社会現象4
月曜日登校したら、学校の雰囲気がガラリと変わっていた。
校門前はマスコミがギュウギュウ詰めだし、駐車場に出たら盗撮された。
……榊さんマジでエグイな、手段を選ばないと言うか。
目の付け所が違う。最初に俺のスクープを撮ったのも偶然じゃなかったな。
そして、同時に疑問に思った。
「いや、前から学校には通っていたじゃん」……ってな。
なんなら、記者会見の前の方が『突如現代に現れたエルフの美少女』として意味不明な存在だっただろうに。今更に大挙して押しかけるのはワケが解らない。
俺の映像なんて、俺自身がネットにバンバン上げているって言うのに、それを『スクープ』する意味が無いだろう。
……いや、世の中案外そんなモンなのかもな。
世界には、全身毛むくじゃらの獣人みたいな人や、手足が木みたいになってる病気の人も居る。
じゃあ、そんな人の元にマスコミが押しかけるかって言うとそうではない。昔はそう言うデリカシーの無い番組もあったそうだが、今は許されない。
それに比べたら俺はパッと見は普通の人間だ。見た目がタコの宇宙人ならともかく、精々耳が長くて目が赤いだけの美少女。
ソレだって事件の被害者で、柏木ヨウとの記憶の混濁ってセンが濃厚ってなると、世間的には病人と同じ扱い。まるっきりビックリ人間と同じだ。大昔ならともかく、取材はしにくい。
それが、事件のキーマンとして、調子に乗って動画までガンガンアップロードしてるって言うのなら、もう遠慮は要らないって事だろう。
……いや、ソレも違うな。
そんなに悪意のある感じではない。
校内に入って、チラチラと憧れの籠もった瞳を浴びて思い直した。
前からエルフのアニメみたいな美少女として、学園中から注目を浴びていたが、今はまた別の雰囲気に変わっている。
今日になって、それこそ憧れの芸能人みたいな目でこっちを見てくる生徒が大勢だ。一目見ようとワラワラ寄ってくる。俺自身は前と変わらないのに、俺を見る目だけが変わっていた。
世界を揺るがす大事件の被害者から、アニメや漫画の主人公へ。
俺が出した動画で、ストーリーが繋がってしまった。
ストーリーってのは大切だ。
たとえば、そう。
ウチはそこそこ良いところの学校なので、生徒はみんなヤンキーなんて大嫌いだ。
なのに、不良漫画の愛読者は少なくない。ちょっと意外に思ったモノだ。
二年の先輩が喧嘩で大怪我と聞いた時。今どき馬鹿だなぁと半笑いで馬鹿にしていたヤツが、次の瞬間には、不良漫画の主人公が友達のために暴走族の頭に喧嘩を売って大怪我したエピソードを涙ながらに語っていたのを強烈に憶えている。
喧嘩した二年の先輩だって止むに止まれぬ事情があっただろうにな。
ストーリーを知らなければ、みんな驚く程無関心だ。
今までは、俺の存在だって、急に現れた謎の美少女止まりだった。
それがようやくストーリーが飲み込めたって所だろう。
そう言う意味で、アニメ狂いのメディ研のヤツらの方が俺の異常性をまともに受け止めていた。
俺の事、悪の組織に改造されたダークヒーローみたいに思ってやがる。
なるほど、近いのかもな。
そんぐらい馬鹿な事態じゃなきゃ、エルフの美少女なんて現れないのだ。
ガヤガヤと注目を浴びながら、自分の席にどっかり座り込み舌打ちをひとつ。
気にくわない。
注目浴びるのは嫌いじゃない。
だけど、ちょっと遅すぎやしないか?
そのニブさは救い難いぜ?
俺の周りを遠巻きに観察するヤツらに苛立ちを隠せない。
「ンだよ? 不機嫌そうじゃん」
「まーな」
鈴木にぶっきらぼうに返す。
まーこいつには、概要ぐらいは話していたからな。
今更態度は変わらない。
「狙い通りヒーローで、芸能人みたいになったんだから良いんじゃねーの?」
「いや、クラスのヤツらは前からソコを飲み込んで、気を使って自然に接してくれてんだと思ったら、むしろ逆。キャッキャッと無責任に盛り上がるオタ共のが現状を理解してたってのがショックでな」
「あー、そゆことね。そんなもんよ」
特撮ヒーローが現実に居るとは思わないだろって言われてしまった。そんなのを妄想するのはオタぐらいだろって。
目が見えない可哀想な男が、可哀想な改造人間に変わっただけだと思われてたってよ。
じゃあ、改造人間は居るのかよ? って聞いたら鈴木曰く、居るってさ。
鈴木の従姉妹の姉ちゃんが、悪い男に入れ込んで、借金抱えて全身整形でソープに沈められたんだと。
その後、ヤクザが摘発されて、解散。晴れて自由の身に。
その後のばあちゃんの葬式で久しぶりに会った姉ちゃんがまぁ、別人レベルで美人になってて驚いたんだと。だけど親戚一同。腫れ物の扱いだったと鈴木は言う。
「ちょい待ち!」
「え? 何?」
ソコで、俺は鈴木の話に待ったをかける。
「え? おまえ、俺の事、風俗嬢だと思ってたの?」
「違ぇよ!」
いや、だってさぁ。急に怖い話するじゃん。
治安が悪すぎるエピソードに俺もドン引きだわ。
しかし、鈴木曰くまだ続きがあるらしい。
「まぁ茶化さず聞けよ」
その後、ヤクザを摘発する証拠を集めたのも、その姉ちゃんだってのが明らかになったのだと。すると従姉妹の姉ちゃんは一躍時の人に。復讐劇だとメディアでも取り上げられちゃったりするワケで、親戚の態度も一転。
ヤクザにタダで整形させて貰ったみたいなモンで得したなぁ! 流石だ! と、次の爺ちゃんの葬式の時は親戚一同と大盛り上がりでヒーロー扱いだったんだと。
「その時、俺は不思議に思ったモノよ。姉ちゃんは何も変わって無いのになって。ガラリと態度を変える親戚にドン引きしちまった」
「いやいやいや、俺は別の意味でお前の親戚にドン引きしてるが??」
マジで鈴木の周りのエピソード、治安が最悪でオモシレーんだよな。
マジでヤクザ映画の世界だろ。本当に21世紀の話なのかソレ?
俺の話より面白いのズルくない?
「なるほどな、俺がちょっと異世界でゴブリン斬ったぐらいじゃ動揺しないワケだわ。鈴木サン半端ねーっすマジリスペクト」
「流石にゴブリン斬った親戚は居ませんね」
またまたぁー、謙遜するなよ。
と、盛り上がっていると、話は俺の異界での冒険に。
鈴木は真顔で「アリスの太刀さばきは凄かったぜ」と褒めてくれた。
……いや、太刀さばきじゃねーだろ。他に気にするトコあるだろ?
いや、マジで目の付け所が治安悪くて嬉しいね。普通なら「よく人型のモンスター斬れるね?」とか驚くトコだろ。
「それにしても、最後の居合は出来過ぎだろ? どう言う威力なん?」
「あー、アレは居合斬りってスキルなんだわ。威力二倍」
「おー! そんなんあるんだ? ソレってどんな感じ?」
と、そんな話をしていれば、聞き耳を立てていたクラスメイトも寄ってきた。俺も聞かせて貰って良い? ってな。
誰かと話してりゃ一気に壁は無くなるもんだよな。
と、そこで始業ベルが鳴る。
何だかんだ鈴木に感謝しつつ、俺は授業を受けるのだった。
……鈴木なら相談しても良いかもな。
俺は考える。
実践形式で戦ってみたいのだ。
自衛隊だって稽古ぐらいはつけてくれるが、あくまで安全マージンを多めにとったお稽古だ。
だが、アリスの体は回復する。骨折ぐらいなら十分もすれば治るのだ。
なんなら、欠損しても異界に行って鐘楼で直せる。
なのに、俺の事を本気で蹴っ飛ばして、骨の一本も折ろうなんて輩は、統率された自衛隊には存在しない。
俺は放課後に鈴木に聞いてみた。
「なぁ? お前の知り合いに女を殴るのが趣味のヤベーやつ居ない?」
「はぁ? お前、俺の知り合いなんだと思ってるワケ?」
怒られた。
いや、ソープに沈められた姉ちゃんがヤクザと戦う世界観だと思ってるけど?
そう言うと、鈴木は苦虫を噛み締めた顔をする。
「まぁ、居るけど」
「居るんだ……」
ヤバすぎるだろ、鈴木の知り合い。同じ市内に住んでるとは思えない。
海外のスラムから登校してない?
どうも、通ってた空手教室の先輩は、そんなヤベー奴だったとか。
「でも、去年DVで逮捕されたから」
「うへぇ……」
本物じゃん。
想像より治安悪いよぉ……。
俺が引いてると、鈴木は首を傾げる。
「ってか、何なの? お前が殴られたいワケ?」
「そうだよ」
「えぇ……」
めっちゃドン引きするじゃん。
ドMじゃねーのよ。違うのよ。
相手が肉入りの人型ならば、格闘戦になる可能性もある。
なのに、暴力に対して勘が戻ってこない。
42kgのアリスの体は脆すぎて、さっき言ったような自衛隊のお稽古ですら関節が外れたりする。
思い切り自衛官の足を蹴っ飛ばしたら、逆にこっちの足の骨が折れてしまったなんて事もあった。
それ以来、どうにも自衛隊の人もおっかなびっくり。良い稽古にはならなくなった。
それに、アンジェラにガチで人間同士の暴力を見せてやりたい。
女だろうが平気で殴ってくるクズ野郎ってヤツをな。
そう言うと、鈴木はハッっと歯を剥き出しに笑ってくる。
「じゃあ、俺で良いだろ。アンジェラさんはともかくお前はぶん殴れますケド?」
なーるほどね。
治安悪いのはコイツだわ。




