生徒たちの真実
田中町長の独自調査は、学園の教師たちへと広がり、そして今、生徒たちへとその手を伸ばそうとしていた。
美月の死は、彼らにとってあまりにも突然で、深い悲しみと混乱をもたらしている。
田中は、生徒たちに細心の注意を払い、彼らの心の傷を慮りながら、慎重に話を聞く必要があった。
まず、田中が会うことにしたのは、生徒会副会長の鈴木大輔、十七歳だ。
彼は美月の親友、高橋裕子と共に、美月の死によって最も動揺している生徒の一人だった。
鈴木は、美月に密かに想いを寄せていたという噂がある。
その秘めた恋心が、事件にどう関わっているのか。
そして、文化祭の準備で美月と対立していたという事実が、彼の心理にどう影響していたのか。
田中は、学校のカウンセリングルームで鈴木と会う機会を得た。
鈴木は、憔悴しきった様子で椅子に座っていた。
その目には、まだ涙の痕が残っている。
「鈴木君、辛いだろうに、こうして話を聞いてくれてありがとう。
美月さんのこと、本当に残念でならない」
田中は優しい声で語りかけた。
鈴木は、顔を上げて田中を見た。
その瞳は、何かを訴えかけているようだった。
「…美月先輩は、僕の憧れでした。
生徒会長として、本当に尊敬していました。
文化祭の準備では、たくさんぶつかりもしましたけど、それは僕が、先輩の考えを理解できなかったからです」
鈴木は、絞り出すような声で話し始めた。
彼の言葉には、後悔と自責の念が滲み出ている。
「ぶつかった、というのは、文化祭の企画のことでかい?」
田中は尋ねた。
「はい。先輩は、今年の文化祭で、新しい試みをたくさん提案していました。
特に、学園川を使ったイベント…
『清流ステージ』という企画を強く推していて。
僕は、伝統的な企画を大事にしたかったので、なかなか賛同できなくて。
それで、何度も口論になってしまって…」
鈴木の言葉に、田中は眉をひそめた。
学園川を使ったイベント。
「清流ステージ」。
美月は、学園川の水を、文化祭のメインテーマにしようとしていたのか。
それは、美月が学園川の歴史に興味を持っていたという山田花子の証言と合致する。
「『清流ステージ』とは、具体的にどのような企画だったんだい?」
「学園川の河川敷に特設ステージを作って、そこで生徒たちのパフォーマンスを行う、というものでした。
先輩は、『清園の流れを活かして、町の自然と学園の活動を融合させたい』って。
…でも、僕は、安全面や、準備の手間を考えて、あまり乗り気じゃなくて…結局、企画は通らず、先輩はすごくがっかりしていました」
鈴木は、悔しそうに顔を歪めた。
彼の言葉からは、美月への尊敬と、彼女の企画を理解できなかった自分への苛立ちが感じられた。
彼が美月を想っていたからこそ、その「対立」は彼にとって大きな葛藤だったに違いない。
「事件当夜、美月君とは何か話したかい?
最後に会ったのはいつだった?」
田中は核心に迫った。
「事件の日の夜…文化祭の最終打ち合わせが終わって、生徒会室を出た時です。
日付が変わる直前くらいだったと思います。
先輩は、まだ生徒会室に残って、何か作業をしていました。
僕が『もう遅いから、帰った方がいいですよ』って声をかけたら、『もう少しだけ』って。
それから、『鈴木君、文化祭のこと、ごめんね。
でも、きっと素晴らしいものになるから』って、笑って…それが、最後でした」
鈴木の目から、再び涙が溢れ出した。
彼の証言は、美月が事件当夜も学園にいたことを裏付けた。
そして、彼が美月と最後に言葉を交わした一人である可能性を示唆していた。
次に、田中は高橋裕子に話を聞くことにした。
彼女は美月の親友でありながら、最近美月との関係がぎくしゃくしていたという。
そして、美月の「秘密」を知っている様子だった。
その秘密こそが、事件の重要な手がかりとなるはずだ。
裕子との面談も、学校のカウンセリングルームで行われた。
裕子は、鈴木以上に憔悴し、顔色も悪かった。
彼女は、目を合わせようとせず、うつむいたままだった。
「高橋さん、美月さんのこと、本当に辛いよね。
でも、美月さんのためにも、少しだけ話を聞かせてもらえないだろうか」
田中は、声を絞り出すように言った。裕子は、ゆっくりと顔を上げた。
その目は、何かにおびえているようだった。
「…美月は、最近、私に秘密を話してくれました。
その秘密が、美月を苦しめていたんだと思います。
私が…私が止められなかったから…」
裕子の言葉に、田中は息を呑んだ。
ついに、美月の秘密が明らかになるのか。
「その秘密とは、一体…」
田中は、慎重に尋ねた。裕子は、震える声で語り始めた。
「美月は…学園の裏帳簿を見つけてしまったんです。
生徒会の活動費の一部が、正しく使われていないことに気づいてしまって…」
裏帳簿。
その言葉に、田中は驚きを隠せなかった。
美月が悩んでいたのは、学園の不正会計だったのか。
それが、彼女の命を奪うほどの秘密だったのか。
「裏帳簿とは、具体的にどのような内容だったんだい? 誰が、どのようにして…」
「それは…はっきりとは聞いていません。ただ、古い時期からの帳簿も含まれていて、かなり長期間にわたって行われていたみたいです。
美月は、そのことで、学園のある人物と、何度も話し合っていたようです。
その人物が、美月を脅していたのかもしれない…」
裕子は、そこまで言うと、再び口を閉ざしてしまった。
その表情は、恐怖に歪んでいる。
彼女は、まだ何かを隠している。
しかし、これ以上は無理に聞き出せないと判断した。
彼女の口から出た「裏帳簿」と「ある人物」という言葉は、田中の推理を大きく揺るがすものだった。
「高橋さん、ありがとう。無理に話す必要はない。
でも、もし何か思い出したら、いつでも私に連絡してほしい。
美月さんのためにも」
田中はそう言って、裕子との面談を終えた。
その後、田中は、文化祭実行委員会の他の生徒たちにも、それぞれ話を聞いて回った。
彼らの証言を総合すると、美月は文化祭の準備期間中、生徒会室に遅くまで残ることが多く、時には誰かと電話で話し込んでいる様子も目撃されていたという。
その相手が誰だったのかは不明だが、その会話の内容から、美月が何か大きな問題を抱えていることは、一部の生徒の間でも認識されていたようだ。
特に、事件前日には、生徒会室で美月と佐藤校長が激しく口論しているのを耳にしたという生徒もいた。
その口論の内容は聞き取れなかったが、美月がかなり感情的になっていたという。
校長との面談記録、進路の悩み、そして裏帳簿。
全てが、佐藤校長へと繋がっていく。
田中は、生徒たちの証言を一つ一つ丁寧に、頭の中で整理していった。
鈴木大輔の美月への純粋な想いと、文化祭を巡る対立。
高橋裕子が語った「裏帳簿」と「ある人物」という衝撃の告白。
他の生徒たちが目撃した、美月の切羽詰まった様子と、校長との口論。これまでの調査で得られた情報が、美月の死を取り巻く状況を、より複雑なものにしていた。
浅瀬での溺死という不可解な死、30年前の教師の不審死、そして学園の裏帳簿という新たな謎。
清流の底に沈む真実は、想像以上に深く、そして闇を抱えている。
田中は、今、すべてのピースを繋ぎ合わせようとしていた。
彼が持つ直感と、論理的思考力が、複雑に絡み合った糸を解き、真犯人へと導いてくれることを信じて。
田中町長の独自調査は、学園川の水利システム、町の過去の事件、そして美月を取り巻く複雑な人間関係という、多岐にわたる側面から真相に迫っていきます。
ダムの運用をめぐる井上修との面談では、システムの「盲点」の可能性を垣間見せ、渡辺老人からは30年前の学園教師の不審死と森川家の因縁が語られ、事件に新たな奥行きを与えました。
さらに、担任教師・山田花子と生徒たちの証言からは、美月の「悩み」が、単なる進路の問題だけでなく、学園の「隠された歴史」や「裏帳簿」といった、より深刻な事柄に繋がっていたことが示唆されました。この調査の先に、事件の真相が、徐々にその姿を現し始めることになります。