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模擬戦

で、放課後。

アンジェラを連れ立って、体育館脇にある武道場にやって来た。


一階が剣道場で、二階が畳張りの柔道場。

今回は二階を借り切っている。


「良くこんな場所借りられたな」


他の部活で使って無いのかね?

先に来ていた鈴木に尋ねると、空手部が開店休業状態で月曜日は基本空いてるんだと。


先生さえ暇なら貸してくれるとか。

今回は代わりに自衛隊の遠藤さんが責任者になってくれた。


送り迎えの車を運転する彼女としては、先生には見せたく無いってさ。


まぁ、骨とか折る気でマジで戦うって言ったから当然か。

先生に見せたら大事になっちまう。


そんなのアリかよって思うだろうが、非人道的な実験って意味なら、高所からの飛び降り実験のがヤバいからな。


生き残る為に必要な事だ。

危険だからダメと言うなら、そもそも異界攻略がダメ。


それに、鈴木は元の俺と何度も戦った相手。

コイツから見て、今の俺がどのぐらい戦えるかってのは面白いデータになる。


「でも、普通の訓練で良くない?」


アンジェラは不安そうだ。ジャージまでは改造出来なかったのか、野暮ったい姿がむしろ新鮮。

俺はふよふよと揺れるアンジェラのお胸を見ながら警告する。


「自衛隊は格闘技経験者が多いからな。訓練には良いんだけど、ちゃんと俺の体格を見て手加減してくれちゃうのよ」


屈強な190cm90kg超の自衛隊員が、157cm42kgのアリスを思いきり蹴っ飛ばしたらどうなるか?

ヘタすりゃ一撃で死にかねない。


誰だって殺人なんかしたくないから本気で蹴ってはくれないわけだ。

しかも、訓練を請け負ってくれるのはちゃんとした指導員で、綺麗な格闘技経験者だ。手加減だって心得ている。


だが、デモンズエデンに囚われたアメリカ人がそうだとは限らない。

それに、あっちの世界に囚われた人間は夢うつつ。倫理感なんてぶっ壊れている。


と、その前にアンジェラにクイズの時間だ。


「アメリカ人の『肉入り』になった敵キャラで一番厄介だと思うの何だと思う?」

「さぁ? 巨大なドラゴンとかじゃない?」

「いや、そんなのは怖くない。元々ゲームで倒せるならな」

「??」


アンジェラは首を傾げるが単純な話だ。


「誰もドラゴンになった事なんてない。突然ドラゴンを操作しろって言われても誰もが未経験。ならNPCと戦闘力は大差ない、むしろ弱いぐらいだろうよ」

「そ、そうかも?」


そうだろ。

ドードーが恐ろしかったのは、アレがトラップみたいなフィールドの障害物みたいな敵だったからだ。

その手の敵は、テリトリーから動けない。

近付かなければ大丈夫だし、ストーリー上無理して倒す必要もない。


俺がそう言うと、アンジェラはうーんと首を捻る。


「つまり、格闘技経験者が強いって事?」


と訊ねてくるが、コレにも俺は否定する。


「惜しいな。確かに体を動かし慣れていて、体捌きは一流。だけど、どんなに凄腕でも、同じステータスなら俺のが強い」

「えぇ? 無理でしょ。MMAを習ってる人は少なくないし、軍隊格闘術なんかを使う人も日本よりずっと多いよ」


そうなのだ、陸軍はドリームフレームを訓練やPTSDの治療などに積極的に活用しようとしていた。なんなら知覚を拡張して作戦行動に使う計画もあるんだとか。


だから、ドリームフレーム事件の被害者には軍人も多い。

だけど、そんなヤツらが相手でもステータスに差がなくて、一対一なら遅れを取らない自信があった。


「俺は剣道や剣術も習ってるからな、剣術の素人に負ける気はしない」

「……そ、そっか」


アンジェラも納得する。

素手でどんなに頑張ったって、剣を持っている方が強い。剣道三倍段っていうぐらいだ。得物が真剣となれば更に圧倒的な差になる。

そして、剣を持った同士なら経験のあるこっちが有利だ。


「じゃ、じゃあ! ヨウってアッチの世界じゃ最強だったりする?」

「いや、そんな事ないだろ」


素のステータスが敵とプレイヤーでは違い過ぎる。

そう言うと、アンジェラは口を尖らせた。


「えー、でも、ステータスに差が無ければ、技術じゃ絶対負けないって事でしょ?」

「そうとは限らない。たとえばそう、アンジェラが経験者なら勝てなかったよ」

「え?」


ポカンとするアンジェラは忘れている。


「ヒロインのティアが使うのはレイピアだ」

「あ、そっか!」


アンジェラも解ったようだ。


「きっと一番厄介なのはフェンシング経験者。もしヒロインのティアが敵で、中の人がフェンシング経験者なら、その時点で終わってた。俺は攻略なんて諦めて、エルフの美少女としてひっそり生きるね」

「えぇ……」


いや、マジだから。

現代で剣を使えるなんて、剣道や居合とかの剣術を囓ったヤツかフェンシングぐらい。

アメリカなら、剣道はともかく、フェンシングを習ったヤツが居ても不思議じゃない。


それでもアメリカのフェンシング人口なんて2万人居れば良い方らしいから。

二千人の被害者にフェンシング経験者が紛れている可能性はほぼゼロ。

居ても一人か二人だろう。


居ないことを祈ろう。


おそらく、対人戦って意味では剣道以上に厄介だ。華麗に躱され蜂の巣になって死ぬだろう。


盾でも構えて突進。被弾覚悟で接近戦に持ち込むぐらいしか思いつかない。


「ただ、フェンシングなんてやるやつは格闘技も囓ってそうなんだよな」


頼むからフェンシングとレスリングとか、穴の無い構成やめてくれよ。

めっちゃありそうで困る。


その次は? と聞かれたら、アンジェラが言うように軍隊経験者がマズい。


彼らは銃がメインで、素手やナイフが補助。長剣を振り回してたヤツは居ないと思うが、警棒などの武器格闘術だってある程度は修めているだろう。


さっきはハズレ扱いしたが、本当に心配するべきはコッチ。


「コレから攻めるのは砦。騎士がウジャウジャ居る場所だ。そう言う場所には軍人が多そうな気がするんだよ」


なんとなく、ある程度近しい存在に魂が入る傾向がある気がしている。


肉入りが何人も居て、規律正しい軍隊として行動したら目も当てられない。

たった二人で攻城戦をするハメになる。



「米兵は殺し合いってのに、自衛官以上になれてるだろう。殺意溢れる喧嘩ってのを見せたくてさ」


だから、女を殴るのが好きなDVクソ野郎が欲しかった。

俺の方も遠慮なく殴れるだろ?


……実は、アンジェラのパパさんに「ホントはアンジェラに戦って欲しくない」と言われている。そのくせ俺には戦えってんだから申し訳なさそうに、ちっちゃくなっていたが、掛け値無しに親としての本心だろう。


それに、いざって時にビビッちまったら俺としても足手まといだ。


「ってワケで、鈴木やるぞ」

「いや? 俺も殺し合いする気は無いんだが?」


まぁまぁ、お前が普通に殴って来るだけで、俺にとっちゃ殺し合いみたいなモンだ。


「でもよ、マジで大丈夫なん? 俺、お前が男の時と同じようにやるぜ?」

「ソレで良いっての」


既にウォーミングアップは済んでる。

今は、ぴょんぴょんと跳ねてフットワークを確認中だ。


「言っておくけど、アリスは単純な強さで言うと元の俺と遜色無いぜ?」

「マジで?」


と懐疑的な鈴木だが、コイツがヤベェのは俺がそう言うなら疑わない所だ。


「シッ!」


迷い無く、左でジャブを放ってくる。

タダのジャブでも、今の俺が当たったら鼻血出して昏倒するだろう。

……だが。


「躱してる!」


アンジェラが驚く声。

そうだ、アリスの動体視力と反射神経なら躱せる。


元の俺はバチバチ被弾していたが、アリスならゆっくりに見える。

パンチの雨あられ、時折混ざるフェイントも見切って躱す。


「くそっ」


しかし、それでも追い詰められていた。

次第にフェイントが巧みになって、ジャブも鋭くなってきたからだ。


それに、鈴木は時折足を出してくる。

そうやって、こっちの回避スペースを削っているのだ。


空手とボクシングを半端に囓った鈴木らしい喧嘩殺法だ。

まぁ、半端に囓ってるのは人の事言えないが。


そうして回避に困ったところ、俺はジャブのフェイントに引っ掛かってしまう。

体を反らした無理な体勢での回避を余儀なくされた。


「オラッ!」


そこに、渾身の正拳突き。

こいつ! 美少女の顔面を容赦なく狙って来やがる!


反射神経と動体視力の増した俺の視界に、当たったら鼻も前歯もそっくり折れて、一撃で昏倒必至の重い拳が迫る。


いつもの俺なら、この状況は詰みだ。


見えてても、躱せない攻撃はある。


……だが。


「お?」


鈴木の間抜け声が気持ち良い。

俺は、躱した。


超反応で止まった時間の中。

鈴木の間抜け面まで止まって見えた。


アリスの体は元の俺よりずっと柔らかい。

反り返った姿勢の更に先。


イナバウアーみたいに大きく海老反った姿勢で回避した。


一方で、鈴木は振り下ろした右手が空を切り、上体が泳いでいる。

俺は反動で身を起こすと同時、がら空きの脇腹に一撃を叩き込む。


「死ねッ!」


我ながら物騒な掛け声。

そして、拳ではなく、掌底。


アリスの柔らかい拳骨で殴ろうモノなら一発でおシャカだ。

掌底の部分で思い切り肋骨を狙う。


え? 鈴木は治らないのに本気で殺しにいって良いのかって?


まぁ、いつもこんなんだから。

一ヶ月ぐらいで治るっしょの精神。


――ゴリッ


折った! 肋骨がひび割れた感触。


だが……『固い!』


ぶ厚いゴムみてぇだ。

掌底が中まで響いていかない。


アリスの骨が想定より柔らかい。

そして、鈴木が想定より固い。昔よりずっと鍛えられている。


考えてもみれば、俺が目が見えた時期だから一年ぐらい前だ。

中学生と高校生では体が違う。


思った以上に固い手応えに、俺の動きは止まってしまう。


「痛ぇよ!」


そして、ソレを見逃す鈴木ではない。

俺は足を払われ、転がされた。


だが、受け身は取った。


しなやかなアリスの体は見事に衝撃を逃し、隙あらば反動で立ち上がるだろう。


武器を持った殺し合いならともかく、殴り合いだと仰向けに倒れた相手にトドメを刺すのは難しい。

猪木アリ状態ってヤツだ。


密着した姿勢。なんなら足を取って極めるのも視野。

しかし、足を取ろうとしても上手くいかない。

パワーが違い過ぎる。


「ヤベッ」


逃してしまった。

目の前で鈴木が足を振りかぶる。


お返しとばかり、コチラの脇を狙ったサッカーボールキック。


だが、寝ている状態だ。左腕でガードすりゃダメージはない。


「グヘッ」


アレ? 折れた? 左腕が、一発で?


そうだ、今の俺はアリス。

骨も脆くて。何より体重が軽い。


強烈なサッカーボールキックを食らった俺の体は馬鹿みたいに吹っ飛んで、武道場の壁まで転がった。


「イギッ、ふざけっ、コッチは女の子だろうが!」


左腕はもちろん、肋骨までボキボキに折れてる。

まぁ、アリスの体は特別だ。ちょっとすりゃ治るだろうが、痛いモンは痛い。


「いや、そっちこそノータイムで骨を折りに来るな! 手加減なんて出来るワケねーだろ!」


鈴木の奴め、逆ギレしておる。


……まぁ、アレだ。

実践さながらの華麗な戦いを見せられたんじゃないかな?


と、アンジェラの方を見たらまぁビックリ、お顔が真っ青。


「あの? アンジェラさん? 感想は?」


なんか言って欲しいだろ。コッチは体張ってるんだぞ!

すると嫌そうな顔で訊いてくる。


「まさかそれ、前は何時もやってたの?」

「いつもってか、年イチぐらい?」


鈴木が答える。

まぁね、まぁね。

どっちが強いか的な。

男の子だもん。


二勝二敗ぐらいのペース。


そう言うとウンザリした顔でアンジェラは言った。


「治安悪ッ!」

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