


宗佑の佑、はバランスも取りやすく、画数も少なくてサッと仕上がった。満足がいく出来にホッと胸をなで下ろす。鰯だったら大変だっただろうな、ふと思い出して笑いがこみあげてきた。


「あれ、織田さん、輝く…?」

女子があの子の机を覗き込んで声を上げた。

輝にしたんだ!宗佑は嬉しくなった。それ、僕が提案したんだよ、名前と本人にぴったりだろ、自慢したくなった。


「織田さん、もしかして、輝人(きびと)が好きなの?」


その女子は、何ともいえない微妙な表情で少し声を抑えて言った。騒がしいはずの教室が、その瞬間だけなぜか時間が止まったように静まり返って、声が響いた。


「輝人、呼ばれてるよ」

近くにいた男がからかうように言った。突然名前を出された森川輝人は、少し困ったようにはにかんで、あの子の方を見た。


森川さんは、友、という字を選んだようだった。

「なに」

森川さんは、反応に困ったようでその後の言葉が続かない。

「輝人、はっぴに織田さんが輝人の字書いてるよ」

引っ込みがつかなくなったのか、まだ森川さんに声をかけた男は、からかうスタンスを変えない。


何か、声をあげられるなら僕だ、と思った。

なにしろ、あの子に輝を推した張本人だからだ。森川さんの字だ、なんて思いもつかなかった。鼓動が嫌に早くて、耳から心臓の音が響いているみたいだ。なんて言えば…


「森川さんの字、使っちゃってごめんね」

静まり返った教室の中、あの子が言った。

もう、宗佑も誰も、何も声どころか、音すらも立てられる雰囲気じゃなかった。


「いいよ、別におれのものってわけじゃないし」

ふ、と笑って至極真っ当なことを森川さんが言う。

「ちょっと輝きたくなりまして。」

あの子がてへっと肩をすくめると、固唾を飲んで見守っていたクラス中の緊張が解けて、笑い声が響いた。



森川さんは、いわゆるイケメンで、今年この小学校を卒業したお姉さんがいる。お姉さんは可愛くて有名だったらしく、似た顔をした森川さんもまた、同じようにイケメンで有名だった。「織田さんと、森川さんって美男美女って感じで似合うよね」

近くの席の女子がつぶやいたのが聞こえた。


「そうちゃんがあかりにアドバイスしたんだよね!」あの子と同じ委員会の女子が言った。今この流れで言い出すのはやめて…宗佑はもう消えていなくなりたい気持ちだった。


「えっ、そうちゃん?」

話が明後日の方向に転換する。

「そうだよ、勝手に呼んでる。いいよ、そうちゃんって呼んでも。」

あの子が勝手にそうちゃん呼び許可をだした女子の手によって、さらに勝手にそうちゃん呼び許可が出された。かくして僕は、その一瞬でクラス中から、そうちゃんとして呼ばれることになった。そうちゃん、と呼ばれるようになり、なんだかんだ対応しているうちに、何かにつけて「きも」、と言われることは無くなった。小さく悪口を言われても、どうせみんなバカだから僕が鼻につくのは仕方ないか、なんて思っていた自分のバカさ加減にやっと気がついた。





運動会当日は、雲1つない青空だった。

練習を重ね、クラスで息がピタリと会う演技に仕上がり、今日最後のソーラン節になることを、誰も口に出しはしないがみんな惜しむ様子が伝わってきた。演目が近づき、裸足になってハッピを着る。それから、鉢巻をきゅっと締めた。


逆Vの字型の体型で、頂点として最前列に立つのは、あの子と森川さん。ふたりとも背が高く見栄えがする。入場門から2列になって走り、所定の位置に向かうのも、2人が先頭だった。いつも通りの飾り気ないポニーテール、額にはちまき。学年全員、普段おろしいる人も前髪を上げて統一した。あの子も、森川さんも、鉢巻がさらに顔の造形を際立たせているようで、こういうのをオーラと言うのだ、と思った。


入場の曲がかかり、太鼓の音に合わせて走る。

あの子は、学年の代表で、合図をだす係も担っていた。

「構え!」

ピンと張り詰めた、重量感のある声が気持ち良い。

あの子の合図で、学年全員がぐっと腰を落として身を屈める。僕たち最後の、ソーラン節の演技が始まった。



曲の途中、体系移動をして僕はあの子の斜め後ろにつく。あの子のポニーテールは毛先まで踊っているようだ。背中の「輝」の文字。練習で目にはいるたびに、あの時の何ともいえないしーんと静まり返った教室が脳裏をよぎった。あの子から、一度も、あの時のことについて何か言われたことはない。宗佑のせいだ、と言ってくれたらどんなにか救われるだろうと思った。



僕たちのソーラン節は、観客に熱を伝え、大きな拍手と共に終わった。退場門の方に走り、観覧席に戻ると、みんな熱狂を引きずりながらグラウンドの土がついた足の裏を濡れタオルで拭いた。名前の順で並ぶ観覧席のテントの中、あの子が拭き終わったタオルをぱっとたたみ直すのが見えた。宗佑が、志望校にするとよいと言われていた中学の、付属の大学のカレッジタオルだった。あの子も、同じ中学に行くのかもしれない、そう思うと嬉しくなった。


ふいに、あの子がこっちを見て、うまくいったね、そう言って笑った。それにつられて、周りのクラスメイトも口々に感激を言葉にした。知らないうちにハイタッチが始まり、宗佑もあの子も、それぞれ近くの席の何人かとパチンと手を合わせた。隣同士の宗佑とあの子は、どちらからも言い出さず、周りのクラスメイトとだけハイタッチをして、2人の間に音が響くことは無かった。



応援合戦、という名の応援団の演技も評判は上々だった。赤組白組対抗だった時代の名残で合戦とついているが、今はもう、対抗にしたり加点をしたりはしていなかった。応援団の練習の中で、あまり運動が得意なタイプではない宗佑も、大きな声をだし体を大きく使う爽やかさを感じるようになっていた。来年もやってもいいな、そう思った。



家に帰ると、豪華な夕飯が待っていた。

運動会を観に来たお父さんが、今どき珍しく見応えのあるソーラン節だったね、と褒めてくれた。


「先頭にいた女の子分かる?背の高くてすらっときれいな子、織田さんのお嬢さんなの。」


お母さんが何の気なしにあの子のことを話題に出すからドキッとした。お父さんはそれを聞いて破顔した。


「そりゃずいぶん美人だね、織田にちっとも似てないじゃないか!」


あの子のお父さんと、宗佑のお父さんが知り合いだなんて今の今まで聞いたことが無かった。それに、お母さんがあの子を知ってるなんて思いもしなかった。


「知り合いなの?」

あの子の名前を口に出せそうにない僕は、そう聞くのが精一杯だった。

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