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王太子に捨てられた? ならば、私はこの国の経済を手に入れるだけですわ!  作者: ぱる子


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第9話 華麗なる装い①

 翌日、ベルヴィル公爵家の大きな玄関を出たルシアーヌは、いつもにも増して華やかなドレスをまとっていた。深いローズレッドの布地に、ところどころ黒いレースをあしらったその装いは、まるで夜の薔薇が咲き誇るかのような妖艶さを(かも)し出す。胸元には公爵家を象徴する豪奢(ごうしゃ)なブローチが光り、広がったスカートの裾をなびかせるたびに、周囲の空気まで震えるかのように感じられた。


「うわぁ……今日はいつにも増してド派手な感じですね」


 後ろを歩く護衛騎士ロイが思わずつぶやくと、侍女長クラリスは「静かに」と口元に指を添えて軽くたしなめる。その会話を聞きとがめたわけでもないが、ルシアーヌは振り返りもせず、先に止めてあった馬車へと足を運んだ。乗り込む際の動作一つとっても、まるで舞台に立つ女優のごとく優雅で堂々としている。


「本日は商談と会議が続きますが、先方もなかなか錚々たる顔ぶれのはずですわ。お嬢様、移動中にお召し物が崩れませんよう、細心の注意をいたします」


 クラリスが馬車に乗ったルシアーヌのドレスの裾を整えながら声をかける。ルシアーヌは一瞬だけ視線を向けて、にこりと微笑した。


「ありがとう。せっかく仕立てた特別なドレスですもの。お披露目しないと損でしょう? 大丈夫、私は動きにくいなんて言い訳はしないわ」


 その言葉どおり、ルシアーヌにはこの重く華美な衣装を着ていてもまったく窮屈そうな気配がない。逆に、それを味方につけるかのようにオーラを放っているのが、この公爵令嬢のすごさと言えた。やや引き気味のロイは「相手が胃を痛めないといいんですが」と小声でつぶやき、クラリスも苦笑いで応じる。


 今日の目的地は、王都中央の議事堂に隣接する商務会館。その大広間に、複数の商会関係者や貴族が集まり、事業協力の会合を開くことになっているのだ。ルシアーヌにとっては顔馴染みもいる一方、初対面の人物も少なくない。ここしばらく彼女が金融・卸売分野を席巻している噂は広まっており、参加者には大いに警戒心を抱く者がいると聞く。


 馬車が到着して降り立つと、柔らかな絨毯(じゅうたん)が敷かれた通路の先で、すでに何人かの関係者が出迎えの準備をしていた。だが、その場にいた全員が、まずはルシアーヌの姿に度肝を抜かれる。薔薇を思わせる深紅と黒のドレスが燦然(さんぜん)と映えるのと同時に、彼女が醸し出す圧倒的な雰囲気が距離を超えて伝わってくるのだ。


「こ、これはベルヴィル公爵家のご令嬢……本日はよろしくお願いいたします」


 中年の男性が、気後れした様子で頭を下げる。ルシアーヌは軽く会釈を返し、「ええ、こちらこそ。今日も商売を楽しませてもらうわ」と上品な声で微笑んだ。その瞬間、男性は青ざめたように顔をこわばらせ、周囲の者たちもどことなく息を詰める。彼女が「商売を楽しむ」と言うときは、相手にとっては「容赦なく追及される可能性がある」という噂が広まっていたからである。


「ささ、こちらの会場へ。皆様、もう中でお待ちかと……」


 ぎこちない誘導に応じ、ルシアーヌはロイとクラリスを引き連れて、会場とされる広間へ足を踏み入れた。その姿を見た者たちの視線が一挙に集中するのがわかる。鮮やかなドレスに身を包んだ彼女が、ゆったりと歩くたび、あたかも劇場の幕が開くように空気が一変する。


 豪奢(ごうしゃ)なシャンデリアの明かりがルシアーヌの髪を照らし、レースや宝石がきらめきを増す。まるで王宮の舞踏会か、きらびやかな夜会を思わせる光景でありながら、ここは商務の場。いかにも場違いなまでの優雅さに、出席者の誰もが目を奪われた。


「本日はお集まりいただきありがとうございます。わたくしも色々と拝聴したいと思いますので、よろしくお願いいたしますね」


 ルシアーヌがあいさつする声は柔和だが、その口調には自信と隙のない芯が感じられる。広間に並べられた長テーブルに腰掛けた彼女を中心に、商会や貴族の代表者らが座を埋めていく。やがて会議が始まると、当初は一般的な業績報告や挨拶ばかりが並んでいた。


 しかし、しばらくして、ある大商会の代表が一通りの数字を説明し終えると、ルシアーヌが膝の上に置いていたメモ帳にさらさらとペンを走らせ、口を開いた。


「申し訳ございませんが、一点気になることがありまして。今の報告だと、『前年同期比で利益は横ばい』とおっしゃいましたが、実際には人件費が抑制されている分、もう少し利益率は上がっているはず。もし横ばいという結果が出ているのなら、どこか他の部分でコストが膨らんでいるのではありませんか?」


 瞬間、商会代表の顔色が一気に曇る。その場にいた取り巻きもザワッと動揺し、「あ、あの、いや、その……まだ調整中の数値でして」などと口ごもる。見れば、彼らの資料とルシアーヌの手元の数字では明らかに合計が違っているようだ。


「そうですか、調整中。では、私がざっと試算した値とどこが違うのか教えていただけるかしら? ほら、ここではお見せしづらいなら、あとで個別にでも構いませんのよ」


 上品に微笑みかけながらも、声には鋭さがある。その瞬間、相手側は嫌な汗をかきながら慌てて書類をめくり、「お、おそらく運送費の急激な高騰が原因かと……」などと言い訳を並べ立てる。しかし、ルシアーヌはすぐさま別の書類を取り出してさっと目を通し、「いいえ、昨今の運送費はむしろ下落傾向ですわ。あなたの商会が利用しているルートなら、なおさらですよね?」と切り返した。


 そこまでくると、代表者はもはや言い逃れができなくなる。狙い定めたように繰り出されるルシアーヌの指摘は、深紅のドレスの華やかさとは裏腹に、まるで鋭い一撃を何度も与えるかのようだ。大広間にいる周囲の人間も、このやりとりに息を呑んでいる。


「あ、あの……少し追加の資料を用意しておりますので……」

「そう。ならば、あとでゆっくり見せていただけますわね? ちなみに、このまま正直に修正してくださるなら、私も面倒が少なくて助かります」


 淡々と言い放たれる言葉の裏には、「ごまかしをしないほうが身のため」というニュアンスがひしひしと伝わってくる。相手はひきつった笑顔で「は、はい、もちろんです……」と返事をするしかなかった。周囲の視線が一斉にそちらへ向かう中、ロイとクラリスは「またこれだ……」と、半分感心しながらも心配そうに見守っている。

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