10.3人
宗佑たちが、3年生の2月から一生懸命続けている中学受験塾に、同じクラスの男子が入ってきた。
5年の10月。このタイミングから中学受験に参戦することにしたらしい。4教科ではなく2教科で対応するようだ。まぁそうか。塾では、入試の範囲の大半がもう終わっていて、あと4カ月もすると、復習と実践に入っていく。
「今日お弁当買ってから行く」
宮崎さんが、あの子に声をかけに行った。
「お母さんがミヤと一緒に行ってって言うから、ホームいるね」
あの子がぽんと答えた。一緒に行くっていう選択肢があるのか!宗佑は驚いた。塾は、最寄り駅から2つ先にある。塾を出て駅に向かう帰り道や、行きの電車であの子の姿を見かけることはあったけれど、一緒に行き帰りするなんて全く想像もしていなかった自分がいた。
「宮崎さん、塾入ったの?」
宗佑はさりげなく話題に入ってみた。
「これから宜しく。」
「3人になったね」
あの子が言った。
宗佑は一緒に行こうとは誘われなかった。
その日、電車のホームであの子を見つけた。
「宮崎さんまだ来ないの?」
宗佑はあの子に勇気を出して声をかけてみた。
「そうみたい。今日ミヤのママ仕事でお弁当作れないから買うんだって。」
お母さん同士が仲良しなんだな、と分かる。僕たちは週に3日、塾の授業の合間に夕食を摂る。家族と温かいご飯、とはいかないのが受験キッズなのだ、仕方ない。
「ごめん、織田さん待った?」
ホームにつながる長い階段をリズムよく駆け降りてくる宮崎さんが見えた。手にはハンバーガー屋の紙袋。飲み物が入っているのか、こぼれないようにそっと掲げていた。
「夕飯、お弁当じゃなくてハンバーガーじゃん」
宮崎さんの質問には答えず、あの子は愉快そうにしていた。
「あ、尾島。待っててくれたの!」
宮崎さんが宗佑を認識した。
「こちらが、そうちゃんで、こちらがミヤです」
何故かあの子が2人を仲介した。
「ああうん」宮崎さんが相槌をうつ。
「わたし、ミヤって呼んでるし、あの、織田さんじゃなくていいよ。そうちゃんも。」
あの子が言った。
「え、そう言われてもなぁー!」宮崎さん改めミヤは少し悩んだようだ。
「あかりでも、オリでも、なんでも」
ミヤはさらに少し悩み、「ほんとに呼んじゃうよ!いいの!」微妙な反応をした。呼ぶ気がないやつだ、と宗佑は思った。ミヤの気持ちが手に取って分かる気がした。名前で呼んでいるなんて、知られていいのか。小学生の関係性は、常に実体のないような周りの目にしばられてきゅうくつなのだ。
「そういえば、森川と付き合ってるの?」
ミヤが直球で聞いた。
「えっ、わたしが?」
あの子は、付き合っているのを隠している様子ではなく純粋にぽんと聞き返していた。一瞬どきりとした心臓がそのまま落ち着く方向にすすむ。
「なんか、そう聞いたけど。」
ミヤが続ける。
「塾忙しいし、そういうの無理だと思うんだよね」
あの子が答えた。
「でも、ほら、なんか合コンしたって」
ミヤは詳しい。宗佑が1年かかっても聞けなさそうなことを、何でもないように話題にする。
「合コンかぁ…、たしかにファミレス行った」
「メンバーも知ってる」
ミヤはほんとに詳しい。ぽんぽんと全員の名前をあげた。
「わたし悠羽ちゃんに誘われて、女子3人会だと思って行ったら男子もいただけ。私以外みんなスマホ持ってて、グループあるみたいで。わたしだけキッズケータイだからよくわからなくて」
「変わりにグループ入ってあげようか?」
ミヤがスマホを見せた。
「うん?なんで?」
あの子が眉間を寄せるのを、宗佑は黙ってみていた。
そうこうしているうちに、塾につき、それぞれの教室に散らばる。あの子はそれなりに、宗佑は上位のクラスに。そして、これから宜しく、のはずのミヤも宗佑と同じクラスに。
「そうちゃん、ここ?」
学校の、ほとんど話したことがないクラスメイトから友人になったばかりのミヤが、急にライバルになる。
「ああ、うん」
「よかったー、知ってる人いて。心細かったんだよね」
宗佑が正しく努力を積み上げてきた成果として在籍しているこのスペースを、ミヤは気軽に手にできたのか、そう思うと、足元から焦りが湧き上がってきた。




