02. 聖者の行進
あの子はいわゆる陽キャだな、と宗佑は分類していた。小学校にも学校行事がいくつかある中で、妙に目立つことが多い気がする。
学校の任意団体で、宗佑が入っているブラスバンドにあの子も入っている。この春、新4年生に向けた新入団員募集の練習会があったときも、下の学年の子たちがあの子の周りに集まってきて、あの子がやっているトランペットが一躍人気楽器になった。
宗佑達が入団した時は、先生がトランペットは音を出すのが難しいよ、と言いトランペットを選ぶ子は多くない一方で、人気なのはサックスやクラリネットだった。ブラスバンドは、4年生で入団したら、原則退団できず、できる限り休まず練習や活動に参加すること、と決められていた。宗佑がブラスバンドに入りたいと家族に話したとき、家族は同じマンションの先輩を介して、パーカッションにしておけば負担が軽いと聞いてきた。負担が軽い、なんて失礼な話だと思ったが、宗佑が志望校にしてもよいといわれている私立中学に合格した上級生は6年生でパーカッションに転向したらしい。途中で楽器を変えることになって迷惑をかけるくらいならはじめからパーカッションにすればよい、と宗佑は助言を受けいれてパーカッションを選んだが、もし違う楽器を選んでいたら…と思うことがなくもなかった。練習が始まったら、別にパーカッションが楽だなんてことは全くなかったし、例えば塾の都合かなんかで練習を休んでも平気そうだ、なんてことも無かった。ティンパニやドラムセット、鉄琴や木琴…曲ごとにそれなりに熾烈な配役争いすらあった。僕は本当は何の楽器がやりたくてブラスバンドに入ろうと思ったのか。トランペットの後方の立ち位置でピカピカと金色に輝くベルに遠くから小さく映る自分は、もう何も希望を訴えては来なかった。
宗佑とおなじ塾に通っていて受験で忙しいはずのあの子が難しいトランペットを選んだのをみて、あぁ、何も知らないんだなと思った。受験を勝ち抜くために必要な情報戦にすでに負けているように見えた。僕は、しっかり勉強して塾とブラスバンドを両立する。でも、きっとあの子は難しいトランペットと勉強両方はやりきれずに困るのかもしれないな。そしたら、受験する人はパーカッションがいいんだよ、と転向を勧めてあげたほうがいいかもしれない。きっと、6年生になってその時になったら、あの子は僕の4年生の時の判断を知って、さすがだと言うに違いない、そう思った。
でも、あの子は、たぶん、6年生になっても。というか、はじめから最後までトランペットでやりきるんだろうな、と思う出来事が、4年生の後半で既にあった。ブラスバンドは、地域のお祭りの広場で演奏をすることになっていた。お祭りらしく、にぎわいのあるマーチの曲が選ばれた。ど定番の、聖者の行進だった。主旋律はトランペットだが、全員が高い音まで出るわけではないため、高音と低音の2つのパートに分かれて担当することになっていた。その2つの中でも、本当に主旋律を吹けるのは、高音パートに選ばれた人だけだ。…あの子は、僕の呪いに満ちたような目線には目もくれず、4年生なのに高音パートを勝ち取っていた。1列目に上級生に混ざって並び、音を響かせている彼女の、気迫に満ちたすうと大きな一呼吸に目を奪われる。簡単に高い音が出せているわけではなさそうだ。なんとか、無理やり、腹の底から。音と格闘する様子が、いわゆる可愛いらしい女子の雰囲気とは少し違って、彼女はどこか熟練した紳士のようでも、偉い人のようでもあった。整った顔つきや、すらりと伸びた足、毛頭のうしろで黒い無地のゴムできゅっと1つに結んだ真っすぐ長いポニーテール。飾り気がないのにきれいで映える、そんな様子を言語化できる人は多くないだろうと思った。
1、2年生とおなじクラスだった僕たちは、3年のクラス替えでクラスが分かれた。もともと直接話したことがあったかというとそうでもなかったような気もする。あの子は、いつも誰かと一緒に行動する、というわけではなさそうだった。友達がいないということもないが、1人でぱっと動けるときは動く、そういう考え方のようだった。宗佑も同じ感覚だった。だから時々、中休みや昼休みに音楽室に行くとばったり会うことがあった。同じ場所にいても、特に話すこともないし、それぞれがそれぞれに練習する。近いパートを練習していることもあれば、全然違うこともあった。
ある時、宗佑がドラムセットでリズムを叩いていると、あの子のトランペットがぴったり合った。そのまま曲の終わりまで吹いたあの子は、終わったあとこちらを向いて、「気まずっ」と言った。「何が気まずいんだよ」合わせて最後まで付き合ったこっちがなんか悪いことをしたみたいで、ぱっと言い返した。
「だってさ、リズムあったらちゃんと曲の中でも高いソが出るなんてさ、甘えじゃん」
あの子は、知らないところで自分と戦っていたのだった。そうなると気まずいのはこっちだ。一方で、このいきなりのセッションみたいなものが心地よくて楽しかったのは自分だけじゃなかったことがわかり、内心嬉しくなった。このあとから、僕はあの子のリズムキーパーとして、会うとドラムを叩くように頼まれるようになった。
4年生の後半、来年度に向けた課題曲が発表され、新しい曲の練習が始まる。宗佑は本当は、木琴にしようかなと思っていた。叩くとぽんっと胸に丸く響くような音色が気に入ったからだ。でも、この頃になると、宗佑はあの子との練習の成果か、ドラムが上手になってしまっていた。かくして、宗佑は5年生でもドラムセットの担当になった。




