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王太子に捨てられた? ならば、私はこの国の経済を手に入れるだけですわ!  作者: ぱる子


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第10話 王太子の焦燥②

 皆も内心では理解している。王家の威光が通じる範囲は、もはや公爵令嬢の握る「金融・流通」のネットワークを前にすれば実質的に(もろ)い。貴族も商人も、利益を求めるなら王家よりルシアーヌに接触したほうが得策だという空気ができつつあるのだ。


「なんとか対抗策を練る必要があります、殿下。このままでは、近い将来、王家の行事すら彼女の許可なしには成立しなくなる恐れも……」

「わかっている。だが、今さら彼女をどうやって押さえつける? 王家の財政も火の車、軍備の予算も危うい。圧力をかける手段が残されていない」


 苛立(いらだ)ちをにじませるセドリックに、取り巻きたちは「何か策を考えなければ」と口々に言いながら、明確な案は示せない。結局のところ、王家が使える資金がなければ、彼女を黙らせるための協力者を増やすこともできず、ましてや軍事力を動員すれば国が動揺するだけだ。


「そういえば、殿下、ベルヴィル公爵令嬢とはかつて婚約関係にあったとか。もしや、今からでも婚姻を再検討するなど……」


 勇み足で口にした貴族の一人は、セドリックの鋭い視線に言葉を詰まらせた。たしかに一部には「王家と再び縁談を組むのがよいのでは」と言う者もいるが、それこそ無茶な発想だ。セドリックは激しい苦笑を漏らし、「馬鹿を言うな。私があの者を一方的に破棄したのだぞ。今さらすり寄ったところで、どの面下げて受け入れてもらえるか」と頭を抱えるように答えた。


 そもそも、ルシアーヌが再度婚姻を求めるはずがない。むしろ、彼女はその破棄をきっかけに力を蓄えてきたようにも思える。王家が経済的に窮地に立たされるなか、公爵家の権勢だけでなく、彼女自身の才覚で周囲を取り込んできたのだから。


「こうなれば、伯爵や他の有力貴族を結集して新たな連合資金を作り、王家に協力するという手は……」

「それも試みたが、どうも(かんば)しくない。既に多くの大貴族や商会は、直接的・間接的に彼女の出資や流通網に頼っている。私たちが呼び掛けても、あまり集まらないんだ」


 セドリックの言葉に、執務室の空気がますます重苦しく沈む。ベルヴィル公爵家の威光だけではなく、実利を伴うビジネスが人々を惹き付けている以上、形だけの王家命令では翻意させられないのが現状だ。エヴラール伯爵家の青年が試しに提案しようとした案も、どれも財源や人脈の問題で頓挫(とんざ)する可能性が高い。


「陛下が退位なさる前に、我々は何としてでもこの王家の窮状を立て直す方策を見つけなければなりません……。もしできなければ、殿下の即位時に国民に失望され、国中が混乱するやもしれませんぞ」


 取り巻きたちが必死に言葉を続けるが、希望は見いだせないままだ。セドリックは目を伏せ、肩を落とすようにしてわずかに首を振った。


「頭ではわかっているが、どう動けばいい? 私が王位を継いだとして、国庫に金がなければ宴を盛大にすることすら難しい。軍備もこのままでは守りが手薄になる。そんな王に、誰が従おうというのだ」


 宰相職に近い立場の人物が「ひとまず税制改革を一気に進めるしか……」と進言するが、すでに遅すぎる。国民から急激に重税を取り立てれば、不満が爆発しかねない。そんな事態になれば、ルシアーヌのような「資本を握る存在」が国民の支持を集めやすくなるだけだ。王家にとって最悪の展開だが、その可能性すら否定できなくなっている。


「バカな……どうしてここまで放置してしまったのか。私も父上も、何をしていたというのだ……」


 絶望じみた嘆息が執務室に満ちたころ、外の廊下から国王レオポルト三世の侍従がやって来て、静かにノックをする。「殿下、陛下が殿下にご面会を希望されております」との連絡だ。セドリックは一瞬顔を曇らせた後、ゆっくりと立ち上がる。


「わかった、すぐに行く。――皆も続けて策を練っていてくれ」


 足早に部屋を出ていく王太子の背中を見送る取り巻きたちの顔には、どうしようもない暗い雰囲気が漂っていた。外からは抜けるように美しい中庭が見えるものの、花々の香りは彼らの胸に届かない。残された貴族たちが口々に小声で話し合う様は、焦燥と落胆、そしてかすかな恐怖が入り混じった混沌そのものだ。


「あの公爵令嬢、いつの間にあそこまで勢力を拡大していたのか……。一部の伯爵家や大商人まで完全に味方につけていると聞く。下手をすれば、私たちは手も足も出ない」

「殿下も悔いておられるが、このままでは王家の権威が空洞化してしまいかねない。もしも国の経済をほとんど動かせる人間が別にいるとなれば、王家は名ばかりになってしまう……」


 誰もが同意するようにうなずき合い、同時に打つ手が見当たらないことで黙り込んだ。こうして王宮内部では暗い危機感が広がる一方、街や港のほうではルシアーヌを中心とした新たな取引や投資が賑やかに進んでいる。もはや王家の焦りとは対照的に、彼女の支配網は確固たる基盤を築きつつあった。


 ――こうして、レオポルト三世の退位を控え、王家にとって最も痛ましい「財政難」という弱点が露呈し始めている。セドリックはギリギリのところで何とかしようともがくが、思いつく案はどれも実行できる保証がない。取り巻き貴族たちがいくら必死に盛り立てようとしても、刻一刻と時は進み、国庫は増えるどころか目減りしていくばかり。やがて迫り来る戴冠の瞬間、王家はこの国をどう守れるのか。絶えず募る不安と苦渋だけが、執務室の空気を暗く染め上げていた。

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