第11話 再びの求婚①
翌朝、レグリス王国の城下にある高級サロンの一角。そこでは、優雅なティーテーブルを囲む形で、王太子セドリック・レオバーンと数名の取り巻き貴族、そしてルシアーヌ・ド・ベルヴィル公爵令嬢が向かい合っていた。元々は、貴族同士の簡単な情報交換を行う場として準備されたはずが、いつしか「もうひとつの目的」を帯びることになったのだ。
というのも、セドリックが再びルシアーヌに「結婚を前提とした協力」を頼むと宣言したからである。周囲の貴族たちは、もはや他に打つ手がないと悟っていた。公爵令嬢の持つ圧倒的な経済力と情報網を味方につけられれば、窮地に陥った王家を救う糸口になる――それが彼らの唯一の希望だった。
しかし、この提案がうまくいくとは誰も自信を持てなかった。というのも、セドリック自身がかつてルシアーヌとの婚約を一方的に破棄し、大勢の前で彼女を辱しめた張本人だからだ。ルシアーヌがあっさり合意してくれるはずはない。だが、取り巻きたちが焦るまま、セドリックはどこか必死な顔でルシアーヌに言葉を投げかける。
「ルシアーヌ……久しぶりにこうして話すね。急に呼び出して悪かった。しかし、王家が抱える問題を解決するには、君の力がどうしても必要なんだ。あのとき、僕が浅はかだったことは認める。――だから、その……今からでも結婚を再検討してはくれないだろうか」
言葉尻には恥じらいが見える。かつてのセドリックなら、こんなに低姿勢になることは考えられなかっただろう。しかし、ルシアーヌはまるで相手の発言をかすかに聞き流すように、淡々と紅茶をすすっていた。まわりの取り巻きたちは、思わず息を飲む。誰もが、この場で彼女がどう反応するかを注視していた。
「結婚を前提に、ですか。……セドリック殿下、ずいぶんとお気楽なことをおっしゃいますのね」
ルシアーヌは上品に微笑むが、その眼差しはまるで底冷えするよう。一緒にいた侍女クラリスや護衛騎士ロイも、思わず身構えるほどの圧がそこにあった。セドリックは居心地悪そうに視線をそらし、声を落として続ける。
「お気楽……というわけではない。僕も今さら恥を忍んで頼んでいるんだ。君が持つ金融や流通のネットワークを、王家のために役立ててほしい。婚約を復活させることで、君と僕が改めて結束し、国を建て直せるはずだ」
その言い分に、ルシアーヌの唇がわずかに釣り上がる。まるで子どもじみた理屈を聞かされているとでも言いたげな、冷えた笑みだ。取り巻きの貴族たちが嫌な汗をかいているのが遠目にもわかる。
「結束、と言われましても……。殿下が『本当に愛する女性が別にいる』と大勢の前で宣言されたのは、それほど遠い昔ではありませんわ。こんな場所で、いきなり婚姻の話を持ち出されても、冗談としか思えません」
まるで針を刺すように鋭い声が放たれる。セドリックは耐えるように目を閉じ、唇を噛んだ。当時、彼は心から好きになった相手がいるとして、ルシアーヌとの婚約を破棄してしまった。その場面を思い返すだけで、彼女の受けた屈辱や驚きがどれほど大きかったかを痛感している。周囲の貴族も同様だ。だからこそ、一同が頭を下げるしかない状況に追い込まれていた。
「ルシアーヌ様、その……どうか、これ以上の敵対はご容赦願えませんか。私どももかつての非礼を詫びたいと思っております。もう手加減していただけるなら、あらゆる条件をのむつもりで……」
取り巻きの一人が震える声で頭を下げた。別の者も「お力を貸していただければ、殿下も国も大いに助かりますし、あなた様にも何らかの……」と慎重に言葉を選ぶ。しかし、ルシアーヌは眉ひとつ動かさないまま、紅茶を机に置いて表情を崩さなかった。
「手加減、ですか。……それは一体、私のどのような行為に対してお願いしているのでしょう? ビジネス上の話なら、私は常に『公平』に動いています。お宅の銀行が破綻しそうだから手を貸したのも、利益があると判断したから。もしくは流通ルートを抑えたのも、私にとって必要だったから。どれも私情ではなく、合理的な理由で動いているだけですわ」
言いながら、ルシアーヌの声はどこか冷酷ですらあった。しかし、それを言い返せるだけの材料を王太子たちは持ち合わせていない。取り巻きたちがしどろもどろになっているのを尻目に、セドリックは意を決してルシアーヌの手を取り、頭を下げるような素振りを見せた。
「どうか、頼む。僕の過ちを認めるから……いや、王家に力を貸してほしい。経済面で君の後ろ盾がなければ、この国は崩れてしまう。僕たちが国を支えなければならない時に、君の力が絶対に必要なんだ。だから、どうか……」
よほど必死なのだろう。かつては自信家だった王太子が、こんなにも頭を下げる姿など滅多に見られない。しかし、ルシアーヌはそんな彼の姿を冷ややかに見つめ、「面白いわ」と静かにつぶやいた。
「王家を支える? ずいぶん勝手な話ですわね。私が裏で支えて差し上げれば、殿下は『あたかもご自身の力で国を動かしている』かのように見せられるでしょう。でもそれは私にどんなメリットがあるのかしら?」




