第14話 王家の屈服②
「ふふ、いいお返事ね。――そして、最後に。あまりにも私に依存する形で式が執り行われると、王家としても面白くないでしょう? いえいえ、私のほうが面白くないかもしれません。なにしろ、『あの公爵令嬢が全部やってくれたんだ』と世間に思われても、私には利益こそ生まれますが、王家が無能という印象になるのは……国全体としてもよくないと思いません?」
やんわりと「配慮」を示すルシアーヌだが、それを聞いたセドリックは顔を曇らせる。確かに、国民の目からすれば「公爵令嬢に頼りきりの王太子」と映れば不信感を招く可能性がある。しかし、今さら彼女の助力なしに盛大な式典を実現するのは不可能なのだ。取り巻き貴族が隣で小さく唇を噛み、「承知しております……」と答えるしかない。
「では式典が大成功したあかつきには、王太子殿下のもとに集った方々とも、新たなビジネスを円滑に進められるよう、協力体制をきちんと整えていただきます。どちらもウィンウィンですものね。私としては、王家を衰退させたいわけではないので」
「あ……ありがとうございます。助かります……」
セドリックが頭を下げた瞬間、場の空気がいっそう重苦しくなった。もはや完全にルシアーヌのペースだ。しかし、彼女はあくまで優美な所作を崩さず、「あら、大げさね。国を盛り上げるためなら、私も動かないわけには参りませんもの」と上品に微笑む。その姿は一見「慈悲深い協力者」のようにも見えるが、実際はビジネスとしての利益を確実に掌中に収めるという冷徹さが垣間見えていた。
「殿下、式典が近づくにつれ準備は増すばかりでしょう。今のうちに必要リストをすべて洗い出して、こちらへ提出してくださいませ。私のほうで調達経路を手配します。それから、資金の一部は先払いでお貸しする形をとってさしあげます。あとでしっかりと返していただきますわね」
堂々と「利息つきで」とは言わないまでも、その意図は明白だ。セドリックも「わ、わかりました……」とうなずくしかなかった。取り巻きの貴族は全員そろって頭を垂れ、ルシアーヌに礼を述べる。まるで「屈服」という言葉がぴったりな光景だったが、当人たちには反論の術がない。彼女が応じてくれなければ、王家の戴冠式は本当にみすぼらしいものになってしまうのだ。
「ルシアーヌ様、本当にありがとうございます。私たちもこちらの債務をしっかりと返却し、国民の前で恥ずかしくない式典を行います。どうかよろしくお願いいたします……!」
長々と頭を下げる貴族たちの姿は痛々しいほどだ。ルシアーヌはそんな彼らを見下ろすように視線を落とすが、あくまで柔らかな表情を崩さない。
「私にとっても大規模な式典が成功すれば、お金の動きが増え、投資が回収しやすくなりますもの。いえ、国が盛り上がるほど私にも利益があるの。お互い、悪い取り引きではありませんでしょう?」
まるで二人三脚のような持ち上げ方だが、実態は半ば強制された条件を王家サイドがのみ込んだ格好だ。それでも彼女の言うとおり、「戴冠式が失敗するよりはまし」と割り切るしかない。ついにセドリックはゆるゆると顔を上げ、再度小さく礼をする。
「ありがとう。きっと国全体が喜ぶ日になるはずだ……いや、そうしなければならない。おまえ……いえ、貴女の助力を得られるのは心強い」
だが、その言葉もどこか空々しく響く。ルシアーヌ自身は「ふふ、では期待しておりますね」と微笑し、話をまとめる。これで一件落着とはいかないにせよ、とりあえず表向きには「王家の式典準備に協力する」という格好を取ることになったのだ。王太子たちは完全に頭を下げざるを得ず、彼女に屈服する形で交渉が終わる。
こうして、戴冠式に必要な費用と物流をルシアーヌが担うという大盤振る舞いが決定した。しかし、その背景には「しっかりとした見返り」が約束されている。いずれ王家が支払うべき代償は決して小さくない。まさにビジネスとして「公爵令嬢が王家を買い取る」ような構図が、ここに出来上がりつつあった。
当のルシアーヌは、セドリックらが帰った後も淡々と書類を読み返し、必要な諸手配を部下に指示していた。その姿を見て、侍女クラリスが「お嬢様、本当に出資してあげるのですね」と半ば呆れつつ問うと、ルシアーヌは小さく微笑むだけで「国がめでたく発展すれば、私の投資も回収しやすいし、悪くないわ」と涼しい顔で返す。
こうして外見上は「国家に手を差し伸べる慈悲深い公爵令嬢」としての行動を取ることになったが、その裏側では王家がいっそうの負債を抱え込み、さらなる借りをルシアーヌに作る結果となる。戴冠式の華やかさを取り繕う代償が、のちに王家へどれほどの圧迫をもたらすかは未知数だ。だが少なくとも今は、盛大な式典を形にするために、セドリックや取り巻きの貴族がひざまずいて感謝するしかない。
こうして、国全体を二分しかける「王家と公爵令嬢の対立」は、表向きだけ一旦落着し、戴冠式への準備は表面上順調に進み始める。王都の人々は「やはり王太子殿下は何とかしてくれるのだろう」と安堵し、行事の開催を待ちわびる雰囲気に包まれた。しかし、それが「ビジネスとしての冷徹な取引」に基づいた協力であることを、どれほどの者が正確に理解しているのか――それは今のところ定かではなかった。




