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王太子に捨てられた? ならば、私はこの国の経済を手に入れるだけですわ!  作者: ぱる子


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第13話 資金不足の王家②

 しかし、セドリックもわかっている。ルシアーヌがあくまで「合理的にビジネスを拡大した結果」そうなっているだけで、彼女がわざわざ王家の弱点を狙ったわけではない。もっと早く財務や物流を立て直していれば、ここまで追い詰められることはなかったのだ。こうして自責の念を抱えつつも、取り巻きたちが目の前で「このままじゃあ……」と嘆く姿を見るしかない。


「殿下、式典の費用と食材の手配を何とかしないと、いざ戴冠の日が来ても『これだけ?』と(あき)れられかねません。今ならまだ準備期間がありますから、どうにか資金の都合を……」

「わかっている。だが、どこからも追加融資を得られないんだ。どうしても足りないなら……自分の宝石や馬車を売り払うか? いや、たかが知れているし、儀式に必要な道具すらまかなえないだろう」


 頭を抱えるようにして項垂れるセドリック。貴族たちも「そんな縁起でもないことを」と慌てて取りなそうとするが、確かに正論だ。切り売りして得られる金など、盛大な式典に必要な予算のほんの一部でしかない。


 こうした暗い空気が王宮の廊下にも伝染し、従者や侍女たちは頻繁にため息をついている。盛大な行事に向けて衣装や道具を整えるはずが、肝心の資金がなく制作依頼すら出せないとなれば、彼らもやる気を失って当然だ。王家の威厳を象徴する儀式が質素になってしまうかもしれないという悲壮感が、日ごとに広がっていく。


 一方、この動向を察している者がもう一人いた。そう、ベルヴィル公爵令嬢、ルシアーヌである。彼女のもとにも、王家が資金不足で困っているという噂は嫌でも届いていた。


 流通ルートを抑える部下や関係者から、「王宮の料理長がスパイスや高級食材を欲しがっているのに、発注書に具体的な支払い保証の記載がない」「装飾品を納めるはずの工房が、まだ一銭も前金を受け取れていない」といった話が連日のように報告される。どうやら「盛大な式典」を実行するには、あまりに資金が足りないのは確かだ。


「王家も大変ね……。あれだけ追い詰められているのに、まだ形だけは整えようとしている。でも私から見れば、無理して舞台を作ろうとしているだけにしか思えないわ」


 ルシアーヌは公爵家の私室で、ぼんやりと舞踏会用の華やかなドレスが吊るされたままの姿を見やりながら、控えめにつぶやいた。王家の動きに合わせ、社交界の一部はすでに「セドリック即位の華やかさ」に期待していたが、このままでは裏切られた思いをする者も少なくないだろう。


 とはいえ、今のところ、ルシアーヌから助け舟を出すつもりはなかった。あれだけ要請を無視してきた王家が簡単に譲歩するとも思えないし、彼女としては「条件なく手を貸すのは愚か」という一点で迷う余地がない。


「お嬢様、このまま戴冠式当日を迎えるとして、王家が本当に式典を開催できるのかどうか、私も気がかりです。何か大事が起きなければいいのですが……」


 侍女クラリスがそう言うと、ルシアーヌは「大事が起きても、それは彼らが()いた種でしょう」とそっけなく答える。しかし、その横顔にはわずかな陰が差していた。王家が失墜することは国全体の混乱を招き、自分のビジネスも影響を被りかねない。その矛盾した思いを抱えながらも、彼女はまだ自分からは動かず、状況を見守ると決めていた。


 こうして戴冠式の準備は、一向に資金が集まらないまま本格化していく。各部署が催事の企画を立てようとしても、予算枠が限られているため、盛り上げるための大掛かりな演出や華美な衣装は軒並みカットを検討せざるを得なかった。


 王家関係者は結局のところ「もうどうにかするしかない」と気合ばかり空回りし、大商人や工房の主たちは「今回の式はあまり儲からないかも」と冷ややかに距離を置き始める。


 その様子を、一部の貴族は嘆き声と共に「お粗末な式典になるのは必至だ」と大騒ぎし、茶会の席でも苦笑を交えて語り合うようになっていた。中には「王家の式典が貧相になるなんて、生まれて初めて見聞きする」などと無遠慮に笑う者さえいる。


 だが、当のセドリックにとっては笑い事ではない。今さらルシアーヌに頭を下げても、結果は変わらないかもしれない。結婚話は破綻(はたん)し、協力要請もすでに立ち消え。王家自らの力で乗り切らざるを得ないまま、時だけが刻々と過ぎていく。


「こうなったら、当日を迎える前に奇跡でも起きない限り、どうにもならないな……」


 そんな自嘲的な声が王宮の廊下でささやかれるほど、戴冠式に向けた焦りは最高潮に達しつつあった。そして、どこかでその動きを察しているルシアーヌもまた、内心では何がしかの波乱が起きるだろうと予感している。


 だが、今はまだ黙って待つ時。余計な手出しをするより、王家がどう動くのかを見極め、最適なビジネスチャンスを逃さない。それが彼女の揺るぎない基本方針である。


 そうして迎えることになる「戴冠式」の朝――王都の空に鐘が鳴り響くまで、時間はもうそう長くはなかった。いよいよ王家とルシアーヌの運命が大きく交錯する場面が近づいているという噂は、国中を渦巻き始めていた。静かに燃え上がる焦燥と期待のなかで、誰もが最後の切り札を握るか否かに翻弄される。今はまだ、嵐の前の静けさに包まれた王都。だが、その底には確かな不穏と大きな転機の予感が潜んでいるのだった。

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