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王太子に捨てられた? ならば、私はこの国の経済を手に入れるだけですわ!  作者: ぱる子


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第7話 取引会議での無双①

 王都の中心部にある大商談ホール――普段は王室関連の行事や、貴族や商人が一堂に会して行われる重要な会合に使われる場所だ。その日、そこにはレグリス王国でも指折りの銀行家や大商会の代表者、そして各地の中小企業の経営者が勢揃いしていた。広いフロアにはびっしりと長テーブルが設えられ、人々が書類を手にざわざわと交わす声が空気を満たしている。あちこちで金銭や取引先についてのささやきが飛び交い、さながら大規模な市場のようにも見えた。


 そんな熱気に包まれた会場の一角。入口近くの豪奢(ごうしゃ)な扉が開き、ひとりの美しい令嬢が姿を現す。身に(まと)ったドレスは白を基調としながらも、さりげないレースと宝石のアクセントが目を引き、その顔立ちは朝露を受けた花のように凛としている。近くに控えていた者が「あれはベルヴィル公爵家の……」と気づいた瞬間、会場にさざ波のようなざわめきが広がった。


 ルシアーヌ・ド・ベルヴィル――先ごろ、王太子との婚約破棄が大きな話題を呼んだ公爵家の令嬢。その後、金融業界や卸業界に猛烈な勢いで手を伸ばし、各地で「ビジネスの女帝」とも噂されるようになった存在である。すでに彼女の一声で市場が動きかねないほどの影響力を持っていると知っている者たちは、自然と居住まいを正した。


 同時に、その後ろに付き従う一名の男性の姿も目を引いた。護衛騎士ロイ・アッシュバーン――颯爽(さっそう)たる甲冑こそ着ていないが、鍛え上げられた身体と鋭い眼差しから「剣の使い手」であることは一目でわかる。とはいえ、そのロイの表情にはやや戸惑いの色が浮かんでいた。まるで「自分が護衛として必要なのだろうか?」とでも言いたげに。


「お嬢様、お席は……あちらにご用意を」


 案内役が緊張した面持ちで声をかける。ルシアーヌは一つうなずき、ホール中央に設けられた長テーブルの端へと歩を進めた。その足取りは軽やかで優雅だが、その背中には不思議な圧力が宿っている。周囲の出席者は思わず道を空けてしまうほどだった。


「今日は各銀行と商会の合同会議と伺っておりますわ。私もぜひ、お話を聞かせていただきたいと思いまして」


 穏やかな口調ながら、その言葉に込められた意味を知る者は少なくない。何しろ、彼女がビジネスの場に顔を出すときは、必ずといっていいほど「何か」が起きるのだ。実際、近頃ではルシアーヌの出資や新たな投資契約にあやかろうと、多くの会社が彼女に取り入ろうと躍起になっていた。一方で、彼女の監査の目が向けば、不正が明るみに出てしまう危険もある。だからこそ、この場の雰囲気はすでに張り詰めたものになりつつあった。


 促されるまま椅子に腰を下ろしたルシアーヌが、隣に積まれた帳簿の山に目を留める。どうやら今日の会議では、各社が持ち寄った決算書や取引記録を用い、今後の資金や流通ルートを再編する議題が中心となるようだった。彼女はさらりと手袋を外すと、早速一冊を手に取ってページをめくり始める。


 最初のうちは当たり障りなく眺めていたが、数ページ進むころには、ルシアーヌの指先がぴたりと止まった。ほんの一瞬、鋭い光が目に宿り、それを見逃さなかったロイが「どうかされましたか?」と小声で尋ねる。すると、ルシアーヌはほんのり笑みを浮かべ、表情を崩さずにページを指でトントンと叩いた。


「会計報告書に、妙な箇所を見つけましたの。――こちらの銀行が提出したものなのですけど……」


 そう言いながら、ルシアーヌはさらりと手を挙げて周囲に声を通す。彼女が動くや否や、そこにいた男たちが緊張の面持ちで集まってきた。中でも、提出した本人と思しき銀行の代表者らしき中年男は、若干の脂汗を浮かべている。


「こ、これは……ベルヴィル公爵家の令嬢ですか? その資料は、まだ正式な監査前の書類でして……」

「ですが、数字は正確に書かれているはずですよね? たとえ監査途中の書類であっても、後になって大きく変わることはないでしょう。なのに、ここを見てください。――この貸付金の回収額と、こちらの経費欄に明記されている金額が矛盾していますわ」


 淡々とページをさすルシアーヌ。彼女の指摘に、銀行代表は口をぱくぱくさせるばかり。慌てて「そ、それは手違いだと思われます! 後で訂正を……」などと言い訳を始めるが、彼女は容赦しない。柔らかな笑みを保ちながら、さらに別のページを開いてみせる。


「手違いにしては大きな額ですね。もしも単純ミスなら、もっと早く気づいて然るべきだったはず。それから、この別口の融資先リストにも抜け落ちた項目があるのですが、ご存じかしら?」


 詰問する彼女の声は優雅そのもの。だが内容は鋭く、まるで獲物を追いつめる猛禽(もうきん)のように着実に矢を放っている。男は必死に弁解しようとするが、ルシアーヌが次から次へと疑問点を指摘してくるため、まったく反論の余地がない。その場の空気がじわじわと冷え込んでいくのがわかる。


 周囲の他の商会代表や銀行家たちも、これはただ事ではないと息をのんで見守る。ルシアーヌが眉ひとつ動かさず、ページをめくるたびに男の顔色が白くなっていくのだから、誰もが「気の毒だが、下手に首を突っ込まないでおこう」と固唾をのんでいた。


 そんな中、護衛騎士ロイは一歩下がった位置からその光景を見守りつつ、小声で嘆息していた。


「……これ、護衛の出番があるのかな。むしろ相手がどんどん戦意喪失していく……」


 何気なく漏らしたその言葉を耳にしたクラリスが、苦笑混じりにロイを見上げる。


「ロイ様、まあ、あの方は放っておいても誰にも負けませんからね。いざというときの万が一の備え、というところでしょう。お気になさらず」

「はあ、もう貴族相手の決闘より、こういう交渉バトルのほうがずっと怖いかもしれないな……」


 ロイは(あき)れたように首を振る。つい先程まで「もし場が混乱しても俺が守るぞ」と気合を入れていたのに、ルシアーヌが相手を追い詰めるスピードが早すぎて、どこから手を貸せばいいのやらわからないのだ。


 その頃、中央テーブルではルシアーヌが帳簿をバタンと閉じて、上品ににこりと微笑むところだった。銀行代表の男は汗だくだが、何とか体裁を保とうと必死に頭を下げている。


「ここまでの説明で、あなたの銀行の不備は明確になりましたわね。あとでこっそり修正するつもりでも、私にバレてしまえば同じことですわ。――ところで、この後、また追加の融資を希望していたのではなくて?」

「そ、その……実は、投資家との会合で話を持ちかける予定でしたが……正直、これほどすぐに不備を指摘されるとは思わず……」

「ならば、私と新たな出資契約を結ぶという手段もありますわよ? ――もちろん、きちんとこの不備を改め、財務状況を透明化することが条件になりますけど」


 言葉は穏やかだが、暗に「私に逆らえば破綻しかねない。受け入れるのなら助けてあげる」というメッセージが込められている。男は青ざめた顔でふらふらと立ち上がると、小声で周囲の部下と相談を始めたが、どう見ても結論は決まっているようなものだった。ルシアーヌの力を知っていれば、下手に反抗すれば一瞬で評判が地に落ちてしまうとわかっているのだ。


「では、あちらの控室で細かい取り決めを話し合いましょう。……皆様、この騒ぎはすぐに収束しますので、安心して続けていてくださいませ」


 ルシアーヌがすっと立ち上がり、書類の一部を取りまとめながら言う。銀行代表は顔を引きつらせながらも「はい……よろしくお願いいたします」と萎縮した声で応じた。まわりの商会代表たちが微妙な表情で一部始終を見守っている様子は、まるで「粛清」を目の当たりにしているかのようでもあった。

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