デモンズエデン2
洞窟に滑り込めば、いよいよ敵が現れた。
ジジイが言っていたグールである。
白っぽくてノッペリしたゾンビって思えば間違いない。
いくら高難易度ゲームとは言え、最初の敵ぐらいは弱いだろう。
だが、フルダイブゲームで間近に迫るモンスターは恐ろしい。
緊張に唾を飲み、鯉口を切る。
「はぁ!」
裂帛の気合いと共にグールの首に一太刀。
それだけで、景気よく頭が飛んで行く。
残された体はベチャリと倒れ、流れる血は足元まで広がった。
滅茶苦茶手応えがリアル。
相手が人型だから、マジで斬った感がある。
「残虐表現もきっちりしてるなー」
国内向けじゃないから、グロがしっかりしている。
都合良く死体が消えたりもしない。
「じゃあ、こういうのは?」
俺は死体を切り刻む。
今まで遊んだゲームなら、こういうのは非対応。
変に死体を弄ったりは出来なかった。
物理演算のバグでバタバタと暴れたりする程度。
……しかし。
「マジかよ」
なんとこのゲーム、死体が切り刻める。
「グロッ! マジでグロ!」
断面には赤黒いテクスチャまで見えるじゃないか。
とは言え、流石に内臓まで作り込まれているってワケではなさそう。
断面に合わせて自動生成したテクスチャを貼り付けているだけだろう。
だが、『自由に死体が分割出来る』のだ。
ただソレだけの事が、全く普通では無いと俺は知っている。
死体を損壊するのは規制されがち。
欠損があるゲームだって、決められた場所が決められた通りに斬れるだけ。
それが、このゲームと来たら……
俺は分割された肉片をジッと見つめる。
「まさかな……」
そのまさかだった。
手を伸ばせば切り分けた肉を拾うことまで出来たのだ。
ぐちゃりとした触感に、重さまでが気持ち悪い。
「やっ!」
気味の悪さに任せて、思い切り放り投げる。
――ゴン!
するとどうだ?
肉片は朽ちかけた樽に命中し、粉々に破壊した。
「当たり判定まであるのかよ」
怖いぐらいにリアルだ。
ゲームの中に入ったのかと錯覚する。
潰れた肉片と樽の破片が時間経過で消えたとき。
ホッと息を吐き出す自分が居た。
ゲームらしさに、いっそ安心させられる。
実のところこのゲーム。
グラフィックは『実写と見紛う』って程ではない。
壁に接近すればざらざらとしたテクスチャの「荒さ」まで見える。
だが、フルダイブで自由に動けるってのは伊達じゃない。
レスポンスの細かさが段違いなのだ。
従来のゲームは剣を振るにしてもボタンを押すだけ。
弱攻撃と強攻撃の違いがある程度。
それが、フルダイブゲームなら思った通りに体が動く。
袈裟斬りだろうが、唐竹割りだろうが、横一文字だろうが、自由自在。
だが、それだけなら似たようなのを遊んだ事がある。
棒状のセンサーを縦横無尽に振り回したモンだ。
そんなモノでも、初めは感動した。
だが、案外飽きるのは早かった。
なぜって、どう剣を振ろうと、結果が変わらないからだ。
剣に当たった敵は、派手に吹っ飛んで消えるだけ。
斬り方なんて関係ナシ。
クリアする頃には手首でちょこちょこセンサーを振るだけになってしまった。
ソレが、このゲームはどうだ?
斬った通りに分割される。斬り方で結果が変わる。
グラなんか二の次で、そういう部分を死ぬほど作り込んでいる。
チュートリアルで柔らかいグールを斬らせるのも、その辺りを見せつけるためだろう。
「だからって頑張り過ぎじゃないかコレ?」
生々しい感触が残る手をジッと見つめる。
ここまでリアルだとゲームの攻略法まで変わってしまいそうだ。
だとしたら……
試したい事がある。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――あ゛ああああ!
「悪く思うなよ」
次のグールに会うなり俺が試したのはチョン斬りだ。
まず、グールを呼び寄せて、洞窟の石柱に引っ掛ける。
闇雲に突っ込んで来る敵は障害物に引っ掛かりがち。
ゲームあるあるだ。
安全を確保した後、俺は刀の先っちょでチョンチョンとグールを刺すのであった。
――あ゛ぁぁぁ!
でも、幾ら刺してもグールは死なない。
変な声で鳴くだけだ。
まるでダメージがない。
コレには驚いた。
つまり、単純に刀が当たったらダメージが入る計算では無いのだ。
ちゃんと勢いをつけて斬る必要がある。
しっかりと物理演算でダメージが計算されている。
ならばと強めに刺してみれば、出血エフェクトが出た。
今度はダメージが入っているようだ。
つまり、刺す勢いの強弱をちゃんと判定している。
ただし、どこを刺しても同じ様に血が噴き出すあたり、関節や血管までは作り込まれていないのだろう。
「やっ!」
今度はグールの足を斬ってみる。
なんと、スパッと切断出来た。
足を失ったグールはバランスを崩して転がると、這いつくばってこっちに向かってくるじゃないか。
欠損による状態異常もあり。
更には欠損した際のAIまで用意されている。
どこから攻撃するかでも戦略性がありそうだ。
――ギィィィ!!
次にグールの手を切り飛ばす。
これでコイツは完全な芋虫。
背中を踏みつけてじっくり動きを観察する。
グールはやたらと暴れるモノの、体重を乗せてやればほとんど動けなくなる。
暴れるグールを蹴飛ばして、トドメに首を切り落として終わり。
「……マジかよ」
興奮が収まらない。
自重をかけて敵の動きを封じる。
そんな事まで出来るゲーム。聞いた事がない。
ひょっとしたら関節技だって効くかも知れない。
こうなってくると、キャラクリがゲームに影響しないってのも怪しくなってくる。
手足が長い方が有利だろうし、体重が重ければ一撃に威力を込められる。
そのぶんひょろ長い手足は折れやすいだろうし、体重が重いとスタミナの消費は激しくなるだろう。
ここまでリアルなら体の動きに違和感が無い方が有利だ。
女キャラにしたのは失敗だったかも。
まぁ、今更だ。やり直す気はしない。
それにしても恐るべきはこのゲームの完成度。
「どこまで作り込んでるんだコレ」
可愛らしくなった自分の手足を呆然と見つめる。
このゲーム、底が見えない。
「マジで未来のゲームだなぁ」
感心しきり。
さすが2万ドルのゲーム機だ。
性能も半端じゃない。
もう、これをゲームとは思わない方が良いかも知れない。
現実で通用する戦法はあらかた通用しそうである。
ワクワクしながら、俺はグールはびこる洞窟を駆けていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やっとか」
辿り着いたのは金属の大扉。この先にボスがいるってのがお約束。
「けっこう苦戦したな」
振り向くとグールの死体が点々と転がっている。
残らず切り伏せてここまで辿り着いた。
グール一匹一匹は雑魚だったが、あまりにも数が多かった。
囲まれた時に三回被弾して、視界の端に浮かぶHPバーは三割程度削れている。
しかも、ボス部屋の前にセーブポイントは無し。
このまま突っ込むしかなさそうだ。
噂に違わぬ鬼畜難易度。
「行きますか!」
俺は体重を押し付けて、大扉をこじ開ける。
ズズズと重い音を立てながら、開いた先が相も変わらず薄暗い洞窟だったのは少しばかり拍子抜けだった。なにより敵の姿が見えない。
ただし、いかにもボスが出そうな広い空間になっていて、高い天井の穴からは一筋の光が差し込んでいる。
ボス部屋なのは間違いない。
なのに、肝心のボスの姿が見えない。
どうにも引っ張りやがる。
折角のVRゲーム。狭っ苦しい洞窟から早く出たくて、こちとらウズウズしてんだよ。
「やっと来た」
天井の穴から飛び込んできたのは翼の生えた漆黒のバケモノ。
――ギャギャギャ!
不気味な笑い声。
光差す広間の真ん中に堂々と降り立った。
≪≪下級悪魔≫≫
視界の下部に長い体力ゲージが現れて、デカデカと名前が表示される。
いよいよこの世界を牛耳る悪魔のお出ましだ。