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人間を賭けたサイコロ

 朝、鏡を見たら牛になっていた。


「な、なに!?」


 耳に黄色い耳標が付けられ、個体識別番号が記されていた。鼻には鼻輪がガッツリ通されている。手足は蹄になっていて体中に白と黒の斑点が……。

 ビックリし過ぎて言葉も出なかった。鏡に映る己の姿に茫然自失になっていると、突然、視界が歪み目の前が真っ暗になった。そして空中へ吸い込まれる感覚が全身を襲った。




 気が付くと、お花畑にいた。


「ここって、まさか!」


 しばらくすると、花畑の向こうに老人の姿が見えた。

 白と黒の斑点模様の全身タイツを纏い、鼻に輪っかをして、手をチョキチョキしながらやって来た。


「やあやあ、ミツグ君」

「またお前か」

「久しぶり~」

「久しぶり~、じゃねえよ。何だその格好は」

「僕、牛!」

「バカにしてるのか?」

「牛だけに「も~イヤ」なんてね」

「やかましい!」


 相変わらずイライラさせるじーさんである。


「なあ、俺は一体どうなったんだ」

「見ての通り牛になったんだよ」

「そんな訳ないだろう」

「どこから見ても完璧に牛だよ。君はホルスタイン」

「……」


 訳が分からない。俺は人間だ。DNAレベルで考えてもそんな事はありえない。

 仮にそうだとしても、なぜ牛なのだ?


「どういう事か説明してくれ」

「説明って言われても……」

「お前は神様だろ」

「自分で決めた事だからねぇ~」

「は?」

「見てみる?」

「何を?」

「これ!」


 老人はそう言うと、目の前に一枚の紙を取り出した。


「これは君が生まれてくる前に計画した人生の青写真なんだわさ。人間は誰でも生まれる前に自身の人生設定をしてから誕生する。生まれてから死ぬまでの道のりを。皆、その計画に従って行動するんだわさ。

 お金持ちになりたいと思っても、初期設定で選んでなければお金持ちへ道は困難を極める。女の子にモテモテの人生を送りたいけど、青写真に「キモオタ、引きニート希望」と書いたら、その通りになっちゃう。

 あの世とこの世ってそういう仕組みで成り立っているのよねぇ。

 んで、そうした中で色んな経験を積んで、すると魂が成長するんだわさ。魂の成長がワシらのご馳走だからね。

 まあ、手っ取り早く言うと誰もが自分の望む人生を歩んでいるって話」


 あの世とこの世の関係性を初めて知った。まさか生まれる前に自分の人生設計をしてから誕生するとは思いもよらなかった。


「……という事は?」

「君は牛に憧れていたと。ま、そんな感じ」

「憧れてねぇよ」

「でも青写真に書いてあるよ」


 そう言って紙を広げた。

 そこに書かれていたのは……。


 0~6歳 両親の愛情タップリの平和な家庭で育つ


 7~12歳 勉強も出来て成績優秀


 13~19歳 スポーツ万能で女子にモテモテ 


 20歳 牛になる


「な、なんで20歳で急に牛なんだ」

「知らないよ。自分で決めたんでしょ」

「どう考えてもおかしいだろう」

「でも青写真にしっかり書いてあるよ」

「そんなバカな……」

「ほら。鼻の穴をかっぽじってよく見てごらん」

「目……だろ」


 そこに書かれた人生青写真は確かに当たっていた。

 両親は愛情タップリ育ててくれたし、小学校の頃は成績抜群だった。中学に入ってから成績は落ち目だったが、スポーツは人より上手くこなせた。女子から尊敬の眼差しで告白されまくっていた。

 そして20歳。朝起きたら牛になっていた……。


「百歩譲って俺が計画したとして、この先はどうなるんだ?」

「いやぁ~ん。この先はモザイク処理」

「なぜ?」

「先を知ったら人生つまんないでしょ」

「牛になったまま生きていく方がつまんないわ」

「でも自分が決めた人生。牛として楽しめば?」

「どうやって?」

「ミルクをいっぱい出すとか」

「俺は男だぞ。ミルクなんか出る訳ねぇだろ」

「あんっ! 別のミルクを……」

「それはやめろ!」


 どうしてこいつは下ネタに走ろうとするのか。中二病をこじらせているのだろうか。


「話の内容は分かった」

「ふ~ん。君って素直なんだね」

「理解した上で聞きたい事があるんだが」

「いやだぁ~。夜の過ごし方なんて言えないわ」

「そんなの一切興味ねぇよ」

「一人でするって寂しいよね」

「……何を?」

「編み物」

「勝手にやってろ」

「何よ。さっきから怒ってばっかり!」

「お前が原因だろうがっ!」

「で、何?」

「……」


 変わり身の早さがすこぶる鬱陶しい。


「元に戻る方法はないのか?」

「うーん。基本的には生まれ変わるしかないね」

「一度死ぬって事か」

「まあ、簡単に言えば」

「難しく言っても同じだ」


 それだけは避けたい。せっかくここまで生きてきたのに。

 ただ、これから先、牛として生きていく位なら生まれ変わった方がマシな気がする。ある程度成長したら競りにかけられて食べられちゃうしな。


「じゃ、もう一回やり直すよ」

「牛として?」

「人間としてだ!」


 父さん、母さん。今までありがとう。俺はもう一回生まれ変わる。

 その時は再びあなた達の子供になりたい……。


「そんな神妙な顔をしなくても。今生の別れじゃあるまいし」

「今生の別れだよ」

「ま、他に方法がない訳ではないが」

「あ、あるのか!」

「結構なギャンブルだけどね。やる?」

「やる!」

「ホントに?」

「このまま牛として生きていく位ならやる」

「じゃあ、逝ってみよう!」


 俺の決断を聞いた老人は指をパチンと鳴らし、空中から得体の知れないブツを取り出した。


「はいこれ!」


 手渡されたのは巨大なサイコロだった。


「何これ?」

「サイコロ」

「いや、サイコロは分かってるが、この文字は?」

「さっき言ったでしょ。ギャンブルだって」


 巨大サイコロには3面が「牛」、1面が「現状維持」、そして残り2面が「人間に戻る」と書かれていた。


「現状維持って、このままの状態か?」

「そう。人間の言葉をしゃべる牛」

「気持ち悪いだろ。そんなの」

「他の3面は本格牛モード。「も~」しか言えないの」

「で?」

「人間に戻れる確率は6分の2です」

「3分の1だろ」


 約分も出来ない奴に弄ばれるなんて俺の人生終わってる。というか、こいつに絡まれているだけで既に終了している気がする。

 現状維持以外だったらどっちでもいい。牛になったら皆に美味しく食べてもらえばいい。人間に戻ったら全てに感謝しながら生きていく。

 俺は震える手でサイコロを空中へ投げた。


「何か出そうだ、何か出そうだ」

「違う。何が出るかな、だろ」

「チャララランラン。ブッ!」

「おい、いまのって……」

「略して、屁!」

「略してねぇーだ……クサッ!」


 本気で人間に戻りたい。そして心の底から家へ帰りたいと思った。

 俺はドキドキしながら宙を舞うサイコロを眺めた。老人は意味不明のダンスを楽しそうに踊っている。

 サイコロが地面に跳ね返りコロコロ転がった。両手の蹄を合わせて「人間に戻れますように」と神様に祈った。


「いま、神様に祈ってるようだけど、それってワシに?」

「黙れ!」


 少しづつ回転を緩め、ついにサイコロは止まった。今後の人生が決定した瞬間である。素早く走り寄って上面の文字を確認した。

 現状維持だった。


「うがぁぁー-。しゃ、しゃべれる牛!」

「よかったね。ウフッ」

「良くねぇよ。最悪じゃねぇか」

「みんなを楽しませる事が出来るよ」

「気持ち悪がられるだけだろうがっ!」

「ミルクも出せるし」

「出ねぇよ」

「あーん。いっぱい出して!」


 だからさ、下ネタに走るんじゃねぇ。


「もう一回チャレンジは?」

「またですかぁ~」


 老人は賽銭箱を指さした。そして再び説明した。


「納得いかないからって何度も繰り返したらキリがないよ。ワシは君に一回目のチャンスを与えた。それを掴めなかったのは君自身だからねぇ~。

 一度っきりのチャンスに全精力を傾けて挑む事が出来なければ、何をやったって上手く行かないんだわさ。その為に必要なのは自信と決断力なのよねぇ~」


 言葉は優しかったが、烈火の如く怒鳴られている気がした。

 一回目を逃した者は、次の機会が来るまでチャンスはない。もしかしたら二度目は来ないかも知れない。それが気に入らなければ駄々っ子のように追加をおねだりする。客観的に見て自分勝手にも程があると思う。


「分かった。悪かったよ」

「素直でよろしい。では課金!」

「いきなり来たんだから準備してないよ」

「この間も無課金だったよね」

「持ってないんだって」

「君の名は?」

「……ミツグ」

「じゃあ貢いで」

「だ・か・ら。金無いんだよ」

「ケチってイヤ~ねぇ~」

「そういう問題じゃなくてさ……」

「ま、今日の所は牛に免じて勘弁してやる」


 老人はもう一度サイコロを俺に手渡した。


「ん? 書いてある文字が違うぞ」

「そりゃそうよ。無課金ならリスクはさらに倍!」


 1面が「サドル」、2面が「スカート」、3面が「パンツ」、4面が「牛」、5面が「現所維持」、6面が「人間に戻る」だった。


「6分の1か」

「希望はパンツ?」

「人間だ!」

「ワシはサドルがおススメだと思うけどねぇ~」

「……お前、いつか捕まるぞ」


 ラインナップが超絶危険なサイコロを思いっきり振った。


「ナスが出るかな、ナスが出るかな」

「何だよそれ」

「チャララランラン。どこから?」

「もう意味わかんねぇよ。マジで!」


 運命のサイコロは少しづつ回転を緩め、そして止まった。

 人間に戻るだった。


「よっしゃぁぁぁ--。俺の勝ち!」

「ちぇっ、つまんない」

「よし。帰らせてもらうぞ」

「もう一回遊んでいかない? お安くしとくよ」

「やかましい!」



 ベッドで目が覚めた俺は、速攻で鏡の前に立った。

 俺だった。


「よ、よかった。元に戻ったぁ~」


 心の底から安堵の表情を浮かべていると、どこからともなく声が聞こえた。


「それでは、21歳になったらまた会いましょう!」

「なっ……」


 何が起きるんだ。21歳に何があるんだ。

 俺の青写真には何が書かれているんだぁぁ!




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