天才ギタリスト
「じゃあ、今度はアリスが演ってよ」
ひとしきり演奏して満足したアンジェラがそんな事を言い出した。
「まぁ、良いけど。見ててもつまんないぞ。練習だし」
地味なコード練習しか出来ないし、する気も無い。
ついでに、アンジェラみたいに上手くもない。
そもそもが、本当にこの体にギターの素養があるのか? って実験から始まっている。本当に音楽が好きなヤツに敵うハズもない。
どうもアンジェラは俺とバンドをやりたい様なのだが、期待されても困るってものだ。
俺はただ静かにカノン進行を練習する。
すると、どうだ。
アンジェラは俺のコード進行にベースの音を重ねてきた。
即興で合わせてセッションしてくるのだ。
どうしてそんな事が出来るのか? 俺にはサッパリ解らない。
こんな事はある程度弾けるヤツなら普通なのか? それともアンジェラが天才だから出来るのか? ソレすら解らん。
だけど、ヘタクソな俺が遠慮してても仕方が無いだろう。
俺はコード進行のテンポを速めた。
ひたすら反復練習したから、コードの切り替えの運指も淀まない。ピッキングも荒々しく大胆にしても歪まない。
そうして音のニュアンスが変わっても、アンジェラは悠々と付いて来る。俺の弾き方に合わせてベースの方も叩き付けるように激しく変わっていた。
なるほど……どんなに俺が無茶してもフォローしてくれるのか。
音が崩れて破綻しそうになっても、すぐに拾ってくれる。
圧倒的な実力差があるからこそ、出来る事だろう。
そして、セッションで音を合わせるのがこんなに気持ち良いとは思わなかった。
コードとベースだけで立派に曲になっている。
しかも、どんな無茶に弾いても相手が合わせてくれる。
自由だ。
気が付けば、俺はカノン進行すら捨てて、勝手気ままに覚えたコードを滅茶苦茶に弾いていた。弾き方だって酷い。淀むし歪む。ソレで構わない。
モヤモヤしていた苛立ちや焦燥感。
いつ死んでも良いと思う捨て鉢な気持ちや、消えたくないという恐怖。
なんだか浮ついて定まらない思いの丈をギターにぶつけて滅茶苦茶に演じた。
もう、演奏でもなんでもなかっただろう。それでもアンジェラは付いてきた。
最後にビィィンと格好付けて鳴らして、演奏を終える。
こういう下らない格好付けのシメだけ練習しちゃったんだよなぁ。大成しないわけだわ。
「ハァ、ハァ……」
無茶に振り回したから、息が切れた。
アンジェラもぐったりして、胡乱げな目でコチラを見ている。
俺としては気持ち良かった。良く弾けたと思う。
だが、アンジェラにしてみれば酷い演奏だったのだろうか?
何を言うのかと待っていたら……
「今にも死にそうな音だね」
とか失礼な事を言う。
自分としては滅茶苦茶に激しく弾いたつもりが、アンジェラにとっては死にかけの爺さんみたいな音に聞こえたか。
「いつ死んでも構わない。明日消えても構わないって言ってるみたい」
違った。
俺のヤケクソな部分が伝わってしまった。
寂しそうに、アンジェラは言う。
「ギターってさ、きっと他の楽器以上に心が反映されるんだ。アリスの音は生きる気持ちが無いって思えた」
「そりゃぁ」
正直、明日も知れない我が身だ。
他のヤツより切羽詰まったモノが乗っかってしまうのかも知れない。
ふて腐れた俺は、アンジェラに舌打ちする。
「じゃあ、俺のギターは生命力がなくてダメって事か?」
「逆だよ……」
逆?
「凄く尖ってる。ハラハラする。だから人を惹きつける。百歳までのんびり生きるぞーって人のギターに何の魅力もないもん。幾ら経験を積んでもテクニックだけのつまらない音になる。でも、アリスの曲はゾッとするほど魅力があった。たしかにテクニックはないし、演奏も雑だけど、それすらも怖くて、魅力になってた」
じゃあ、良いんじゃないの?
疑問が顔に出てたのか、アンジェラは語る。
「天才ギタリストなんてみんな二十七歳ぐらいで死んでるもん。本当に死んでも良いって思っているから、きっと長生き出来ないんだと思う」
いつ死ぬか解らない。
ギターはそんな焦燥感に灼かれて居るヤツにしか良い音が出せない楽器だと。
じゃあ、俺にピッタリじゃん。
ギターを手にニヤリと笑うと、不満げにアンジェラは睨んだ。
「私は、あなたに死んで欲しくない」
「……そっか」
そうだよな。
なんだか生き急いで居た気がする。
全てをハチャメチャにして、皆を困らせてやろうってそんな風に。
「別に天才ギタリストになんてなって欲しくない。そんな切羽詰まった音楽、楽しくないよ」
「そうだなー、俺だって、欲を言えばデモンズエデンを攻略したい。死ぬなんてまっぴらだ」
「そうそう、その調子。もっと楽しんでゆったりと」
励まされてしまった。
実際、異界の攻略は楽しい。本来の俺の体は力重視で、アリスの体は器用さ重視。違う体を使い分けて攻略出来る。それでいて攻略の自由度がゲーム以上だ。
畏れるのではなく、楽しむか……
なんだか思い詰めていたかもな。
ギターにしろ、悪魔の力で天才になれると思っていた。
だけど、大切なのは気持ちって事か。
「ギターだってゆったりまったり、この器用さを活かして、テクニックだけのギタリストになっても良いかもな」
「そうだよ、天才になんて成る必要ない。ただ上手いだけでも良い。それだってアリスの見た目で超絶テクで演奏するなら、きっとみんな好きになる」
確かにな。別にやり過ぎなくても良いんだ。
ちょっとずつ、上達を楽しめば良い。
そこそこギターが弾けるだけでも、今の俺なら十分話題性があるだろう。
「で、アンジェラから見て、俺はどんなギター練習すれば良い? 気になった部分とか」
「そもそも、何が出来て何が出来ないかもわからないわ」
「いや、見たまんまが全て。いくつかのコードしか出来んっす」
「ふーん? アリスってギターを始めてどのぐらい?」
「どのぐらいって……」
いや、デモンズエデン事件以来だから。
「一ヶ月半ぐらい?」
俺がそう言うと、アンジェラはビビリ散らかした。
「天才ギタリストだ……」
止めろ! 死ぬだろ!




