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王太子に捨てられた? ならば、私はこの国の経済を手に入れるだけですわ!  作者: ぱる子


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最終話 華麗なるフィナーレ

 戴冠式の熱狂から数週間が経ち、レグリス王国は徐々に落ち着きを取り戻していた。王都の通りには、まだ国王セドリック即位の祝幕や旗が残されているものの、喧騒はどこか穏やかに移り変わっている。


 そんななか、ベルヴィル公爵家の館は連日大忙しで、国内外の商会関係者や貴公子、銀行家たちが途切れることなく訪れていた。いずれも「公爵令嬢とのパートナーシップ」を求めたり、「新規投資」を持ちかけたりと、さまざまな意図を抱えての来訪だ。


 応接室では、ルシアーヌ・ド・ベルヴィルが複数の来客を手際よく捌いていた。華やかなドレス姿で椅子に腰掛けながら、膝上に置かれた帳簿や書類を軽やかにめくり、重要なポイントに赤ペンを走らせる。


 周囲にいる若手の商人たちは「これほど落ち着いて折衝できる方を見たことがない」と舌を巻き、投資家の青年は「あなたこそ私の国を救う天才だ」と熱い視線を向ける。けれどルシアーヌはあくまで冷静に、数字の話だけに耳を傾けるのだ。


「なるほど、面白いお話ですね。ですが、その利益率を確保できる根拠はどちらに? 私に出資を望むなら、もう少し具体的な保証が欲しいですわ。無論、あなた方が得る利点も検討しましょう」


 そんなやり取りを経て、いくつかの交渉は合意に達し、また別の交渉は門前払いになったりと、忙しい日々が続く。戴冠式の成功により活性化した経済がさらなる投資を呼び、需要が供給を生み、国全体が少しずつ潤っている――その流れを担っているのが、王家ではなく「公爵令嬢」であることを、関係者は誰もがひそかに理解していた。


 やがて夕刻、長い交渉をいくつもこなしたルシアーヌは、書斎へと足を運ぶ。館の廊下を進む途中、取り巻きの使用人から「新王陛下からの書簡が届いております」と告げられ、小さく笑みを浮かべる。慌ただしく受け取り、書簡を広げて内容にざっと目を通すと、やはりセドリックが何とか王家の財政立て直しを進めていることが書かれているが、「いつか君に返済し、肩を並べて国を盛り上げたい」といった文言も並んでいた。


「へえ、なかなか意気込んでいるのね。……まあ、頑張ってちょうだいな。私もそちらが稼げるようになると返済を受け取りやすいし、損はしないはず」


 ひとりごとのようにつぶやきながら書簡を机に置き、筆を手に簡単な返事をしたためる。そこには「投資分の利息を誤魔化すような真似はしないように」とやんわり書き添えておきつつ、「共存共栄の関係を見据えて、お互い動きましょう」という意図を込めてある。セドリックが読めば苦笑するかもしれないが、実際、ルシアーヌも王家を破滅させるつもりはまったくないのだ。


 応接室に戻ると、侍女クラリスがホッとした表情で出迎える。彼女はこの数週間、書類管理や面会調整に追われていて疲労困憊だが、「お嬢様のためだと思うと不思議と張り合いを感じるのです」と笑う。護衛騎士ロイも「なんだか護衛というより、事務局員みたいになってますよ」と冗談まじりに言うが、立て込んだ客の多さに戸惑いつつも誇りを感じているようだった。


「ありがとう、あなたたちのおかげで仕事が捗るわ。――でも、次の大きな契約がまとまれば、国全体がさらに(うるお)いそうよ。そうなれば王家が返すお金も増えるし、私もより大きな利益を得られる。よい循環でしょう?」


 ルシアーヌはそう言いながら、部下のひとりから差し出されたグラフをさっと目で追う。そこには最近の物流量や金融取引の推移が描かれており、ダイナミックに右肩上がりの線を示している。まさに公爵家の面目と経済力が国を押し上げる形で表れている証拠だ。


「あちらの商会や新興企業と提携すれば、地方の雇用も増えて、国内消費も上向きになるはず。王家も名目上は『自らの力で国を盛り上げている』と宣伝できるし、私としては投資額の回収が早まる。まさに共存共栄、といえるんじゃないかしら」


 言葉自体は穏やかだが、その内容は圧倒的に合理的だ。周囲の侍女や騎士たちは「まったく、お嬢様には誰も敵わないですね……」と(あき)れながらも微笑する。あれほど壮絶だった“王家との対立”も、いまではビジネスパートナーとしての関係性に落ち着きつつある。王家が借金を抱えながらも必死に返済の道筋を作り、ルシアーヌはその成功を期待して投資をさらに強化する――こうした関係こそ、彼女にとっての理想形だ。


「殿下……もとい陛下も、最初は私に頭を下げるのを嫌がっていましたけれど、最近はお嬢様の協力を素直に頼っていらっしゃるようですね。もう完全にビジネスパートナーです」


 ロイが少し皮肉を込めて笑うと、ルシアーヌも薄く笑みを返す。以前の婚約破棄を思えば、セドリックがここまで態度を(ひるがえ)したのは、王家と国を守るためにやむを得ず屈した面が大きい。それでも、双方にメリットがあるからこそ成り立つ関係であり、それが今後の国をより豊かにする原動力になるのだから、一種の理想的な結末なのだろう。


「私の望みは決して王家を倒すことではなく、この国をさらに発展させること。そうすれば、私ももっと豊かになれる――単純な計算だわ。ビジネスで国を豊かにすれば、私も(うるお)う。それだけ」


 さらりとした口調で語られる彼女の抱負に、クラリスやロイ、そして周囲の使用人たちは改めて「お嬢様のスケールは違う……」と感じる。一度は婚約破棄で屈辱を味わったはずの彼女が、いまや国民、商人、貴族、さらには新王までも抱き込む形で得する流れを確立したのだから。その様子に、執事が「まったく、我々にはもったいないお嬢様です」と苦笑いを浮かべると、ルシアーヌは「まあ、仕事が増えて大変でしょうけど、よろしく頼みますわね」と優しく返す。


 そうして通り過ぎる彼女の背には、以前にはなかった余裕と華が漂っていた。どんな貴公子や銀行家が求愛しようと、かつての王太子との婚約破棄を経てもなお、彼女はこの国を思いのまま動かす力を手にしている。その姿は、まさに「華麗なる勝者」の名にふさわしい。取り巻きや商人たちが口を揃えて「この方には敵わない」と脱帽するのも無理はないだろう。


「ふふ、私がやるべきことは、まだたくさん残っているわ。もっと大きなビジネスを育てて、国内外の交流を活性化し、その利益を私もしっかり享受する。それで国も豊かになり、人々が(うるお)うなら悪くないシナリオでしょう?」


 サロンの大窓から、王都の街並みを見下ろしながら、ルシアーヌは小さく自問自答するようにつぶやく。彼女の頭の中には、新たに確立しようとしている金融システムや物流網の拡張計画が詰まっている。それを実行に移すためには、まだ多くの交渉が必要だが、もはやそれすらも楽しんでいるかのようだった。


 その姿を眺める従者たちは、「あの婚約破棄をバネに、ここまで輝く存在となるなんて……」と心中で感嘆する。以前は「プライドの高い公爵令嬢」という印象が強かったが、今では国を動かす投資家として圧倒的な存在感を放ち、人望さえ集めつつある。国王セドリックがようやく動き出したところで、彼女の領域には到底及ばない。それでも「共存共栄」を掲げるならば、これからのレグリス王国はますます繁栄を続けるかもしれない。


 こうして、ルシアーヌ・ド・ベルヴィルは、かつての婚約破棄をきっかけに誰よりも華麗に飛躍し、いまや国の経済に絶大な影響力を持つ投資家として君臨した。結局、結婚という形を必要としなくても、彼女は自らの力と才覚で“すべてを手にした”と言っても差し支えない。むしろ、しがらみから解放されたがゆえに自由なビジネス展開が可能となり、王家さえ頭を下げるほどの優位性を確立したのだ。


 これから先も、ルシアーヌは合理的な視点を貫きながら、国をより豊かに導いていくだろう。そこには金と数字の流れを軽やかに操る、まさに「強く、美しく、怖いほど抜け目ない」公爵令嬢の姿があった。彼女が描く未来に、衰退はない。あの日、婚約破棄を告げられた舞踏会の夜から、すべてを跳ね返して自身の力を磨き上げたからこそ、今の栄光があるのだ。


 そして、その輝きは王家や貴族社会、さらには国民にとっても大きな希望となるかもしれない。多くの人が「公爵令嬢に任せておけば間違いない」と信じ、ビジネスの発展に乗り出している。そして彼女自身も「国の成長が私の利益につながるのだから、存分に働いていただきましょう」と涼やかに笑う。


 こうして、ルシアーヌ・ド・ベルヴィルは、新王や貴族、商人たちとの関係を整理しながら「共存共栄」という形を取り、さらなる飛躍を遂げるべく歩みを進めている。あの日の婚約破棄は、もはや遠い昔の出来事。今ではその挫折を力に変え、誰よりも輝く存在として君臨する――これこそが彼女の「華麗なるフィナーレ」であり、新たな始まりでもあったのだ。


(完)

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