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王太子に捨てられた? ならば、私はこの国の経済を手に入れるだけですわ!  作者: ぱる子


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第15話 戴冠式①

 戴冠式の当日――王都の空はまさに祝祭ムード一色に染まっていた。早朝から町中に飾りが取り付けられ、要所には王家の紋章をあしらった旗が揺れる。メインストリート沿いには多くの市民が集まり、新王の行列を一目見ようと朝早くから場所取りをしている。やがて鐘の音が高らかに響き渡り、王宮前の広場には、貴族や地方領主、国外の使節たちまでも華やかな衣装をまとって続々と詰めかけた。


「こんな盛大な式典、久しぶりですね!」

「ああ、まるで国が(うるお)っているときのようだ……」


 市民の間では、そんな声が飛び交う。王家に資金がないと噂されていたにもかかわらず、実際には細部まで贅を尽くした飾りつけや、膨大な量の花を使った華やかな彩りがそこかしこに施されているからだ。さらに、式典の後に行われる祝宴では豪華な料理や酒が振る舞われるという情報が流れ、期待に胸を躍らせている者も多い。


 実際、この戴冠式の華やかさは、すべてルシアーヌ・ド・ベルヴィルの出資と物流支援によって賄われていた。王宮の周辺に輝くシャンデリアや式典のための特設ステージ、その上を飾る高級織物や生花、祝宴に用意される珍しい食材や香辛料――どれも彼女の流通ルートがなければ、とても用意できる品ではなかった。だが、その事実を知らない一般の市民は、単純に「王家の本気」と受け取って驚嘆し、熱気のなか歓声を上げている。


 やがて大きな太鼓の合図とともに、セドリック王太子の行列が門内から広場へとゆっくり進み出る。何頭もの馬車が連なり、近衛騎兵が道を開く。見物する人々が「殿下、万歳!」と叫び、花びらを投げる中、セドリックは堂々とした姿勢で馬車に乗っていた。華麗な装飾が施された衣装をまとい、一見すると「国を豊かに導く新王」という完璧な姿に見える。だが、その胸には複雑な思いが渦巻いていた。


(これほどの盛大な光景を作れたのは……すべて、ルシアーヌが出資してくれたおかげ。僕が自力で用意したわけではない……)


 セドリックは、国民の歓呼を耳にしながら、内心でそうつぶやく。王家の面子を保つために、彼はこの行列や飾り付けがあたかも自分の功績であるかのように見せかけている。しかし実際には、これほどの設備や物資を揃えられたのはルシアーヌが惜しみなく資金と物流ルートを提供してくれたからだ。それを思うと、彼は一瞬胸に刺すような痛みを感じずにはいられない。


 そして戴冠式の本番。王宮の大広間は豪華絢爛に変貌していた。織物や花々が隙間なく飾られ、高い天井からは無数の光が差し込み、優雅な音楽が宙に溶けている。国中の重臣や外国使節、地方領主らが列席するなか、セドリックが国王の証である王冠を受け取り、即位の宣言をする。人々が拍手喝采で迎えると、遠くまで響く大きな歓呼が城下にも伝わり、王都全体が祝宴に沸き立つのがわかった。


「新王陛下、万歳!」

「王太子殿下――いえ、新王陛下、どうかこの国をお導きください!」


 歓声は絶えることなく続き、数多くの来賓たちは口々に「こんな盛大な戴冠式は初めて見た」「どうやってこれほどの準備を……」と興奮気味に語り合う。王家の者たちも安堵と誇りで胸を張り、さながらかつての威光を取り戻したかのような雰囲気に包まれていた。


 しかし、当のセドリックは――まるで虚勢を張っているような微笑を浮かべつつ、胸の内で「すべてルシアーヌの力があってこそだ」と自覚している。彼は王座に座るときさえ、心の片隅でその名前を思い返していた。


 式典が無事に終わり、広大な宮廷庭園へ移動しての祝宴が始まると、さらに多くの酒と料理が並び、列席者が笑いさざめく。高価な食材を惜しげもなく使った料理に舌鼓を打ち、湧き上がる音楽にダンスを楽しむ者もいれば、商人同士で新王の即位を祝って談笑する者もいる。ぱっと見には、王家の威厳が復活したかのような盛り上がりだ。


 しかし、その華やぎの奥では、誰もが密かに「この資金はどこから出たのか」「どうしてこんな短期間で食材を揃えられたのか」と疑問を抱き、一部の知る者は「ベルヴィル公爵令嬢の助力だ」とささやいていた。王太子が一度婚約破棄したはずの相手が、今さら大金を投じて式典を成功させるとは、異様な光景でもある。


 そして祝宴が盛り上がる中、新たに即位した国王セドリックは、少しの休憩をとるために控室へ足を運んだ。そこには先にルシアーヌが、護衛騎士ロイと侍女クラリスを伴いながら待っていた。豪奢(ごうしゃ)な礼服を着たセドリックは、一瞬言葉を失い、表情に気まずさをにじませる。


「……来てくれたんだな。ありがとう」

「ええ、おめでとうございます、新王陛下。こうして式典が成功し、国民が喜ぶ姿を私も拝見できて嬉しゅうございますわ」


 ルシアーヌは淡々と微笑む。華やかなドレスを身にまといながら、まるで涼しい顔だ。セドリックは意を決したように、周囲をはばからず(ひざまず)くように腰を落として頭を下げた。そこに取り巻きの貴族はいない。護衛騎士や侍女たちが驚くが、ルシアーヌは冷静だ。


「本当に……今回の戴冠式は、君の出資と物流支援がなければ成り立たなかった。最初はプライドが邪魔して素直に頼めなかったが、今となっては君に頭を下げるしかない。ありがとう。そして、かつて婚約を破棄した失礼を、改めて詫びさせてほしい……」


 セドリックの声はかすれ、まるで心底から懺悔をしているかのようだった。ルシアーヌはそんな彼を見下ろして、少しだけ瞳を細める。かつてはこの場面を想像することすらできなかったが、今はむしろ「ビジネス」というかたちで関係を結んでいるのだから、情はほとんどない。

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