アンジェラ救出作戦5
「もうっ! 信じられない!」
アンジェラは顔を真っ赤に抗議する。
だが、俺はそれどころではない。
「ふふふっ」
レベルシステムが開放された。
自分のステータスが何となく解るのだ。
朽ちた教会は安全地帯。
すぐにでもレベルが上げられそうだ。
刀の威力を上げるため、器用さを上げるか?
それとも、力を上げて弱点を克服するか?
持久力やMPだって捨てがたい。
知力は魔法を覚えてからで良いよな?
コレは悩ましいぞ……
「馬鹿馬鹿ッ! 初めてだったのに」
悩んでいたら、後ろからポコポコ殴られた。
いや、俺を信じないのが悪いだろ。
ちょっとイラッとする。
だが、女の子相手に殴り返したら負けだ。物理的に、負けだ。
レベルが違う。殺される。
「ごめんね、嫌だったかな?」
だから、腰を抱き寄せ間近で囁く。
「あ、う……」
すると、アンジェラは益々顔を赤くしてしまう。
……勝ったな。
女の子も照れる可愛さ。
これ、もう犯罪だろ。
「なんでそんなに自信満々なのよ」
俺が自分の可愛さに胸を張っていたら、そんな事を言われてしまう。
「そんな風に見えるかな?」
確かにアリスの体は美少女だが、俺の体って気はしない。自信満々と言われても、だ。
「自信たっぷりに見えるのよ! ソレがなんか、目を惹くの! 別に私、そういう趣味じゃないからね!」
などと供述しており。
俺はそんな彼女をフッと鼻で笑い飛ばす。
「俺に見惚れるのは普通だから、照れなくても良い」
「だからっ! ソレ!」
ふーむ。アカンか?
「えーと、じゃあ、俺は自分の体に戻るから」
あのね、取り残されてグデっと倒れてる自分の体が哀れで……
俺は俺を抱きかかえ、アンジェラに助けてと迫る。
「えっ、それって……」
「あー、こっちの俺ともキス頼む、お願い、先っぽだけでいいから」
「それは、嫌ッ!」
なんでやねん……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「と言うワケでね」
「なによ! キスって手にすれば良かったんじゃない!」
アンジェラに文句を言われた。
そらそうよ。
だってゲームでもそうじゃない。
「アナタにこの世界で戦う力をあげるわ」って手に口付け。それでレベルアップ出来る様になるわけだ。
ぶっちゅーってヒロインがディープキスしてくれるような甘い世界観じゃないのよね。
「じゃあ、初めからそう言ってよ!」
いや、汚い顔を近づけるなって言うソッチが悪いよそっちがー。
「さて、どうするか」
レベルアップ出来る様になった。
グールや下級悪魔。大量に倒したゴブリンの経験値が手に入った。
だが、精々がLv10程度。初期レベルが5とかだから、実は大してステータスも上がっていない。
近衛騎士と戦うには、ハッキリ言って力不足。
外では馬の蹄や嘶きが聞こえてくる。グルグルと回って、一人も逃さないって息巻いてる。
「どうすんのよ! これじゃあ、外に出たって殺されに行くようなものよ!」
アンジェラはお怒りだ。カルシウム足りてない。
「まぁ、そうだな。俺に手がある」
「なによ?」
「殺されに行くんだよ」
「ハァ?」
いや、そんな顔すんなよ。お嬢様が。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「まぁ、単純なんだよな」
まず、アンジェラが教会の外に出ようとする。
もちろん、近衛騎士はギャーギャー言いながらソレを阻止しようとするのだが、その隙に俺が裏口から颯爽と逃げ出してしまう。
コレが、作戦だっっ!
「馬鹿じゃないのアンタ!」
説明したとき、アンジェラにはこんな感じでめっちゃ怒られた。
でも、コレで良い。
俺が教会の裏手から逃げ出して、すぐだった。
「テメェ! 舐めんじゃねーぞ!」
近衛騎士が追いかけてきた。
そりゃそうなのだ。
だって、アイツがアンジェラ、っていうかヒロインであるティアを監視していた理由はプレイヤーのレベルを開放させないため。
だが、プレイヤーとティアは出会ってしまった。
レベルシステムは開放された。
ならばこれ以上ティアに構っても仕方が無い。プレイヤーを逃さずここで決着を付けるのがアイツにとっての次善策になる。
「ぶっ殺してやる!」
巨大馬に乗った近衛騎士が迫る。
速い!
ピラークは荒れ地や斜面は速いが、ここみたいな真っ平らな草原ではソレほどでもない事が解ってきた。
なにより、近衛騎士の馬とはサイズが違う。一歩の距離が倍は違う。
このままでは追いつかれる。
ゲームでは、霊獣に乗れば追いつかれないハズだった。
つまり、そう言う事だ。
この世界、ちゃんと生き物は生きて臓器も稼働している。
楽器だってちゃんと弾けるように構造が変わっている。
デカくて強いボスが、足だけ遅いなんて不条理を許さない。
なんとか、ピラークの速度が活かせる崖を目指す!
……だが。
「チョロチョロ逃げんじゃねーよ!」
追いつかれ、ランスの一突きでピラークが殺された。
霊獣はダメージを受けると、光の粒子となって消えてしまう。
問題なのは、こうなると鐘楼で回復するまで呼び出せないって事なのだ。
足が奪われた。
更に、だ。
「クソッ」
俺は落馬して、地面を転がるハメになる。
「ハッ、無様だなぶっ殺してやる」
無防備な俺に、ランスでの突撃。
近衛騎士の必殺技。
トドメを刺しに来た。
……これを、待っていた。
派手に転がったように見えて、受け身は取っている。
俺はここ数日、ピラークから飛び降り受け身を取る練習ばかりを繰り返していた。
そして、左手には『バックラー』。
マントに隠した虎の子を構える。
「テメェ! ソレは!」
「パリィ!」
今更、止まれないだろう?
お望み通り弾いてやる!
コレでお前は落馬して隙だらけ!
……隙だらけ?
おかしい、弾けない。
極限の集中力を振り絞り、遅延した時の中。
完璧なタイミングで振り抜いた俺のバックラーが押し返される。
ゲームでのパリィは絶対だ。
タイミングさえ合えば、どんなにレベル差があっても敵を隙だらけに出来る。
だが、この世界ではそうではないと、そう言う事か?
確実に、スキルは発動している。
俺のバックラーが相手のランスに触れた瞬間、強烈な力が湧いてきて武器の軌道を反らし始めた。
だが、足りていない。
強烈な敵の質量を押さえ付けられない。
倍率だ。
現実化するにあたって、倍率で調整しているのだ。
無明剣や居合斬りのように、パリィで逸らす力に補正を入れたに違いない。
しかし、足りない!
現実化したデモンズエデンは非情であった。
反らし切れなかったランスの先端が俺の左肩に突き刺さる。
「ぐっ!」
「ひゃはっ! 馬鹿が!」
近衛騎士が笑う。
その通り、大馬鹿だ。
ゲームとこの世界の違いを語っておきながら、コレばっかりは試す事が出来ず、殆どぶっつけ本番みたいになってしまった。
そのへんのゴブリンやらに試す分には100%の効果があった。だから油断した。
大質量に吹っ飛ばされた俺は巨木にぶつかり体中の骨がバキバキに折れてしまった。
聖杯を飲んでも、回復にはしばらくかかる。
一方で、近衛騎士は落馬していない。
バランスを崩し体幹は揺らいだが、華麗に馬上から飛び降りて凌いだ。
「っっと」
多少は足がもつれるが、転がったりはしない。
馬上で使うランスを捨てて、背中の両手剣を取り出している。
「良いザマだな、オイ!」
動けない俺を見下ろし、デカい両手剣を肩に担いで余裕綽々。
一方の俺は、大木の根元でぐったりと倒れ込んでいる。
「オイ、テメェ何とか言えよ」
なるほどね、俺の声がお望みか?
じゃあ、聞かせてやるよ。
とびっきり可愛い美声をな。
「死ねッ!」
木の裏に隠れ、チャンスを待った。
死にに行く様なモノ?
死んだ時がチャンスなんだ。
俺は、アリスは、着崩した羽織をはためかせ、振りかぶる。
「居合ッ、斬り!」
振り抜いた一撃は、正確に鎧の継ぎ目に滑り込む。
レベルが上がった成果だ。
器用さで威力が上がるってどう言う事かと思ったら、そうやって現実に落とし込むか。
「クソがッ! テメェ何モンだ!」
「通りすがりの美少女エルフだよ!」
ダメージが入っている。
鎧の隙間から血が滴り、左手はぐったりと動かない。
神経でも切ったか?
最高だ。
俺は戦える。
相手は、金ぴか鎧で見上げるような巨躯を誇る西洋騎士。
こっちは金髪エルフのサムライガール。
俺は、この姿で死ねば現実に戻る術を失う。
だから、こっからはガチの命懸け。
見てるかよ、司令部の間抜けども!
今からコイツをぶっ殺してやる!




