抜けられないゲーム
「ハッ!」
目が醒めた。
悪夢から醒めて、意識が覚醒する。
……なんだ。
全部、夢だった。
初めから、夢だったんだ。
夢から醒めたと思ったのも夢。
学校に行ったのも夢、ドラゴンも夢。
気配察知なんて現実で有るワケない。
今日一日、全部が夢だった。
おかしいと思っていた。
あまりにも荒唐無稽。
ああ、家を出て高校に行かないと。
きっとまだ未明だ、薄暗い。
俺はVRギアの明度を上げようとした。
「え?」
しかし、頭にVRギアはない。
ドリームフレームを付けていない。
なのに、見える。
薄暗い天井が。
しかも、よくよく見ればその天井は俺の部屋のモノではない。
「ここは?」
鐘楼だ! デモンズエデンの最初のセーブポイント。
「なん……だよ、コレ!」
俺は夢から醒めていなかった。
いや、違う……
まさか!
――ピコーン
耳に響いた白々しい電子音。
ゴクリと唾を飲む音が、他人事みたいに大きく聞こえる。
嫌な、予感がする。
視界にポップアップするメッセージ。
俺は震える手でメッセージを確認。
≪あなたは死亡しました≫
>>OK?
その文字を見たとき、
ゾクリと、背筋に悪寒が走る。
俺は震える手でOKをタップ。
≪1.取得したジェムは死亡時に失われます≫
≪2.最後に鐘を鳴らせた鐘楼で復活します≫
≪3.死ぬ度に魂が欠損し、体力上限が減少します≫
≪4.死んだ場所に戻れば、失われた魂とジェムを回収可能です≫
「嘘だろ?」
ちょっと待て?
ちょっと待てよ!
どう言う事だ?
俺が死んだのは山の上だ。
でも、アレは夢の話で……
そして、爺さんを殺したのも夢の中。
だから、なんだ?
コレも夢。そうだろう?
俺は鐘楼の中心。鐘にとりつく。
「早く、早く!」
メニューを呼び出し、ログアウト。
――ブー
ビープ音。
エラーが出てログアウト出来ない。
なんだよ!
いや、そもそも、コレはゲームじゃない。
ゲームにしてはリアルすぎる。
なにより、俺はエルフの女の子じゃない。
俺は、俺だ。
手を見る。足を見る。
自分のモノだ。制服を着た男子高校生。
でも何故か、目が見える。
だから、コレは夢なんだ。
夢なのだからログアウトもクソも無い。
「醒めろ醒めろ」
ペチペチと頬を叩く。
だけど、一向に目が醒めない。
「ハァハァ……」
冷静になる。
辺りを見回すと薄暗い洞窟で、湿っぽく、かび臭い匂いまでする。
改めて、ゲームのリアリティではない。
息を整え辺りを見回すと、昨夜ぶっ殺したジジイの死体が転がっている。
これじゃまるで、昨日の夢の続き。
本当に、そうか?
ここまで焦って、深呼吸して、落ち着いて。
それでも醒めない夢なんてあるか?
俺はとっくの昔に死んでいて、霊体となって彷徨っているだけなんじゃないか?
そんな妄想にじんわりと恐怖が湧き出した時だった。
「あーあ、死んじゃったんだ」
「うわっ!」
耳元で、声がした。
悲鳴をあげて飛び退くが、声の主は見当たらない。
「ここだよー」
「え?」
現れたのは光の玉。
ふわふわと俺の周りを飛び回る。
なんだ、これは??
こんなのはゲームにも登場しなかった。
「あー、その反応。きみデモンズエデン知らない人?」
「デモンズエデン? ココが?」
やっぱりここはゲームなのか?
ぼんやりと見つめる先、光球は楽しげに飛び回る。
「ゲームだよ、ゲーム。デモンズエデン。……まさか、知らない?」
……知ってる。
知っているからこそ、コレはゲームではない!
「ゲームなら、俺は下級悪魔を倒して、丘でセーブしたハズだ」
「あー! なるほど。きみゲームで一度も死んでないんだ? じゃあ、ナビナビの事も知らないかぁ」
確かに、俺はデモンズエデンの中ではまだ死んでいない。
あの下級悪魔だって、初見で倒した。
「僕はね、ナビナビ。このゲームのナビゲーターだよ」
「ナビナビ?」
聞くところによると、コイツはいわゆるゲームの説明要員らしい。
死んだプレイヤーの前に現れて、攻略法をアドバイスする役目だとか。
「フツーはね、最初のボスまでで死ぬんだ。なにせこのゲームは特殊だからね。リアルに拘りすぎてテストプレイじゃ誰もチュートリアルを突破出来なかったらしいよ?」
「……あー」
そう言えば、あの下級悪魔は最初のボスにしちゃ強かった。
普通に考えたら、アレは負けイベントの類だったに違いない。
ようやくソレに思い至った。
そんな俺をあざ笑うようかのように、ナビナビが周囲を飛び回る。
「ボスどころか、グールを倒すのもダメなんだ。素性によっちゃ、最初に渡されるダガーしか使えないもんだから、ボスにも辿り着けず死ぬのが普通なんだよ」
確かに。道中のグールだってバカに出来るモノじゃなかった。
なにせ、一撃で体力を一割削ってくる。
一対一なら雑魚でも、三体に囲まれると中々厳しかったのを覚えている。
俺は漂う光球、ナビナビをジッと見つめる。
「言われてみれば、俺が日本人で、剣道経験者で、武器に刀を貰えたからなんとかなっただけかもな」
「っていうかね、グロいゲームだし、ダガーを渡されてグールを切ってくれって言われても、いきなり斬りつけるなんて出来ない人が多いんだってさ」
なるほど、そういうのもあるか。
得物のリーチが短ければ、あのグロテスクな死体と接近戦を演じるしかない。
精神的にも辛いだろう。
そう言う意味で、サムライを選んだのは悪くなかったな。
「その代わり、ナビゲーターの僕に出会えなかったみたいだけどねー。一度死んだ後、お助けキャラとしてアドバイスするのが僕の役目なのさ」
「いや、ちょっと待ってくれ」
混乱してきた。
そもそも、ソレはゲームの話だ。
いやいや? コレはゲームの中なのか?
俺はゲームの世界に入ってしまった?
「ちがうよ」
ナビナビ。
そう名乗る光球が、見透かす様に、ズイっと俺の顔に迫った。
「君がゲームの世界に入ったんじゃない。ゲームの方が現実に入ったんだ」
「???」
いや、意味が解らない。
「きみは知らない? その場に居なかった?」
「何を?」
「いやね、悪魔召喚の儀式に、君は参加してなかったのかなって」
悪魔召喚?
そんなの知らない。
……いや、まてよ?
そうだ、二千人の意識が戻らない。
アメリカのロックバンドが望んだのが悪魔召喚。
とんだオカルトだと思っていた。
血の気が引く俺に、これでもかと明滅する光球が高らかに語る。
「麻薬でトランス状態になって輪を作り、意識を束ね、魔法陣の上に悪魔を喚ぶんだ」
それが古来の悪魔召喚の作法だと。
そう、ナビナビは語るのだ。
「普通は数十人もあつまれば立派なモン。悪魔崇拝者なんて何百人も集まるワケないよね。いくら麻薬を使っても、意識をひとつにするのも難しい」
光球は不気味に明滅している。
「だけど、科学の進歩がソレを可能にした。いや、もっとだ。もっと想像を遥かに超える人数が集まった」
ナビナビが薄暗い洞窟の中、クルクルと回って見せる。
「ドリームフレームだっけ? 凄いよね。手を繋がずとも無数の人間の意識が繋がった。麻薬なんて要らない。電子ドラッグとかいうので、簡単に脳をトランス状態に出来るんだ。更に魔法陣が凄い。数学的に整った図形なんてメじゃない。もう本当に小さな世界を作って見せた」
ナビナビは鐘楼の真ん中、鐘の上にそっと停まる。
「ゲームだよ。そう、彼らはデモンズエデンを魔法陣の代わりに、悪魔を呼び出そうとした」
「そんな、馬鹿な!」
違う! アイツらはFVCに集まって居たハズ。
「あんな殺風景な場所では、器がなかった。世界だってあまりに小さかった。だからドリームフレームにプリインストールされているゲーム。デモンズエデンを魔法陣代わりにしたんだよ。それによってゲームの世界が現実化した」
「なんだよそれ」
あまりにも荒唐無稽。
あまりにもオカルト。
信じない俺をナビナビはあざ笑う。
「でも、事実だ。そうして出来上がった異界。めでたく君の魂は取り込まれた」
「おいおいおい」
そんな馬鹿な。
俺は悪魔召喚の儀式になんて参加していない。
FVCだって起動していない。
なにより、アレは海の向こうの話のハズだ。
「キミが巻き込まれた原因なんて知らないけどね。そもそも、悪魔召喚を試した彼らだって大して実験もしてないみたい。怪しい本を参考に、試してみたら出来ちゃったってぐらいじゃないかな」
「そんないい加減な」
だが、悪魔召喚なんて、昔からそんなモノかも知れない。
まともな人間は悪魔なんて喚ぼうとは思わない。
「そうやって出来たこの世界。生贄にされた魂たちは、この世界に取り込まれ行き場をなくし、NPCに取り付いた」
ナビはそう言って、爺さんの死体に降り立つ。
「まさか? その人も?」
「そっ、悪魔召喚の被害者。チュートリアル爺さんの中に入っちゃって、ワケも解らず暴れたんだろね」
「そんな、俺、殺しちゃって……」
俺が殺したのは、ゲームのキャラでも、夢の話でもなく。
本当の人間だった?
ショックを受ける俺をあざ笑うかの様に、ナビナビは飛び回る。
「安心して良いよ……」
ナビナビが、
目の前で、
明滅する!
「君も、死んでる」




