抜けられないゲーム2
「君も、死んでる」
浮かぶ光球の言葉に、血の気が引く。
そうだ、俺は死んだ。
ドラゴンに喰われて死んだ。
じ、じゃあ、今の俺は幽霊?
「幽霊なんてないよ。死んだらソレまで。だけど君は運が良い……いや、悪いのかな?」
「何言ってんだ?」
「君は主人公に選ばれて、鐘楼で『セーブ』した」
ナビナビが鐘の上にとまる。
不気味な明滅を繰り返している。
「魂は保存され、ココが君の復活地点になったんだ」
「いや、なんだよソレ」
いよいよオカルトじみてきた。
異界の食べ物を口にしたら最後、二度と出られないみたいな話。
それが、この場合は鐘楼ってか?
「まぁ、近いかな?」
と、ナビナビ。詳しく聞けばこのゲーム。
鐘を叩く前に死んだらそのままゲームオーバー。
タイトル画面に戻っておしまいらしい。
だけど、一度でも鐘を叩いて鐘楼を出してしまうと、主人公は何度でも鐘楼から復活する。
少しずつ魂を削られて、弱体化を重ねながら。
俺が最初のジジイに殺されていればそのまま元の世界に帰って、全ては馬鹿げた夢で終わっただろうと、ナビナビはそう言うのだ。
「でも、君は鐘を叩いた。だから、この世界に囚われた」
「いや、そんなの……」
おかしいだろう。昨日、俺はセーブしたあと普通にログアウト出来た。
夢は醒め、学校に通った。
「なんで今はログアウト出来ないんだよ!」
「そりゃあさ、自分の姿を見てみなよ」
「え? うわっ!」
ナビナビの光で、自分の肌がハッキリ見えた。
見下ろした自分の手は青白く、ところどころ皮膚が剥がれている。
これじゃあまるで……
「グールだよ。君はグールになったんだ」
「そん、な!」
グールは迷い込んだ人間の慣れの果て。
そんな設定だった。
しかし、俺はあんなグチャグチャの死体ではない。
「まだ一回目だしね。死ぬごとにプレイヤーはグールに近付く。まぁ、何度死んでも完全にグールにならないし、弱体化もどこかで止まるんだけどさ。とにかく、君は死んで人間じゃなくなった。魂が欠けて元の姿から変じてしまった。だから、ログアウトすることも出来ない。仮にログアウトしたとして、元の体には戻れない」
「嘘だろ!」
じゃあ、俺はずっとここに囚われたままなのか?
「やっとナビらしい事を言えるけど、死んだ場所まで辿り着ければ、失った魂の欠片を回収出来るんだ。そしたら人間に戻れる。人間なら元の世界にも帰れる。……で、どこで死んだわけ?」
「そりゃ……」
俺は、天開山の上で扉を潜り、コロッセオで巨大なドラゴンに喰われて死んだ。
そうナビナビに伝えると……
「あちゃー、ソレ多分裏ボス。双聖龍ファルファリッサだね、ちなみに体力が減ると二匹目が出てくるよ」
「ハァ?」
あのドラゴンが二匹も?
一匹だって無理ゲーなのに!
「まぁ、無理だね。アレはエンドコンテンツみたいなとこあるし」
「いや、その前に、現実世界の扉を潜ったらなんで裏ボスに出くわすんだよ」
クソゲーにも程がある。
「そんなの僕だって知らないよ。ゲームが現実を侵食しておかしくなってるんだろうね。ボスへの扉があるのはガロン山の頂上だから山同士たまたま繋がったのかも? ちなみにソコはボス部屋だから倒さない限り出られない」
「ハァ……」
もう呆れるしかない。
とにかく、無理だってのは解った。
そんな俺を無視して、ナビナビは続ける。
「でね、死んだ場所に戻って欠落した魂を回収出来るのは直近の一箇所のみ。つまり、裏ボスに辿り着くまで一度でも死んだらおしまいってコト」
「チッ!」
くそウゼぇ。
「うーん厳しいねぇ。頑張ってノーミスクリア狙ってみる?」
「解った解った」
無理ゲーもここまで来ると清々しい。
いっそ晴れやかな気分だ。
「おっ? 絶望的な状況なのに結構元気だね?」
「そりゃあな」
つまり、俺は海外のバカが起こした事故に巻き込まれて、死んだも同然。
オカルトだから警察だって助けに来ない。
紛れもなく、状況は最悪。
だからこそ、気が楽だ。
「やってやろうじゃねーか」
最悪ってのは何だ?
これ以上、悪くなりようが無いって事だ。
だったら何をしたって良いハズだ。
人を殺しちまったとビビっちまったが、クヨクヨするのはもう止めだ。
俺も、ジジイも、等しく被害者。
人質同士で殺し合いをさせられたようなもの。
初めから助かりようもなかったのだ。
今の状況は、ただ死を待つだけに等しい。
「諦めるには早いよ。もし、君がこのゲームを完全クリアしたら死んだ彼らだって……いや、流石に生き返りはしないか、も?」
はいはい黙ってろ。
この手のデスゲームで皆元気にハッピーエンドなんて見たことないっての。
なにより、クリアまでに何度も死ぬのがこの手のゲームのお決まりだ。
初見ノーミスクリアなんてあり得ない。
天才ゲーマーなら出来るのかもだが、俺はそんなに特別じゃない。
現実化したこの世界ならもっと厳しいだろう。どうせどこかで死ぬ。
死んだら俺の魂は失われ、二度と人間に戻れない。現実に帰れない。
それは実質的な死だ。
だったら好きに暴れてみよう。
だって、そうだろ?
事故に巻き込まれ、俺は死んだ。
最後に最高のゲームを楽しめると思えば、悪くない。
無理ゲーがなんだ。
無理だからこそ、存分に暴れられる。
中二病がテロリストに占拠された学校を夢見るのと、理屈は同じだ。
テロリストってのに意味がある。
相手がただの不審者なら、イキって飛び出して、怪我でもしたら笑いもの。
死んで当然だからこそ、滅茶苦茶に暴れられる。
柏木洋。一世一代の大暴れと行こうじゃないか。
積み重ねた妄想は伊達じゃないと証明してやる。
思えば、昔はそんな妄想ばかりしていた。
それで、剣道やら格闘技やら習ったのだ。
目が見えなくなってから、そんな妄想すらすっかりしょぼくれていた。
一時は自殺すら考えたんだから、コレが理想の死に方だろう。
最後の最後で神様がチャンスをくれたと思うべき。
いっそ馬鹿みたいに暴れてやろうじゃないか。
……まずはどうする? そんなの決まってる。
大きく息を吸って、吐く。
全身の力を抜いて。ダガーを緩く握る。
なんでもない足取りで、明滅する光球にゆっくりと近付いた。
ソレに気付かぬナビナビは明るい声で笑う。
「よぉし。じゃあルールは解った? デモンズエデンにようこそ! さぁ、いよいよゲームの始ま……うぇ?」
俺は一息に光球を握り潰す
「で?」
――そして、問う。
「お前は、なんだ?」
問いながら、ダガーを突き付ける。
「ぼ、僕? 僕はナビナビだよ?」
「とぼけるな」
ゲームの中のナビゲーション機能?
ありえねーよ。
「お前は、知り過ぎている。ゲームのルールはまだしも。事件のあらましまで」
だってそうだろ?
ゲームのナビが現実の悪魔召喚に詳しいなんてあり得ない。
だから、問う。
言い含めるように、ゆっくりと。
「お前の、中身は、なんだ?」
ダガーの先で光球をつつく。
握る手にギリギリと力を込める。
逃しはしない。
「うぇ? あー」
光球が慌てたように明滅し、次第に暗くなる。
そうだ、ジジイの中身が人間なのだとしたら。
ナビナビの中身だって人間だろう。
じゃあ、事件のあらましを知ってるコイツは何者か?
予想はつく。
この事件の首謀者だ。
恐らくコイツは悪魔を召喚しようとしたバンドメンバーの一人。
そうでもないと、知り過ぎている。
「僕が悪魔召喚の首謀者だって? うーん、違うんだけどなぁ」
しかし、問い詰めてもナビナビは否定した。
否定はしたが、最後には観念したように、言った。
「僕が、悪魔だよ」