婚約破棄された悪役令嬢の中に入りました。白豚伯爵との婚姻が待ってました
目が覚めたら知らない天井だった。
え、昨日まで普通に社会人してたはずなんだけど?
仕事して、コロナにかかって、布団で寝込んで…――気づいたら異世界に転生していた。
「お嬢様、目が覚めたのですか!?」
メイドらしき人が駆け込んできて、わたわたと騒ぎ出す。
どうやら私は、公爵令嬢。名前はアメリア。しかも、先日王子に婚約破棄され、よりによって『白豚』と呼ばれる伯爵との婚姻を命じられたらしい。王様不在の代理権限とかで無理やり。で、嫌で嫌で自殺未遂したところ、処置が早くて助かった――というのが現状らしい。
…えぇ。何それ、重い。
そして明後日が出立の日。
伯爵領は馬車で半日。
そこで現れたのは――
「……でかっ!」
身長190超えの大男。白銀の髪、青い瞳。確かに横幅もすごい。白豚?いや、白クマでは?
婚姻の儀式は紙切れ一枚で終了。
そして夜は一緒のベッド。キングサイズとはいえ、近い。
「……貴女の傷が癒えるまで、何もしません」
紳士的な伯爵の言葉。
しかし私は頭の中でリピート再生していた。
某アニメの女の子が巨大モフモフにダイブするシーンを。
恐る恐る触れてみる――
「……ふわっ……!」
その夜から私はふわふわに溺れた。
秋の夜は寒い。気づけば伯爵にしがみつき、遠慮なく熱を奪って寝る。
日中は静かに伯爵夫人の勉強。
夜はふわふわ満喫。
春が過ぎ、夏が来た。
……暑い。
寝ぼけて無意識に伯爵から離れ、朝はベッドの端で目を覚ます。
伯爵は何か思いつめている様子だった。
そして手紙が届く。
――祖母が危篤。
私は伯爵に理由を話し、祖母のもとへ。馬車で一週間。二ヶ月の看病の末、奇跡的に祖母は回復した。
そして久々に伯爵領へ戻ると――
「お帰りなさい」
……誰、この超絶美形!?
「わからないのか?」
その声は確かに伯爵。
彼は私の態度が冷たくなったのを、「醜い自分が嫌われた」と勘違いし、必死に減量していたのだ。
白豚消滅。ふわふわも消滅。
私は愕然とした。
――ふわふわが、なくなってる!?
初秋。夜は少し冷える。
恐る恐る彼に触れる。
「……あ、ムチムチ……!」
完璧スリムではなく、多少の余韻が残っていた。しかも暖かい。
「……お休みなさい」
減量した伯爵に再び抱きつき、遠慮なく熱を奪いながら眠りについたのだった。
善きかな、善きかな。
伯爵目線
私は、レオナルド・フォン・ヴァイス。
世間では「白豚伯爵」などと好き勝手に呼ばれている。
横に大きいのは事実だが……そのあだ名は傷つく。
そんな私に、公爵令嬢アメリアが嫁いでくることになった。
王子の婚約破棄のせいで押しつけられたのだ。
彼女にしてみれば災難だろう――そう思っていた。
初夜にて
「……貴女の傷が癒えるまで、何もしない」
そう言った。
それしか言えなかった。
だが次の瞬間、彼女は……私に触れた。
恐る恐る、まるで子供のように。
「……!」
……なにその顔。目が輝いてるぞ。
「おい、何をして――」
「……ふわっ……!」
「ふわっ……!? だ、誰がふわふわだ!」
「レオナルド様です!」
頬を赤くしながら、彼女はぎゅっと抱きついてきた。
……なんだこれは。可愛い。可愛すぎる。
それから毎晩。
彼女は当然のように私にしがみついて眠った。
「おい、暑いだろう」
「いいえ。最高です」
「……くっ」
腕の中で安心しきった寝顔を見せられ、私は心臓が痛かった。
可愛い。可愛いが……距離が辛い。
彼女にとって私はただの抱き枕。
婚姻相手ではなく、ふわふわの生き物。
……それでもいい。
彼女が幸せそうなら、それで。
だが夏が来ると、彼女はいつしか私から離れるようになった。
朝、ベッドの端で眠るアメリア。
私の隣は空っぽ。
……嫌われたのか?
いや、彼女はそんな人ではない。
だが距離があることが、こんなにも苦しいとは。
「……やはり、私が醜いから……」
そうだ。
彼女が私を抱き枕扱いしていたのも、心からではなく、妥協だったのかもしれない。
ならば――変わろう。
アメリアは危篤の祖母に会いに行った。
私は決意した。
食事を減らし、鍛錬を重ね、汗を流す。
「伯爵様!? 庭で鉄球を振り回すなど何を!?」
「トレーニングだ。」
「お食事はこれで……?」
「十分だ。」
領民たちは驚いていた。
「白豚伯爵が……動いてる……!」
「走ってる……!?」
だが構うものか。
アメリアに嫌われるくらいなら、痩せてやる。
約2ヶ月半後。初秋になっていた。
看病を終え、アメリアが帰ってきた。
「……お帰りなさい」
振り返った彼女は目を丸くした。
「……わからないのか」
「レオナルド様……?」
アメリアは固まっていた。。
……まさか、ふわふわが消えたことにショックを受けている?
「……随分、痩せたのですね。驚きました」
その夜。
彼女はそっと近づき、私の腕に触れた。
「……あっ、ムチムチ」
「……。」
「ふふふ。あったかいです」
彼女は嬉しそうに笑い、また抱きついてきた。
……なんだ。
痩せても、抱き枕でも、関係ないではないか。
彼女は私を拒まない。
朝、アメリアが隣にいた。
私は――幸せだ。