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王太子に捨てられた? ならば、私はこの国の経済を手に入れるだけですわ!  作者: ぱる子


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第6話 流通ルートの制圧②

 だが同時に、流通経路を確保できるというメリットを無視するわけにもいかない。商売は常にリスクと利益の天秤だ。一度ルシアーヌに協力すれば、確実に金の流れは潤沢(じゅんたく)になるだろうし、王都に安定した販路を持てることも大きい。フレデリックは奥歯を噛むような表情で逡巡(しゅんじゅん)を重ね、最終的には「わかりました」と小さく頭を下げた。


「お引き受けしましょう。私からも取引先の仲間に声をかけてみます。……ただし、あまりにも厳しい条件を押し付けられるなら、こちらも検討し直すかもしれませんが」

「もちろん、その点はわきまえていますわ。私も荒稼ぎをするのが目的ではないの。あくまで『コントロール』が大事なのよ」


 優雅に微笑みながらコントロールと明言したところに、フレデリックは背筋が寒くなるのを感じた。しかし、取引自体は大きなビジネスチャンスでもある。ひとまず彼は工房や中小の商会へ連絡を取ると約束し、午後には詳しい話し合いをセッティングすることになった。


「あぁ、お嬢様の思いどおりですね」


 合間を見て、友人であるアメリア・トレンツが苦笑しながら声をかけてきた。先ほどまで別の布地工房を当たっていたため離れていたのだが、戻ってきてみれば、ルシアーヌはすでに穀物卸ルートを押さえる目途をつけているらしい。アメリアが感嘆交じりに言う。


「本当に、ここまでやるとはね。銀行での買収もそうだけど、食料品の卸経路まで押さえちゃうなんて……この国の主要産業をほぼ手中にする勢いじゃない」

「もっとも効率がいいでしょう? 人は食べ物がなければ生きていけない。衣類にしても、この国の主要な輸出入が関わる大きな市場だわ。ここを抑えれば、どんな貴族も商人も私に頭を下げざるを得ない」


 ルシアーヌは書類に目を落としつつ、さらりと言ってのける。その横顔は凜として美しく、同時に確固たる意思がうかがえる。アメリアは思わず「しびれるわね……」とつぶやき、緊張した顔で笑った。


「ただ、これからもっと交渉が必要になるわ。地方の工房や漁港、林業関係もあるし……全部を一気にまとめるのは大変じゃない?」

「大丈夫。『対価をきちんと提示する』限り、向こうも断る理由がなくなるでしょう。……そうそう、その対価を回収するために、私の後ろ盾になっている銀行や投資会社を活用するの。お金の流れを支配すれば、どんな業者も私を切り離せないわ」


 軽やかな口調で語るが、やっていることはなかなか大胆だ。しかし、彼女が見せる天才的な会計センスや情報収集能力を目の当たりにすれば、誰もが「できそうだ」と思ってしまうだろう。アメリアは改めて「公爵家の令嬢って、普通はこんなことしないわよね……」と苦笑いするが、ルシアーヌは笑顔でスルーしている。


「それより、もうお昼過ぎなのに何も食べていないわ。クラリス、先ほど購入したお菓子は持ってきたかしら?」


 さきほどまでの切れ味鋭い交渉姿勢とは打って変わり、急にお腹を気にし始めるあたりがルシアーヌらしい。クラリスが慌てて小さな袋を取り出すと、「はい、お嬢様。菓子職人が腕によりをかけたパイ菓子と聞いております」と差し出した。


「助かったわ。ビジネスに感情は不要だけど、体力と糖分は大事なのよ」


 言いながら、そのパイ菓子を一口で頬張り、目を閉じて至福の表情を浮かべる。かと思えばすぐにもう一つ手に取ってパクりといき、さらには「これ、美味しいわね。あとでまとめ買いしておきましょうか」などとおかわりに意欲を示す。あの冷徹な交渉の様子を知る者が見れば、「同一人物か?」と思うようなギャップだが、周囲が見ていようとお構いなしだ。


 とはいえ、その無邪気なほどの食べっぷりは、周囲の気持ちをほぐしてしまう愛嬌がある。アメリアやクラリスも(あき)れながら笑い、「お嬢様は食べるときがいちばん幸せそうですね」とあたたかく見守っていた。


 とはいえ、ひとしきり菓子を平らげると、ルシアーヌは再び記帳を始めたり、商人と短い打ち合わせをしたりと、休む間もなく動き回る。まるで甘味を燃料にしているかのごとき精力的な動きだ。昼下がりになる頃には、王都近郊の穀物や食料品、衣料素材の卸し先をほぼ押さえる目途が立った。中には条件が合わず難色を示す商会もあったが、「逃げても構わないのよ? とはいえ、私との取引を断ると、在庫を捌くのに苦労するのでは?」というひと言で、ほとんどが観念したようだ。


「お嬢様、これだけの数の卸ルートを手に入れれば、もうほとんど生活必需品の供給路を抑えたも同然ですね」


 クラリスが書類の束を確認しながら、少々興奮気味に報告する。ルシアーヌは控えめにうなずきながら、淡々とページをめくる。


「ええ、だけど完全じゃないわ。まだ地方にも大きな生産地や工房があるし、保守的な商会は私に警戒している。でも……そのうち私のネットワークが王都を中心に固まれば、自然と向こうからすり寄ってくるでしょう」


 どこまでも合理的な物言いだ。先ほどまでの微笑みや菓子を頬張る様子がウソのように、仕事のスイッチが入った彼女からは隙のない冷静さが漂っている。アメリアはその姿に半ば呆れながらも、「まったく、止まる気がないのね」と肩をすくめた。


「お嬢様、これからどうするんです? もう大方の場所は回ったし、契約も成立しそうですけど」

「そうね、そろそろ帰りましょう。あとは書類上の調整をきちんとやって、私の出資や保証体制をしっかり整えないと。口約束だけでは不安でしょうし、法的な面もケアが必要だもの」


 念入りに準備を怠らないのは、さすがの一言に尽きる。ルシアーヌは最終チェックを終えると、ため息まじりに小さく首を回した。


「それにしても、だいぶ歩き回ったせいで少し疲れたわ。……あら、またお腹が空いてきたような気がするのだけれど?」


 唐突な言葉に、クラリスとアメリアは思わず吹き出す。彼女らは「まったく、どれだけ食べるの」と呆れる一方で、ルシアーヌのその切り替えの早さを微笑ましく感じていた。ビジネスの場では冷酷なほど完璧主義だが、ふとした瞬間に見せる食いしん坊ぶりとのギャップは、逆に彼女を魅力的にも見せている。


「お嬢様は、こんなに食べて少しも体型が崩れないんだから不思議ですね」とクラリスがぽつりと言えば、ルシアーヌは「燃費が悪いのよ、きっと。頭を使うと糖分が欲しくなるんですもの」としれっと返す。アメリアは苦笑いを浮かべ、「実際、すごい数の資料を分析してるものね」と感心していた。


 さて、倉庫街を出る頃には、すでに多くの商人がルシアーヌに一目置き始めていた。「彼女に逆らうと商売が立ち行かなくなるぞ」「協力すれば利益が上がるはずだ」という声があちらこちらから聞こえてくる。中には早速「次の取引を考えたい」と彼女を追いかける人々の姿もあった。


「こうして見ていると、やっぱり『力』がある人に皆が集まるのね」


 馬車に乗り込む直前、アメリアがぼそりとつぶやく。ルシアーヌはわずかに口角を上げ、ゆるやかに首を振った。


「私に力があるんじゃないわ。彼らが『私の提示する条件』に魅力を感じるから集まるの。ビジネスに感情は不要よ。利益になる方を選ぶ、それだけ」


 馬車が発進すると、彼女は窓から遠ざかる倉庫街を眺めながら小さく微笑んだ。まさに、少し前まで「王太子との婚約破棄」で話題をさらったベルヴィル公爵令嬢が、今では国の生命線ともいえる生活必需品の供給路を牛耳る勢いなのだ。彼女の冷静な戦略と、抜きんでた財政センスがある以上、逆らおうとする者はそう多くないだろう。


「あの殿下や貴族たちも、いずれ私に頼らざるを得なくなるわね」


 小さく漏れるその声に、アメリアもクラリスもなんとも言えない期待と不安を覚える。それでも、ルシアーヌの決意は揺るがない。甘いお菓子を好む一面も含め、彼女は「自分の道を突き進む」覚悟をひしひしと見せている。


 夕陽が差し込む城下の通りで、馬車の揺れに合わせてルシアーヌは書類の整理を始める。習慣づいた動きでペンを走らせながら、「これで国の流通を私に逆らえないようにしてやる」と密かに胸の内でささやいた。かつては王太子との婚約破棄で屈辱を味わわされたが、今はもうそんな過去に振り回される彼女ではない。公爵家の力と自らの才能、そして少しの大食いという燃料を活かして、確実に国の経済の喉元を押さえつつあるのだ。


「大丈夫。これから先、もっと面白い展開が待っているわ」


 誰ともなくつぶやいた言葉が、車輪のきしむ音にかき消される。それでも、確かな確信が彼女の瞳には宿っていた。──こうして、ルシアーヌ・ド・ベルヴィルは生活必需品の卸ルートをほぼ手中に収め、ビジネスと食欲の両面で満たされ始めている。王国中の誰もが、もはや彼女を侮ることなどできない。かつて婚約破棄で笑われた彼女は、今や「この国を逆らえないようにする」という大いなる野望を、次々と現実のものにしていた。

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