魔王軍コンプライアンス室は今日も地獄より忙しい②
魔王軍コンプライアンス室は今日も地獄より忙しい
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できればこちらをお先にどうぞ!
魔王城の一角。
そこは戦場の熱気も、魔術の輝きも届かない場所だ。
あるのはただ、羊皮紙の乾いた匂いと、すり減っていく精神、そして果てしない絶望だけ。
『労働環境改善及びモンスター権利保護対策室』通称コンプライアンス室。
それが俺の職場であり、俺の墓場だった。
「室長! アンデッド研究室のリッチー様より、『実験用のゾンビがすぐ腐って使い物にならない』との緊急クレームが!」
「知るか!! それが摂理だ!! 防腐の魔法でも研究させろ!!」
「ドッペルゲンガー組合からは『自分と仕事量を折半すると給料も半分になるのはおかしい』と……」
「折半するからだろうが!! 倍働け!!」
俺、ベルフェゴールは、今日も今日とて押し寄せるクレームの波を捌いていた。
『デュラハン(350歳・男性)より:自分の頭を置くためのヘッドスタンドを支給してほしい』
「自分の手で持ってろ!! それが貴様のアイデンティティだろうが!!」
『セイレーン(800歳・女性)より:一日中歌っているので喉が枯れる。福利厚生として高級のど飴を支給してほしい』
「一日中歌っているからだろうが!! お前らの海域にはここ数年冒険者は一人も辿り着いてないんだぞ!! 却下だ!!」
毎日毎日こんな具合の嘆願書が届くのだ。
極め付けに勇者からの嘆願書が届いて以来、冒険者からも嘆願書が届きはじめてしまったのである。
『盗賊ギルド所属(35歳・男性)より:オークキングのレア武器ドロップ率が、ギルド公表値より明らかに低い。確率操作を疑っており、第三者機関による調査を要求する』
『聖職者(19歳・女性)より:アンデッド系のモンスターのデザインが夢に出てくるほど怖すぎる。もう少しコミカルで、親しみやすいデザインへの変更を検討してほしい』
こんな具合の嘆願書にもう言葉も出なかった。
俺の胃痛はさらに悪化した。ついでにヘルローストコーヒーの消費量も倍増した。
今日も今日とて、我がコンプライアンス室は地獄である。
そんな地獄に、さらに追い討ちをかけるように秘書が声をかけてきた。
「し、室長……。魔王様が至急、玉座の間へとお呼びです……」
「……分かった」
秘書の同情的な視線を背に受け、俺は重い足取りで廊下に出る。
魔王様の予定にない呼び出しは、数日に一回はあるのだ。
その多くは「進捗は?」「ふーん、そっか!!頑張ってね!!」とのお言葉を頂戴するのみであるが、稀にとんでもない思いつきを披露されることがある。
……正直に言えば、今日はとてつもなく嫌な予感がする。
だからと言って魔王様の呼び出しを無視するのは難しい。
本当は多忙にかこつけて逃走したいところだが、致し方あるまい。俺は、覚悟を決めて玉座の間の重い扉を開いた。
そこにいたのは、威厳に満ち……てはおらず。玉座でポーズをとり、魔晶石に自らを映している魔王様の姿があった。
「おお、来たかベルフェゴール!」
ああ……胃が……爆発する予感。
そんな内心を隠し、ベルフェゴールは恭しく首を垂れる。
「ご機嫌麗しゅう存じます、我が主よ」
魔王、リリス。
魔王軍の王。数多の魔族の頂点。
どんな魔族も敵わぬ力の象徴。
そして、最上級の美と評される女主人である。
「ご用件は」
予想通り、いつもとは違う様子の魔王様に問いかけたが、その返答に呼び出しを無視しなかったことを後悔した。
「うむ! 先日、ハーピィ共が『ぶいろぐ』なるものを要求して騒いでいたであろう? あれは我が軍の広報戦略に使えると見た!! よって、まず余自らが『ぶいろぐ』を始める!!」
……胃の次は頭が痛い。
このお方、また変なことに興味を持ってしまったらしい。
「魔王様お待ちください!! 城内の情報を外部に晒すなど、防衛上のリスクがあまりにも大きすぎます!! それに、魔王軍の威厳にもかかわり……」
「黙れ!!」
張り裂けんばかりの魔力の圧がのしかかる。
窓は割れた上に、俺の頬には傷がついた。
魔王様の段違いの強さをまざまざと見せつけられるが……こんなところで発揮しないで欲しい。
そんな俺の思いは通じず、魔王様は一息で宣言した。
「これからは親しみやすさで恐怖を上回る支配を目指すのだ!! これは命令である!! タイトルは『魔王様のお城へようこそ』だ!! 良いな!?」
最悪だ。
こうして、魔王様による悪夢のVlog配信が始まった。
『【ご報告】世界征服、始めます』
なんてタイトルの動画がやけに好評だったのが拍車をかけてしまった。
『【魔剣紹介】愛用のグングニルを磨いてみた』
魔剣を懇切丁寧に紹介する魔王様は見たくなかった。
『【GRWM】魔王の戦闘準備、お見せします』
戦闘のための裏側を見せる魔王様も見たくなかった。
そして、その動画の全てで、玉座の主である美しい女悪魔、リリスの姿のままで全世界に発信してしまったのだ。
人間界でもあらゆる意味で大バズりしたのは言うまでもない。
そして、運命の日がやってきてしまったのだ。
「て、敵襲ーーーっ!! 勇者、城内に侵入!!」
けたたましい警報と共に、伝令が飛び込んでくる。
「……あの勇者が??」
俄かには信じられない伝令に耳を疑った。
いつぞやでは、強すぎるだの弁償しろだの言っていた勇者だぞ??
そんな腑抜けが、まさかここまで辿り着けるとは……と考えたが、即座に思い至る。
「原因はアレか……」
魔王様のVlog配信だ。
アレを細かく分析し、魔王軍の弱点や位置情報を割り出した可能性がある。
やはり、全力で止めるべきだったのだ。
俺は、痛み出した胃に気がつかないふりをして魔王様の元へ急いだ。
他の幹部たちも武具を手に取り、勇者を迎え打つために動き出していた。
俺の役目は最終防衛だ。
魔王様のための最後の剣となり盾となるために、玉座の間で待機する。
「……来るぞ」
ニヤリと笑った魔王様のセリフと同時に玉座の間の扉が蹴破られた。
逆光の中に立つ、一人の若者。
人間風情がここに来るのは数100年ぶりだった。
こちらの落ち度はあれど、戦闘力はあるようだ。……まさか、あの嘆願書はこちらを油断させるためのブラフか。
そう俺が思考を巡らせる間。勇者はジッとこちらをみていた。
剣を構えるでもなく、ただ呆然と魔王様を見つめていたのである。ちなみに、頬は赤い。
数秒の沈黙の後、勇者はカラン……と、手にしていた聖剣を床に落とし、呆然と呟いた。
「ほ……本物だ……動画の美女だ……」
「は??」
誰かこいつのセリフを通訳してくれ。
俺には今、美女だなんだと聞こえたが、きっと違うだろう。美女の皮を被った悪魔め!!やらそんなところだろう。そうなんだろう??そうなんだよな??
「なんてことだ……美しすぎる」
なんてことだ、はこっちのセリフである。
勇者の言葉に、玉座の間の全ての時が止まった。
あまりに予想外の反応に、魔王様は「え……何こいつ……」と素でドン引きしておられた。
ドン引きしておられるが、原因をつくったのは軽率にVlogなんてものにその身を映した魔王様ご自身である。
妙な空気にたまらずに、咳払いをすると、勇者は思考を取り戻したらしかった。
ハッとした顔で、おもむろに魔王様に駆け寄ると己の防具を脱いで差し出してくる。
「あ、あの! サインください!!」
その常軌を逸した行動に、ついに魔王様の顔色が変わった。
数多の軍勢を率いる恐怖の魔王が、理解不能な生物を見るような目で勇者を見つめ、静かに後ずさる。
「気持ち悪い……怖い……なんだこいつ」
距離を取られた勇者は、その分を詰めるように魔王様ににじり寄った。
「俺、あなたに会いたくて頑張ってここに来たんです!!本物は動画よりも美しくないかもしれないとか、そもそも実物ではないのではないかなんて周りは止めましたけど、関係ない!!
いろんなポーションも飲んでレベルも上げて頑張ったら、本物は動画以上に美しいなんて俺を殺す気ですか!? 好きです!! ファンなんです!! 俺は、あなたに会ってあなたと話してあなたにサインして欲しくてあなたに……」
「こわいこわいこわいこわい」
俺の目の前で繰り広げられる、魔王に詰め寄るガチ恋ファンと、それに本気で怯える魔王様という、地獄のような光景。
俺に助けを求める顔をしている魔王様を一旦視界から外し天を仰いだ。
これで、Vlogの更新はおやめ下さるだろうと考えて乾いた笑いが込み上げる。
ひとまずこの事態を処理せねばなるまい。
いつものように書類を書いて、報告書をあげて、問題があったことを記録すれば良いのだ。
いつも通りに……記載したいところだが、ここで一つ問題がある。
俺は一人、こめかみを押さえて静かにつぶやいた。
「……これは……カスハラ……??」
勇者ハリス。
書類仕事の暴力に頭が大混乱している俺の元にこいつが部下として押し付けられるのは……この数時間後の話しである。
お読みいただきありがとうございました。
長編も書いております。よろしければ!
俺と異世界最強戦士が入れ替わった結果〜こっちは戦えず、あっちは満員電車
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