デモンズエデン4
「コレを倒せば良いのかな?」
辿り着いた先にあったのは、簡単なギミック。
レバーをガコンと倒すとリフトはスルスルと上昇を始める。
どう動いてるかは知らないが、早い話がエレベーター。
「うえぇぇっぇえ!」
慣れないモンだから、危うく落っこちて死ぬところだった。
この辺もゲームあるあるだろう。
だが、落下の恐怖は今まで遊んだゲームの比では無かったとだけは言っておく。
みんなもフルダイブゲームをやることになったら肝に銘じておくように。
そうして辿り着いた先は簡素な洞窟から一転。西洋風の聖堂だった。
この手の教会はゲームに良く出てくる。
ただ、大きめの姿見が無造作に置かれているのは違和感が凄い。
「なんだこれ……」
覗き込むと可愛い女の子が覗き返してくる。
「おわっ、……とと」
そうだ、コレが今の俺だった。
あんまり可愛いもんだからビックリした。
艶やかな金髪にボロボロの羽織袴。刀をぶら下げ物騒な眼で獲物を探す。アニメみたいな美少女。
草履を脱ぎ捨て、ロングブーツで中二感が格段にアップ。
「いっそ清々しいな」
スクショを撮って自慢したくなってきた。
まぁ、しないけど。
ガラにもなく鏡に向かってポーズをとってみちゃったり。
――ピコーン
「うわっ!」
謎のアラーム。
そして視界の下部にデカデカと文字が。
どうもゲームのTipsらしい。
≪次元鏡≫
『他の世界と繋がる鏡。他のプレイヤーの世界に侵入可能。もしくは他プレイヤーと協力プレイを楽しむ事も出来る』
「なるほどね」
俺はてっきりこのゲームが一人用のシングルプレイゲームだと思っていたが、どうも違うらしい。
MMOではないが、MOではあったと言う事だ。
マルチプレイオンラインゲーム。
つまり、友達と一緒に遊んだり、友達のプレイを妨害したりも出来ると言う事。
「ま、意味無いんだけど」
そう、このVRギア。
ドリームフレームは日本で発売していない。
したとしてもメーカー希望小売価格は2万ドルだ。
とても高校生に手が届く金額ではない。
友達と遊ぶなんて夢のまた夢だろう。
「5年後に期待かなー」
その位になれば日本でも法律が変わって、VRギアも安価になっているかも知れない。
まぁ、今はこの最先端ゲームを独り占め出来ていると思えば悪くない。
「行くぞ!」
俺は聖堂の扉を開け、外の世界に踏み出した。
「おぉっ!」
その光景は圧巻だった。
小高い丘の上から、ファンタジーな景色を一望出来たのだ。
丘の麓には大きな湖があり、湖畔の朽ちた教会の前にはいかにもヤバそうなモンスターが立ち塞がっている。
遠くに望む霊峰は雷鳴が迸っているし、龍が飛ぶ姿まで見えるじゃないか。
山の頂上には大きな古城があって、いかにもラスボスが待ち構えていそうだ。
こんな世界を思い切り駆け回って冒険出来るのか!
と、盛り上がったモノの、そろそろ腹が減った。
メニューから時計を呼び出すと19:30。
流石に夕食を食わないとマズい。
良く見ると聖堂のすぐ傍に鐘があるじゃないか。
カーンと鳴らすと。
<<BELL RANG>>
のテロップと共に鐘楼が現れた。
「セーブセーブっと」
メニューを呼び出して、セーブを実行。
俺はゲームからログアウトするのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「もう! お夕飯冷めちゃったじゃない!」
「ごめんごめん」
家族との食事。
俺は母の小言を浴びていた。
そんな時でも俺はVRギアを手放せない。
コイツがなければ箸でおかずを摘まむのもままならないからだ。
「だけどさ、コレで遊ぶゲームが凄いんだって」
「そんな事より! 勉強もちゃんとしなさい」
「解ってるけどさ、ゲームの中なら眼が見えた時と同じ様に動けるんだよ」
「……もう」
母さんはすこし辛そうに、それでも納得してくれた。
俺の目に引け目があるみたいだから、ちょっとズルいかな……
だけど、それでも俺はデモンズエデンを遊びたい。
ソレほどに夢中だ。
だが、その時悪夢みたいなニュースが入る。
テレビのアナウンサーの淡々とした声が食卓に響いた。
「今入ったニュースです。ドリームスカイ社の最新VRギア、ドリームフレームを付けたまま意識が戻らない現象が全米各地で発生し、アメリカ保健福祉省が緊急事態を宣言しました。被害者は千人にもおよび、まだ増える見通しです。詳しくはCMのあと」
「ええっ?」
母の素っ頓狂な声。
対して俺の方はアチャーってなモンだ。
「ドリームフレームって洋ちゃんの使ってる奴でしょ? 大丈夫なの?」
「あー、きっと大丈夫だよ。俺のは制限されてるし、怪しいアプリも入れてないから」
なんでもないように返事を返す。
なぜならこの現象。俺には原因のあたりがついていた。
きっと、改造したドリームフレームで電子ドラッグをキメまくった連中だ。
電子ドラッグが脳にどれだけの悪影響があるかはまだ解っていないが、大麻やマリファナより、よっぽどヤバいって学説が報告されているぐらいにはヤバい。
少なくとも、健康に良いモノでは無いだろう。
俺はCMの間、身振り手振りで母に安全をアピールする。
そりゃあ必死だ。
なにせ、今の俺はドリームフレーム無しの生活なんて考えられない。
「どうせ電子ドラッグの影響だよ、俺のは医療用。ロックされててそう言うの出来ない奴だから」
「ホントに大丈夫なの?」
「マジだって、ほら来たよ」
CM明け、アナウンサーが告げる。
「アメリカで発売中のバーチャルリアリティヘッドセット、ドリームフレームを使用したユーザーの意識が戻らない現象が多発していると、アメリカ保健福祉省が緊急事態宣言を出しました。現地の米田さんと繋がっています」
「はい、米田です」
「米田さん、早速ですが、このVRヘッドセットと言うのはどういったモノなのでしょうか?」
「はい、このドリームフレームは~」
アナウンサーの解説は、俺や母さんはとっくに知っている話で始まった。
脳と繋がる画期的な性能。
2万ドルって高価格。
そして電子ドラッグの登場。
国内での発売延期。法規制。
だが、俺が知りたいのは今回の事故のあらましだ。
それが違法な電子ドラッグに原因があるというなら俺としては問題無い。
だが、VRギアの不具合だって言うなら、明日からの生活にも困ってしまう。
「どうも、被害者の多くは違法なアプリをインストールしていたようで~」
「あ! ほらー、言った通りじゃん」
俺はテレビの画面を指さして母にアピール。
しかし、ニュースには続きがあった。
「今入ったニュースですが、被害者はいずれも、直前までVR空間でライブを鑑賞していたとか」
「米田さん? ライブ、ですか? VRで?」
「はい、北米で大人気のロックバンド、ダークスフィアがVR空間でライブを企画しSNSで参加を呼びかけていて、彼らも意識を失った状態で自宅で発見されています」
映し出されたのはSNSのポスト画面。
俺の英語力でも解るぐらいに簡単な単語で『FVCの四番ルーム、0時、VRライブを決行する』と書かれている。
FVCというのは、フルVRチャットの略。
フルダイブの強みを活かしたチャットアプリだ。
二千人程度集まることが出来る大型チャットルームを作れるのが特徴だ。
ドリームフレームの発売前は、ホンモノさながらのライブイベントが行えると大々的に宣伝されていた。
……それも、電子ドラッグが出るまでの話だったが。
FVCのライブイベントは、あっと言う間にジャンキーの集会場になってしまったのだ。海外の野外音楽フェスも裸足で逃げ出すジャンキーの巣窟と化したと聞いている。
ニュースは続く。
「米田さん、VRでのライブと言うのはアメリカではメジャーな存在なのですか?」
「いえ、もともとドリームフレームが高価なのでメジャーとは言い難いですが、音楽関係者は新時代のライブとして注目していました。しかし、電子ドラッグの蔓延により~」
なんともきな臭いニュースになってしまった。
これでVRギアへの世間の風当たりは強まるだろう。
規制緩和もしばらく期待出来そうにない。
俺が頭を抱えていると、母は心配そうに聞いてくる。
「それで、大丈夫なの? FVCっての、やってないんでしょうね?」
「FVCはただのチャットアプリだよ。でも、心配なら絶対にやらないって約束する」
「絶対よ!」
はぁ。
本当は、FVCで海外の友達を作って英語を覚えるつもりだったのに。
しかし、こうもヤバい話が出て来たらそうもいかない。
ニュースはそんな俺の気も知らず、センセーショナルに騒ぎ立てるばかりだ。
「ダークスフィアのメンバーは悪魔崇拝者として知られていて、悪魔にギターを教わりたいと公言し、悪魔召喚の儀式を研究していたとの情報です。VR空間でライブを開催したのも悪魔召喚の儀式のためと噂されていて~」
「おいおい」
思わずテレビにツッコミを入れてしまった。
最新テクノロジから急にオカルト話になってしまった。
しかし、事件はオカルト話では済まされない様子だ。
「それで、悪魔の儀式というのは何なんでしょう?」
「噂では、ライブの参加者に強制的に電子ドラッグを送付してトリップ状態にさせたのではないかと言われていて」
「あ~」
なるほど、ウィルスみたいに電子ドラッグを強制的に送りつける方法が有るとしたらヤバい。
こりゃFVCは絶対にやれないな。
それどころか他のオンラインゲームもヤバい。
脆弱性が修正されるまでは危険だ。
「ねぇ! ドリームフレームを使ってるだけで駄目みたいじゃない!」
母はすっかり腰が引けてしまっている。
「大丈夫だって、基本的にオフラインで使ってるから」
そう言うものの、完全にオフラインってのは難しい。
ファームウェアの更新もあるからね。
だが、まぁ……
変な集まりに行かなければ大丈夫だろう。
なにより、デモンズエデンはオフラインゲームとして遊んでいる。
オンラインに繋ぐ予定はない。
それでも母は心配性だ。
「洋ちゃん! 絶対に危ない事はしないって、ちょっとでも危険だと思ったらソレを脱ぐって約束して!」
「うん、解ったよ。約束する」
俺は力強く約束した。
なにしろ、ドリームフレームは日本で売っていない。
日本のサーバーは無いだろうし、仮に有ったとしても誰もいないだろう。
こんなニュースを見て、敢えて海外サーバーに飛び込もうとは思わない。
俺は未練無く、FVCをしないと約束出来た。