美少女エルフになった俺
「マジかよ……」
「マジだよー」
意識を取り戻しても、俺はエルフの女の子のままだった。
ナビナビも、俺の体に入ったまんま。
「なんか、凄いな」
腹の傷はすっかり塞がっている。ナビナビが鐘楼で回復してくれたんだとか。
「つーか、俺も生き返るのな」
そして、ナビナビが入った俺の体も全回復している。お別れした首と胴体がくっついている。
「フツーの死人繰りじゃああり得ないねー、解除されて死体が消えちゃうハズだよ。それがまぁ、プレイヤー扱いなんだろうね、あんなになっても」
なるほどな。
どうも、ナビナビが入った俺の体も、ゲームでキャラクリしたエルフの少女も。両方がプレイヤーと認識されている。どちらが鐘楼を触っても回復出来るし、システムっぽいメッセージが見られるらしい。
まったく、混乱する。頭をガジガジと掻きながら目の前の俺と向きあう。
「しかし、変な感じだな、自分の顔をこうやって見るのは」
「そーなん? 鏡を見るのと変わらないでしょ?」
「変わるんだよ。鏡は勝手に動かないだろ」
と、話していて気になった。
「そう言うお前は? このエルフの体はお前じゃないのか?」
「さぁ? わかんない」
「わかんないって……」
ナビナビは『自分だって異世界から拉致された被害者』と言っていた。だとしたら、この体の本当の持ち主はナビナビと言う事になる。
よくよく考えれば、こんな美少女がランダム生成で出てくるのもどうかしてる。あの時から既に何らかの影響を受けていた、と考えればしっくり来てしまうのだ。
「どうだろうねー? 記憶がハッキリしないんだ」
「おいおい」
しかし、ナビナビはちょこんと首を傾げるばかり。
くそっ、自分の顔でやられると腹立つぜ。
「でもよ、この体、使うだろ?」
「いや、ソレは無理だねー」
「そうなのか?」
「試さないでも解るよ、その体。それはキミのだ。ボクじゃ動かせない」
マジかよ。
確かに、この体は死体じゃない。だから死人繰りの対象ではないと言う事か。
じゃあ、何故俺が動かせるのか?
それは俺がプレイヤーだからだ。ゲームでは爺さんのところで強制的にキャラクリが始まって、ソコから先は作ったキャラクターになりきってゲームを進めるのがルール。
だから、俺がこの女の子を操れるのはゲーム的には自然な事。
だが、自然ではない事がひとつ有る。
「失礼」
「んっ」
断って、俺はナビナビの……俺の額に手を触れる。
すると、どうだ?
「やっぱ、この体の方がしっくりくるな」
俺は自分の体に戻る事が出来たのだ。コレはゲームではあり得ない事。
ゲームでは、初めからキャラクリした体であったかのように話が進んでしまうのだから当然だ。元の自分って概念すら無い。
「まぁ、それが悪魔召喚による不純物って事だろうね」
「って言ってもなぁ」
どうして良いやら困ってしまう。
俺が元の体に戻れば、眠り姫になってしまうエルフの女の子は役に立たない。
じゃあ、俺がエルフの女の子を操作して、ナビナビに俺の体を使って貰うのが最善だろうか?
そう訊ねると、ナビナビはいやいやと首を振る。いや、光の玉に戻って首は無いのだが。
「ダメダメ、ボクがキミの体に入ってもスキルも何も使えなかった。普通に死人繰りで敵を操った方がずっと強いよ?」
「って言ってもなぁ、死人繰りはMPを使うだろ?」
「ああソレね。ボクがキミの体を操るのもMP使ってるよ?」
「マジかよ」
マジだった。
俺がエルフの女の子に入り直し、ナビナビに俺の体を操って貰うと、しっかりMPが減っている感覚がある。
気が付かなかったのはエルフのMPが高いから。生身の時より負担にならなかっただけ。
もちろん、この体にはデメリットもある。華奢で小柄な女の子の体は俺よりずっと力が弱い。
「これ、悩ましいな」
「普通に、自分の体で攻略した方が良いと思うけどね」
「そうなるよなぁ」
動き慣れた自分の体の方が良い。
どうせ死んだら取り返しがつかないのは一緒だろう。欠けていくのは俺の魂なのだからどうせリスクは変わらない。
「ってか、死亡判定どうなってんだよ。俺は首を取られたんだぞ」
「それなんだけどねぇ」
ナビナビが言うには、死亡判定は俺の操作キャラが行動不能に陥った時に発生する。エルフの女の子に入った後は、この体が死ぬまでは死亡にならないと、そう言う話だ。
だとすると、死にそうになったらキャラチェンジ出来たら強そうなのだが……
俺がそんな無茶を言うと、ナビナビは出来るかも知れないと言い始めた。
「霊獣ってシステムがあってね、早い話が召喚獣。どうもさ、この女の子、霊獣として登録されてるっぽい?」
「なんだそれ、怖いっての」
「まぁ、ボクも解らないけどね。どっちにしろまだ使えないシステムだし」
霊獣を呼び出して、しばらく霊獣を操作して戦えるシステムがあるらしい。自分で操作出来る召喚獣みたいなモンか?
つまり、操作キャラが二人居る異常事態を無理矢理元のゲームのシステムで吸収しようとしている途中じゃないかと、ナビナビは言うのだ。だとするとこの女の子の体とも長い付き合いになりそうだった。
「じゃあ、もうちっとこの体に慣れとくか」
俺は安全地帯である鐘楼に俺の体を寝かせ、光球となったナビナビと外に出た。
気が付けば、結構時間が経っている。日が落ち始めていた。
俺は冷たい夜風に髪を押さえて、うーんと大きくノビをする。
そんな俺を見て、ナビナビは目の前に割り込んだ。
「ずいぶん、あっさりしてるね。ボクが言うのもなんだけど他の体に入るのって結構違和感ない?」
「まぁ、その辺も含めて慣れだろ。それにあんな骸骨になるならともかく、こんな美少女になれるなら幾らでも出すってヤツがゴマンと居るぜ」
「そう言うものかなー?」
フラフラと舞うナビナビを連れて、女の子の姿で聖堂へと戻る。
ソコで俺が確認したかったのは、コレだ。
「割れてないな」
「……だね」
アレックスの鏡。コイツが割れているのを確認したかった。
だが、割れていない。鏡面はノイズが走ったままで何も見えない。
「コレ、どう言う事だ?」
「聞かれても……ボクにあるのは元のゲームの知識だからね。ゲームじゃ侵入して死んでも死亡扱い。だけどもちろん、死んだってプレイヤーは鐘楼で幾らでも復活するからね」
「マジか、でもさ、侵入ってドコから侵入するんだよ」
ゲームではみんながみんな、自分の世界を持っていると言って良いだろう。みんなが勇者でそれぞれの世界を救うのがRPGの基本と言える。
だが、現実化した世界すら、それぞれにあるってのは考えにくい。
俺がそう言うと、ナビナビも肯いた。
「間違いなく、現実化したのはここだけだよ。ここが悪魔召喚の舞台なんだからね。きっと彼は侵入待機状態なんだよ」
「侵入待機?」
「そう」
ナビナビが言うに、ゲームでは友達以外にも、ゲーム中の相手にランダムに侵入出来る機能があるんだと。その場合、侵入相手が決まるまで異空間で待機状態になるらしい。もちろん無差別に相手を探す訳じゃ無い。なるべく自分とレベルが近い相手を優先にマッチングして侵入するんだとか。
レベルが全然違う相手には侵入出来ない。ただし、ホストとなるプレイヤーの招待があれば別だ。
俺はぶっ殺してやると息巻いて、アイツと世界が繋がるのを望んでしまった。
そうじゃなきゃ、侵入なんて成り立たないんだと。
「難しいな。知るべき事が多過ぎる」
「ボクも手探りだよ。ゲームのシステムが現実化してどうやって処理されてるのか想像もつかないもん」
「俺はその『ゲームの知識』もねーんだよ」
ため息と共に、愚痴る。
こんな事なら徹夜で遊んでいればよかった。
いや、俺がルーキーだからこそ、俺の世界がホストに選ばれたのか?
だったら尚更、もっとやり込んでずっと先まで進んでおけばよかった。変な儀式に巻き込まれずに済んだのだから。
今となっては、ゲームの知識を仕入れる方法もない。こっからは完全に初見での攻略になってしまう。
ため息混じりに、次に確認したのは俺の鏡だ。
「おいおい、何が起こってるんだよ」
そして、驚いた。何故って俺の眠るベッドの周りが騒がしくなっていたからだ。
さめざめと泣くお袋は良いとして、何人もの大人が走りまわり、何事か準備をしているのはどうしてだ?
男達はどうにも軽薄そうで、医療従事者には見えないのだった。
彼らはレフ板やらマイクやらを取り出して、準備を始める。
あれは、カメラ? それにアナウンサーの女性まで。
「そうか、事件の中継をしているんだ!」
「なんだい? 中継って?」
俺はナビナビに説明する。
二千人からの人間が意識を戻さないから、大事件になっていること。
事件があればカメラで撮影し、全世界に放送……ってところまでナビナビは理解してくれた。
悪魔はテレビなんて知らないようだが、この手の話に理解が早い。
とにかく、だ。
VRで二千人が意識を失うだけでもニュースバリューは十分なところ、日本初の被害者が出たとなればテレビ局は放って置かない。
まして、母としては俺の窮状を訴えて、広く助けを求めたいに違いないのだ。
悪魔召喚だのオカルト話がキモだなんて思いもしないだろうからな。技術的な支援を欲してしまうのは当然。
「クソッ、どうにかならないのかよ」
可愛らしい声で愚痴った所で、俺は元の世界に戻れない。
戻れ……
≪ 柏木 洋の世界に侵入しますか? ≫
>>YES
NO
なんだ、コレ?
「おい、ナビナビ!」
「なぁに? ボクこのアナウンサーって人が何をしてるのか教えて欲しいんだけど」
「そんな事より! 俺、俺の世界に『侵入』出来るみたいなんだが」
「え?」
驚くナビナビに事情を説明すると、うーんと唸りだした。
「そっか、同じ主人公だけどあくまで別のキャラ? 洋の世界が侵入可能だと判断された? 解らないけど、侵入出来るなら出来るのかも?」
「でもよ、一度死んだら他の世界に入れないハズじゃ?」
「それは、あのグールの体で、でしょ?」
「…………」
言われてみれば。
でも、俺の魂が削れているのは同じじゃないのか?
「そりゃね、死んで魂が変質しているから元の体には戻れない。だけど、その体で元の世界に行く分には問題ないって事じゃない?」
「この体で? まさか、エルフの女の子として元の世界に帰るのか?」
「そうなるねー」
この体で元の世界に? そんなの、ダメだろ。
いや、しかし……
俺は、悩んだ。
一時的とは言え元の世界に帰れるなら、親に事情を説明出来る。別れの挨拶になるかもだけど、何も言えないよりずっとマシ。少なくとも、俺の為にとマスコミに姿を晒して助けを求めるなんて無駄をしないで済むのだ。
何よりも重要なのは、デモンズエデンの攻略情報が調べ放題って所だ。
俺はゲームを楽しむ為に攻略サイトなんて見ないで始めるタチ。だが、ここに来てそんな事は言ってられない。ましてゲームでも未体験の部分を完全初見でクリアーなんて無理だ。
隠しアイテムだろうが全部使って攻略出来るなら、可能性が見えてくる。
だがなぁ……
このエルフの女の子の姿は誰も知らない。
そうなると俺だって証明が難しい。
……それでも、
やるしかない。
俺しか知らない様なことを話せば、親だったら解ってくれるハズだ。
「ナビナビ、俺、行ってくる」
「うん、いいよー」
「実はな、俺、このゲームをクリアーしたらこの体をお前に返すつもりなんだ。だからさ、借りてるモンだと思ってこの体、大事にするからさ」
「別にいいよ、キミが決める事だ。ボクが言える事じゃない」
「解った。とにかく、帰って来る。クリアを諦めた訳じゃ無い」
「うん、待ってるよ」
じゃあな。――ありがとう。
そう言ってYESをタップしたつもりだが、言葉は光の奔流に遮られ伝わらなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ここは夜の病室。
普段は静まり返る病院が、今は強烈な照明と、人の熱気で溢れていた。
「先日のドリームフレーム事件、国内最初の被害者となった柏木洋くんの入院先から中継です」
生中継。
柏木の母親は、固唾を飲んで中継の様子を見守っていた。息子の様子を知って貰う事で事件の解決を図りたい一心だった。
一方で、洋に群がるテレビクルー達の鼻息は荒い。こんなビッグニュースを逃してなるものかと涎を垂らさんありさまだった。
今話題となっているVRゲームでの事故。二千人もの人間が目を醒まさない。
かつてのライトノベルになぞられて、デスゲームだなんだと世界的に関心が高いニュースであった。そこに持ってきて、見つかった国内唯一の被害者は、他のユーザーとは様子が違った。
まず、北米以外で初めての被害者。事件に巻き込まれたのが一日遅れ。自宅ではなく、山中の駐車場での発見。
初めは事件とは無関係と見なされていたが、ドリームフレーム絡みで症状は同じ。
コレが意味するところは何かと、アメリカからの注目も高い。世界的スクープのチャンスであった。
「見て下さい、まるで眠っているようですが決して目を醒まさないのです。彼は視力を失い、日本で唯一、視力補助のため医療用のドリームフレームの臨床試験を受けていました」
「榊さん、その視力補助というのは?」
スタジオからアナウンサーに質問がはいる。
質問を事前に聞いていたアナウンサーは淀みなく応える。
その時だった。
「はい、このドリームフレームは脳と繋がる特性上、カメラの映像を脳へと送信――」
「おい! 様子がおかしいぞ!」
ADの一人が叫んだ。
被害者の、柏木洋の体が光り始めたのであった。
「すいません、何事ですか?」
アナウンサーは控えていた医者に訊ねるが、医者も解らないと首を振るばかり。
「光ってる? もしもーし、榊さん! 危険です、今すぐ逃げて下さい!」
スタジオは無難なタテマエを並べるが、その目は一瞬たりとも撮り逃すなと言っている。もちろん、アナウンサーの榊とて逃すつもりは毛頭なかった。
「ご覧下さい、被害者の洋君の体が発光しています。コレは何でしょう??」
医者が止めるに構わず、カメラが洋の姿を大写しにした。日本中が固唾を飲んで見守る中。謎の光が結実し、少年の横で少女の体を形作った。
「まさか……」
「何が起こった!」
病室も、スタジオも、そして日本中のお茶の間が静まり返った瞬間だった。
そう、日本中がその瞬間を目撃したのだ。
洋は、自分と少女の関係をどう説明しようか悩んでいたが、結局それは杞憂に終わった。
被害者の少年の横に『発生』したエルフの少女が事件と無関係だとは、誰も思わない。
ドリームフレーム事件が大きく動き出した瞬間だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あれから、三週間。
俺は試練の時を迎えていた。
外で待つ俺に、先生の困惑する声が聞こえてくる。
「あー、皆に報告だ。事故で休学していた柏木が今日から復学する。……その、少々見た目が変わってしまったが、以前と同じ様に仲良くしてくれ。柏木、入ってこい」
そう、俺は高校に通うことになってしまった。
――それも、エルフの女の子の姿で!
ど、どうしてこうなった?
しっかり女子の制服まで着てるしな。スカートもフリフリよ。だってこの体、男子の制服似合わねーんだもん。ウチの制服カワイイしな、どうせなら可愛い方が良いじゃんね。
こうなったらもう、恥ずかしがっても仕方ない。ゲームでエロいキャラ使ってる時もそうだ。「むっつり」とかからかわれても気にしたら負け。「エロいっしょ?」って自慢するぐらいで丁度良いのだ。ノリノリで乗り切るのが肝要。
そんで、こう言うのは最初が肝心。最初にガツンとカマしてやらんとダメ。陰気にしてると本気で不味い。事故に巻き込まれるとか、悪魔に呪われるとか、好き勝手言われてしまうに違いないのだ。
やってやる! やってやろうじゃねーの!
俺はガラッっと勢い良く扉を開けると、教室に飛び込んだ。
「やっほー♪ おヒサー、みんなのアイドル、ヨウちゃんだよ♪ チェキ!」
なんかもう、謎のポーズまで決めちゃったりして。
「…………」
ヤベッ、盛大に滑った。
あかんですよ。
「…………」
時間が止まっている。
俺、このポーズで固まってるのキツいんだけど?
「え、ええ~」
そして、絶叫。
教室がひっくり返る。
どうやら俺はとんでもない高校デビューをキメてしまったようだった。