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王太子に捨てられた? ならば、私はこの国の経済を手に入れるだけですわ!  作者: ぱる子


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第16話 公爵令嬢の勝利①

 戴冠式の熱狂が落ち着いてから、まださほど日が経たないある午前のこと。ベルヴィル公爵家の館に、国王セドリックがあらためて訪れるという報せが届いた。


 さすがに公爵家の使用人たちは騒然となり、門外や廊下を慌ただしく行き来している。新王が来訪するとなれば、本来は大げさな歓迎の儀式を備えてしかるべきだが、ルシアーヌは「余計なことはしないで」と言い放ち、最低限の出迎えだけを準備させた。


「いやはや、新王陛下ご自身がお越しになるとは……一体どんなご用事なのかしらね」


 侍女長のクラリスが少し気を揉みながら、エントランスの様子を窺う。門外の騎士たちがセドリックの馬車を迎えており、まだ奥の主階段までは距離がある。すると、護衛騎士ロイが苦笑めかして肩をすくめる。


「どうせ、戴冠式の礼と詫びでしょうね。この間の式典は、完全にお嬢様の援助がなければ成り立たなかったと世間でも言われていますし……今さら何をって感じですけど」


 二人のそんな会話を耳にしながら、ルシアーヌは館の奥まったサロンで優雅に腰を下ろしていた。昼の光が大きな窓から射し込み、淡いドレスのレースをきらめかせる。今回、敢えて華やかすぎない装いを選んでいるのは、「戴冠式のときほど力を見せつける必要はない」と判断したからだ。


「ふふ、殿下がわざわざ訪ねてくるなんて。いえ、今は陛下と呼ぶべきかしら。まあ、どうでもいいけれど」


 軽く息をつくルシアーヌ。その言葉には、一度恋人同士のような関係を確約された身だったはずが、一方的に破棄された――という記憶が混ざっているのだろう。かつては屈辱を味わわされたが、今となっては「あれのおかげで今の私がある」ともいえる。


 やがて扉がノックされ、執事が「新王陛下がお着きでございます」と静かな声で告げる。ルシアーヌの一声で通すよう命じると、重厚な扉が開き、セドリックが控えめに姿を見せた。続いて取り巻きの数名もついてくると思われたが、彼らは入口で待機する形らしい。どうやら、恥を承知で「自分だけで話をつけたい」つもりのようだった。


「久しいな……いや、先日の戴冠式で顔を合わせたばかりか」


 国王となったばかりのセドリックは、まだ若き王の礼装に身を包んでいる。金銀の刺繍が施された立派な上着をまとうが、その姿は戴冠式の派手さとは違い、どこか落ち着いた雰囲気を(かも)していた。しかし、その顔には深い陰りがある。


「いらっしゃいませ、陛下。ご用件を伺う前に、お茶でも召し上がりになる? あいにく、あまりおもてなしの準備はしておりませんけれど」


 場の空気を軽んずるかのようなルシアーヌの物言いに、護衛騎士ロイは心のなかで「お嬢様、本当に堂々としてる」と思わず感嘆する。セドリックは気まずそうに視線を逸らしながらも、やがてサロンのテーブルの前にゆっくりと歩み寄り、片膝を折るような形でわずかに頭を下げた。


「礼を述べたいと思い、来訪したんだ。戴冠式の件……君の力なくして、あれほどの成功はあり得なかった。あらためて、心から感謝する。そして、今さらとはわかっていながら……婚約破棄をしたあのときの非礼を詑びたい。心底、申し訳なかった」


 その姿は、国王になったとはいえ完全に下手に回っているといえる。侍女クラリスは端のほうで見守りながら「ああ、あの誇り高い殿下がこんなにも頭を下げるなんて……」と(あき)れにも似た感慨を抱く。部屋の空気も張りつめ、どこか寒々しい。


 すると、ルシアーヌは軽く溜息をついて腕を組むと、「今さら何をおっしゃっても遅いのですけれど?」と淡々と返した。どこまでも冷静で、まるで「同じ地平には立っていない」ことを示すかのようだ。セドリックはかろうじて視線を合わせながら、「それでも……どうか許しを乞うだけはさせてほしい」と声を絞る。


「結局、私が戴冠式を助けたことはビジネス上の判断にすぎないわ。あの行事が失敗すれば国の評判が落ち、私の利益にも影響が出る。それだけの話。そこに私情はありませんの」


 花瓶に挿された百合の香りがかすかに漂う室内。だが、ルシアーヌの声はあくまで透き通った冷たさを帯びていた。彼女の足元に視線を落とす護衛騎士ロイは「やはりお嬢様が上だな……」と、心中で妙な納得をしている。そもそも、セドリックが戴冠できたのも、すべてルシアーヌの資金と物流のおかげ。今さら王位という権威をちらつかせても、相手には通じない。


「あれほど大勢の前で『君との婚約を破棄する』と言い放った僕が、こんなに無様に謝るなど……君の立場からすれば、冷めた目で見るのも当然だ。だが、こうして頭を下げる以外に、今の僕にできることはない」


 セドリックの苦しい告白に、ルシアーヌはちらりと彼を見下ろすように視線を下げる。すっかりプライドを失った新王と、余裕に満ちた公爵令嬢――そのコントラストは、侍女クラリスたちの胸に「ルシアーヌ様は本当にすべてを手に入れた」と思わせるに十分な光景だった。


「今のあなたがすべきことは、この国を豊かにするために、私に借りた資金をきっちり返す仕組みを整えることではなくて? 謝罪の言葉など、いただいてもあまり意味はありませんわ」


 突き放すような言葉を受け、セドリックは唇を噛んでいる。しかし、あえて反論する気力はないらしい。周囲で控えている取り巻きも、このやり取りが終わるのを黙って見守るしかできない。


「やはり、君の言うとおりだ。まずは国を豊かにし、きちんと返済の道筋を作ることが、僕にできる唯一の償いなのかもしれない」


 その瞬間、ルシアーヌが「では、それを期待しておりますわ」と淡々と言い放つ。まるで相手の進退を決めるのは自分にある、とでも言わんばかりだ。侍女や騎士たちが「公爵令嬢こそが国を握っているのでは……」と内心で恐れ入る。だが、それも納得だろう。実のところ、この国の経済は、彼女の手の内にあるも同然なのだから。

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