12.パーカースタイル
「じーえーぴー買ってあるよ」
お母さんがにやにやして、それでも僕のほうを直接見ないように配慮を重ねて言った。
「ねえ、それなんなの!」
お母さんから返事は来なかった。
取り出してみると、裏側がもふもふしていて、重さがあり、表面はもちもちすべすべとしていた。一目で、一触れで気に入った。
「これいきなりきていいの?」
聞くと、中に着るのも買ったよ、とお母さんが長袖の襟のないTシャツを出してきてくれた。
乗馬の柄じゃない服もいいね、と僕が言うと、両方買ってもラルフのシャツ1枚にもならないんだよ、とお母さんが教えてくれた。普段気にせずに着ているこの服もそれなりに高いらしい。普段、試着なんてした覚えはないが、これを着た姿を誰かに見られる前に確認しておかなければ、と使命に似た気持ちになった。この服が着たいと言ったのは自分だが、似合うかどうかは皆目見当がつかないからだ。
丸首の襟のないTシャツを着て、パーカーを被る。中央のジップはなく、お腹のあたりに両手が入る大きなポケットがついていた。フードが首回りに沿って襟がなくてもあたたかい。鏡の中の自分はいつもと同じ顔をしているはずなのに、急に大人になったような気がして、悪くないと思った。
「わ、似合うじゃない。こっち向いて」
お母さんに声をかけられて、気恥ずかしくなったのでそちらは向かず、脱ぐことにした。えー、見せてよ、お母さんが不満そうに言ったが、でもそんなときもお母さんの声が弾んでいるのが分かった。悪くないと思った。
「なんか、ジェフ・ベゾスみたいね」
お母さんが笑っていた。言わんとすることは分かる。いわゆる、IT系の雰囲気のことだろう。
「さしずめ僕はMITの学生ってところだね。」
マサチューセッツ工科大学のパーカーを着ている、なんだったかイノベーションの人の動画を見たことがある気がした。イノベーションとかあまりピンと来ないが、パーカーを着て胸を張るだけでその世界最先端みたいな自信に満ちた姿に近づくような気がした。頭の中では、ライトを浴びた壇上でプレゼンする子どもの姿が展開されていた。あれは僕か、それとも…。みなの視線を一挙に集めるならミヤの方が合うに違いないと思った。僕は、この服を着て出かけられるだろうか?少し自信がしぼんでいった。
次の日。朝僕はソワソワと早起きをして、ジーエーピーのパーカーを着た。いつもの使い慣れたランドセルに、5年目を迎え色褪せてきた臙脂色のスクールキャップを身につける。いまの僕には、スポーツ用の1リットルの水筒が不似合いのような気がした。大人の階段を1つ上がった気持ちで、僕はひらりと家を出た。
家から離れると共に不安のほうが大きくなって、着替えに戻りたい気がしてきた。やっぱり僕に似合うのはこれじゃなかったかもしれない。。。
どんどんと足が重たくなり、学校の門を目前にして僕の勇気は風前の灯であった。
「わ、そうちゃん」
ミヤの声に、僕は破裂したかのように反応した。
ばくばくと心臓が服の上からみえるんじゃないかと思った。
「パーカーとか珍しくない?」
え、あ、ああ、そうかも
しどろもどろの見本みたいにしか話せなかった。
「GAPのそれ、色違い持ってるかも」
「おなじ?」
「おなじ」
ミヤが着てるのがかっこよかったから買ってもらったのだとは言えなかった。
「それさ、静電気すごくない?」
ミヤは深く突っ込まず話はパーカー本体から緩やかに広がっていった。その裏側で、違和感はこれか、とやっと宗佑は気がついた。ジーエーピーじゃなかった。ギャップ。くそう。そのまんまじゃないか!
最悪だ。
二度と読まない。
ギャップとも口に出すものか。




