表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/14

不可解な死


警察の初期捜査は、迅速に進められた。現場に駆けつけた清水警察署の刑事たちは、まず事件性の有無を見極めることに全力を注いだ。


遺体の状況、周辺の痕跡、そして目撃者の証言。それらを総合した結果、警察は「森川美月は、何らかの原因で学園川に転落し、溺死したものと推定される」という初期判断を下した。


争った形跡がなく、外傷もないことから、自殺の可能性も視野に入れつつ、事故死という線が濃厚とされたのだ。「水深三十センチの浅瀬で、水泳部の生徒が溺死…」町役場の執務室に戻った田中は、一人、この不可解な事実を反芻していた。


警察の初期判断は、彼の心の中にある疑問を全く解消してくれなかった。


むしろ、その疑問は時間と共に肥大し、彼の心を強く締め付けていく。


森川美月。

田中は彼女をよく知っていた。

学校行事などで顔を合わせる機会も多く、特に町の文化振興活動にも積極的に参加する、礼儀正しく聡明な生徒だった。

学業成績は常にトップクラスで、水泳部ではエースとして活躍。

スポーツ推薦ではなく、学業での推薦で名門大学への進学が決まっていたことは、町民の間でも誇りとして語られていた。

そんな非の打ち所のない模範生が、なぜ、早朝の学園川で命を落とさなければならなかったのか。


「最近、何かに悩んでいる様子だった」という警察の聞き込みで得られた情報が、田中の脳裏をよぎった。

確かに、数週間前の文化祭準備委員会で顔を合わせた際、美月の表情にいつもの明るさがなかったことを思い出す。

何か重いものを抱えているような、かすかな陰りが見えた気がした。

しかし、それが命を落とすほどの悩みだったとは、到底信じられない。

田中は自分の机の引き出しから、一冊の推理小説を取り出した。

愛読している作家の最新作で、まだ読み終えていないものだ。

しかし、今は物語に集中できる状態ではなかった。彼は表紙の裏に書かれた言葉を無意識に指でなぞる。

「真実は、常に論理の彼方に存在する。だが、その論理へと至る道は、細部に隠されている」彼の推理小説愛好家としての経験が、今回の事件には何か見過ごされている「細部」があるのではないかと囁いている。警察の初期捜査は、表面的な事実に囚われているのではないか。


彼は町長としての立場から、警察の捜査に介入することはできない。だが、彼には町長の権限と、長年培ってきた人脈がある。


そして何よりも、この小さな町を愛し、生徒たちを我が子のように思う気持ちがあった。


美月の死が事故や自殺で片付けられることに、彼の心が納得しなかった。


「これは、私が解き明かさねばならない『謎』なのかもしれない」田中は、静かに決意を固めた。


警察とは別に、自分なりの視点で調査を進めてみよう。


町長として、美月というかけがえのない命が失われた真実を、明らかにしたい。


まず、彼は美月の学校生活に焦点を当てることにした。

特に、文化祭「清流祭」の準備での人間関係のトラブル。

警察もその点を調べているだろうが、町長という立場であれば、教師や生徒たちも、より本音を話してくれるかもしれない。


文化祭は、例年町全体を巻き込む一大イベントだ。美月は生徒会長として、その中心的な役割を担っていた。


しかし、一部の生徒や教師との間で、意見の衝突があったという噂を耳にしていた。


特に、生徒会副会長の鈴木大輔との間に、文化祭の企画内容を巡って激しい対立があったという話が、すでに町のあちこちで囁かれ始めていた。


田中は、まず清水学園の校長、佐藤健太に連絡を取ることにした。


佐藤校長は、三年前から清水学園に赴任し、積極的な教育改革を進めている人物だ。


その改革が、学校内部にどのような影響をもたらしているのか。


美月の悩みと、校長の教育方針との間に、何らかの関連性があるのかもしれない。


電話の向こうで、佐藤校長の声は沈痛だった。「田中町長、この度は誠に申し訳ございません。生徒会長の森川君がこのようなことになり、学園としても大変心を痛めております。

警察の捜査には全面的に協力しております」田中は丁寧に、美月の最近の様子、特に校長との面談記録について尋ねた。佐藤校長は、美月とは進路のことなどで度々面談していたと答えた。


しかし、具体的な内容については、「生徒のプライバシーに関わることですので」と口を濁した。


「そうですか。しかし、美月さんの死は、この町全体にとって大きな衝撃です。

もし何か、お力になれることがあれば、どんな些細なことでも構いませんので」田中は敢えてそう付け加えた。


校長の反応は、彼の内心を探る上での重要な手掛かりになるかもしれない。

彼の独自調査は、静かに、そして着実に幕を開けた。清流に沈んだ真実を、その手で掬い上げるために。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ