第15話 戴冠式②
「随分とお素直になられましたのね。――ですが、私は今回、あくまで投資という形で協力したにすぎません。それを陛下がどう受け止めるかは自由です。もちろん、私にも見返りをきっちりお支払いいただきますが」
やわらかな口調で言われながらも、その内容は非常にドライだ。セドリックは「もちろん……わかっている」と唇を噛みしめる。王位を得たばかりとはいえ、もはや彼女を無視して行動することはできない。逆に、ルシアーヌの存在が国の財政に必要不可欠になったことを改めて痛感している。
「あなたが王位を継がれる以上、王家が国を統べる存在として立ち行くためにも、私の持つビジネスの枠組みは役に立つと思いますわ。ですから、いずれこの戴冠式の出資分をお支払いになられる際には、利息もきちんと考慮していただきます。――私にも計算があるのですもの」
ルシアーヌの言葉に、セドリックは再度頭を垂れた。「ああ……もちろんだ。利息も含め、必ず返す」と誓わずにはいられない。今は王家としての威厳より、実際の資金繰りのほうが遥かに深刻である。彼女が出資を回収すると宣言したからには、王家が絶対に無視できない義務が生じるわけだ。
そんな二人のやりとりを見守っていた侍女や護衛騎士、さらに部屋にこっそり入ってきた取り巻きの数名も、一様に息をのんでいる。戴冠式における新王の威厳とは裏腹に、ここではセドリックが完全に「下手」になっているのだから。だが、それもまた事実。誰も口を挟めないまま、重苦しい空気が漂う。
しかし、ルシアーヌはあえて場の空気を和らげるように、軽く肩をすくめてみせた。
「まあ、今回の式典は本当に華やかでしたし、国民も満足していることでしょう。結果的に私にとっても、十分な広告になったと考えれば悪い話ではありません。陛下には今後とも、どうぞうまく国を運営してくださるよう期待しておりますわ。……私は投資家としての利益をきちんと確保できればそれで結構ですから」
笑顔だが、その裏にある冷静な計算が透けて見える言葉に、セドリックは苦々しさをおさえるように表情を歪める。だが、結局は何も言えず「わかった」とつぶやくしかない。この国を豊かにするためにも、彼女が動かす経済の流れを利用しなければならないのだから。もはや王家がルシアーヌを切り離して進む術はない。
控室を出たあと、大広間では新王セドリックが民衆の前で堂々と挨拶を行う。人々は「新王陛下、万歳!」と熱狂し、国中が祝福の声であふれかえる。裏の事情を知らぬ者には、この戴冠式は王家の威光と復活を象徴するかのように映った。街中では酒宴が開かれ、踊りや祝杯を楽しむ者たちの笑い声が夜更けまで鳴り止まない。国民は「この国はまだまだ大丈夫だ」と安心したように語り合う。
しかし、ほんの一握りの者たちは知っている。これほどの式典を実現できたのは、すべてベルヴィル公爵令嬢、ルシアーヌが資金と物流を支えたからこそであり、新王が表面上の面目を保てたに過ぎないという事実を。式典は成功し、王家の屈服を代償として実現されたのだ。
式がひと段落し、祝いの花火が遠くから打ち上げられる夜に、ルシアーヌは控えめに街の喧騒を見下ろしながらつぶやく。
「ふふ、みんな楽しそうね。これで国民の心はひとまず保たれたかしら。……でも、陛下に貸した分はしっかり返していただきますから。利息も、当然、きちんとね」
その穏やかな声音を、そばにいる侍女クラリスや護衛騎士ロイはひやりとした思いで聞く。国民は祝福の酒に酔いしれているが、王家は実質的にルシアーヌの債権者となり、今後も返済のために頭を下げざるを得ない。王宮の人々がどうそれを正当化しようと、真の勝者は公爵令嬢である。
こうして戴冠式は「大成功」として幕を下ろし、国民は歓喜に沸いた。新王セドリックは即位早々、盛大な宴を成し遂げた功績で称賛を浴びるが、その実態はルシアーヌによる大盤振る舞いが背景にある。王家が彼女に対して負った借りは計り知れず、今後の国政においても彼女の存在を無視できないどころか、さらなる優位を与える結果になったのだ。
しかし、祝宴の真っ只中の夜空には、大輪の花火が鮮やかに咲き乱れ、どこからともなく届く人々の歓声が重なり合う。人々は「新しい時代が来た」「国が元気になった」と口々に語り合う。その明るいざわめきの裏で、ルシアーヌは窓際から祝賀の光景を眺め、静かに微笑を浮かべている。もちろん、彼女にとっては「ビジネス」にすぎないのだが、「おめでたい式典が台無しにならず国も潤う」という状況は想定内の利益をもたらしているのだ。
「さて……この先、王家がどう私に返してくれるのか。楽しみにしておきましょうか」
そう心の内でつぶやいたルシアーヌの瞳は、夜空に映る花火を映しながらも、どこか冷静な光を宿していた。国民が大喜びする天上の華やかさとは対照的に、「新王と公爵令嬢」の間で生じたさらなる借りと貸し。王家の屈服はここで終わりではなく、いずれまた大きな転機を呼び込むことになる――。そんな予感を抱かせながら、レグリス王国の夜はいつまでも賑やかな喧騒に包まれ続けるのだった。




