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浸食される現実

その日、俺は夢を見た。


夢の中で、コレは夢だと悟ってしまった。



「昨日の今日かよ」



我ながら影響されやすい。

俺はデモンズエデンの夢を見ている。


ここはデモンズエデン、開始地点の洞窟だ。

さっきまでVRで見ていたのだから間違いない。


ただ違うのは、コレが夢の中だって事。


「衝撃的だったもんな」


アレだけのゲームだ。

夢に見るのも当然かも知れない。


だが、違うのは圧倒的なリアリティ。


夢の方がずっとらしいのだ。

洞窟の岩壁はヌメヌメとしているし、湿気の含んだ空気は重く、かび臭い匂いまでしてくるじゃないか。


コレが夢か。

人間の脳が生み出す景色の方がずっとリアルなのだと思い知らされた。


「デモンズエデンもリアルだと思ったけど、まだまだゲームって事かな」


夢の方が凄いんだぞって、体に言われているような気がした。


「じゃあ、お手並み拝見と行きますか」


だとしたら、楽しむべきだ。


夢って奴は良いところで足元がガラガラと崩れたり、整合性のない展開で滅茶苦茶になってしまう。


その前に、この世界を楽しみたい。


足早に見知った洞窟を歩く。


そして、爺さんが待ち受ける地下空間に出た。


「Did you wander in?」


果たして、ジジイは居た。

同じく、英語ボイス。


俺はまたも、この異世界に迷い込んだって訳だ。

俺はジジイに手を伸ばす。


「あー、とりあえずダガー頂戴」


図々しい?

いやいや、コレで良い。


だってそうだろ?


ここは夢の中だ、ゲームじゃない。


俺はエルフの美人じゃない。

キャラクリなんて必要無い。


俺自身が主人公だ。


見下ろせばジャージ姿のいつもの俺だ。

目が見えるってのが唯一の違い。

もちろん刀だって持っていない。


手っ取り早くダガーを貰い、グールの一体も斬ってみたいと思っていた。



夢から醒める、その前に。



だから、無遠慮にダガーをねだる。

……だが。


ジジイはダガーをくれなかった。

松明に火を灯しもしないし、水瓶を渡して来たりもしない。

キャラクリだって始まらない。


「kill」


英語が苦手な俺だって解る。

なんか物騒な事を言う。


え? と思った瞬間。


ジジイは俺に向かってダガーを突き出した。

ダガーをくれるって感じじゃない。


俺は殺されそうになっている。


「fuck!」


躱したら、コレだ。

このジジイ、ゲームよりよっぽど口が悪い。


なるほど、夢ってのはとんでもないな。


チュートリアルのジジイが殺意満点。

いきなり殺しに来るとは恐れ入った。


俺はジジイの顔面を思い切りぶん殴る。


「shit! gonna kill you for sure」


鼻血を出しながら、それでもジジイは殺意満点だ。

ギラギラした目で睨み、容赦なくダガーを突き出してくる。


「ぶっ殺したる!」


俺の方だって臨戦態勢だ。

殺しに来てるなら容赦はしねぇ!


俺は突き出された腕を取り、そのまま投げ飛ばす。


「What's?」


背中から叩き付けられたジジイはパニック。

不格好にダガーを振り回すばかり。

俺はそのまま腕を極めに入る。


「痛ッ!」


しかし、悪い事に振り回されるダガーが俺の頬を浅く切った。

てんで弱いからと油断した。


関節技で綺麗に決めようとした結果。

いらない怪我をしてしまった。


ざっくりと切られた頬は痛いというより熱い。

ドロリとした鉄臭い血が流れ、じんじんとした痛みが後から来た。


とんでもないリアリティである。

凄いと思ったデモンズエデンが霞んでしまう。


やはり、ゲームは夢に敵わない。


いや、夢だって、ここまでリアルなのは初めてかも知れない。


とにかく、もう俺はこのジジイに容赦しない。


「オラァ!」


容赦なく、腕を折る。


「gyaaaaa!」


ジジイは悲鳴をあげ、あっけなくダガーを手放した。

俺はダガーに飛びつきながら、迫るジジイに後ろ蹴り。


たたらを踏んで、仰向けに倒れ込むジジイ。


「ハァハァ、死ね!」


俺はジジイに馬乗りに、ダガーを突き付ける。

殺してやる!

絶対に殺してやる。


俺はダガーを両手に握り、狙い定めて振りかぶる。



……この時の俺は

どうしてこれ程までに攻撃的だったのか?


後から思い直すと、理由はちっとも解らない。


この時の俺は、夢の中なんてそんなもんだろうと、深く考えていなかった。


そして……


「gya!」


ダガーはジジイの胸に深々と突き刺さった。

そのままグリグリと肉へねじ込む。


ジジイの腕はだらん垂れ下がり、瞳孔がゆっくりと開いていく。


その顔には無念と諦観が渦巻いていた。


何と言うリアルな死に顔。

なんだか見ていて怖くなる。


「ハァハァ……」


俺だって、もうこの夢を楽しもうなんて気持ちはこれっぽっちも残っていない。

早く脱出しないと。


夢だというのに、そんな事すら思っていた。


――ピコーン

その時、システムアラートが鳴った。



≪スキル 気配察知を取得しました≫



突然のゲームメッセージ。

これにはホッとさせられた。


あまりのリアリティに

これはゲームでも夢でもないのでは?


そんな風に思ってしまった矢先だったから。


殺した相手は本当の人間では?


殺人の忌避感に押しつぶされそうになっていた。

ただの夢にも拘わらず、だ。


でも、やっぱりコレは夢だった。

ゲームを模した夢だったのだ。


「はぁ……」


息をついて、俺は無意識に鐘楼へと向かった。


もう、夢を終わらせたかった。

ダガーでグールを斬ろうなんて夢にも思わない。


そのためには鐘を鳴らし、鐘楼を出して、セーブすれば終わり。


ゲームではない。

これは夢。なのに……


そんな風に思い込んでいた。


目の前には石のアーチ。

ぼろい鐘が吊されている。


その佇まいも圧倒的にリアルで、鐘に浮いたサビを磨いてみたくなるほどだった。


試しにハッっと息を吐きかけると、鐘の表面には水滴がつく。

ゲームでは、あり得なかったリアリティ。


コレはゲームでは無い。

ゲームではないのだから、夢に違いない。


夢だとしても、この鐘を衝いて、鐘楼でセーブしたら終わりだ。

なぜだかそう確信している自分がいた。


俺はダガーの柄で鐘を衝く……


いや、衝こうとした。



<< やめろ! >>



その時、だ。


脳の中から声がした。

誰の声だか解らなかった。


或いは、体の中。

本能から来る警告だったのかも知れない。


だけど俺は、心の声に逆らった。

一刻も早く夢を終わらせたかったから。


――リーン


鐘を鳴らす


<<BELL RANG>>


大きいテロップが視界を埋める。


たちまち地面から鐘楼が湧いてきて、祝福の光が溢れ出す。

そうだ、これで、これで……




「朝か」


俺は、ベッドの上で横になっていた。

VRギアを付けたまま。


解っていたことだ。

全てが夢の中だって事ぐらい。


俺のいつもの日常が始まった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「おい、柏木! 聞いてるか!」

「ふぁ、ふぁい、スミマセン聞いていませんでした」


その日も俺は居眠りをしてしまった。

変な夢を見たせいで、どうにも眠りが浅かったようだ。


しかし、今日の俺は素直に謝ることにする。

先生もあきれ顔だが、印象は昨日より悪くない。


「ったく、しっかりしろよ!」

「すいません、ニュースが気になって……」

「VRギアか……変なものに関わるなよ!」

「はい!」


ドリームフレームの事故は大きなニュースになっていた。

クラスメイトの好奇の目線もずっと鋭い。


今朝になって、被害者は二千人にも及ぶと発表された。

FVCチャットルームに入れる人数の限界だ。


大人気ロックバンド、ダークスフィアのVRライブに参加した全員の意識が戻らないままと言う事になる。


今朝、職員室に呼び出されたりもした。

事件の大きさに、先生からも心配されている。


「ほんっと、羨ましくねぇなソレ」

「だーから言ってるだろ」


鈴木のツッコミに言い返す元気もない。

俺はふて腐れていた。

苛立たしさに机を叩くと、消しゴムがコロリと転がった。


「あっ!」


情けない事に、ここまで昨日と全く同じ。


「面倒くせぇな、ほらよ」


そして、よせば良いのに、今日も鈴木が拾った消しゴムを投げて寄越す。

ここもまた、同じ流れ。


だが、ここからが違った。


「???」


俺は、その消しゴムをキャッチ出来た。


出来たのだ。


呆然とする俺に、鈴木のやつが面白がる。


「おっ? なんだ? 慣れてきた?」

「いや……」


慣れでなんとかなる問題じゃない。


俺は、投げられた消しゴムが見えていた。


カメラの映像なんかじゃない。

そんなのは、遅延があって役に立たない。


カメラの映像は、まだ鈴木が消しゴムを投げる前。

なのに俺には見えていた。


モニターでは何も見えていなかったのに、

見えてるような感覚だった。


「まさかな……」


気配察知。


そんな単語がグルグルと頭を回っていた。

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