背〜くらべ
小説投稿サイト『小説家になりお』での活動が5周年を迎えた。
私もお陰様でファンが増え、ランキングでは純文学ジャンルの常連となっている。
今回の新作『どんぐりの血液』でも1位を獲ることができた。しかも2位に大差をつけて。
少女の頃から純文学に親しんできた私だから当然だと思っている。安部公房、大江健三郎、中上健次、川上弘美──海外の文学も現代、古典問わずさまざまなものを読んできた。その上で平易な文章でアクチュアリティのある作品を書ける私様なのだから人気が出て当然だ。
私はランキングを5分眺めた、うっとりと。
1位:『どんぐりの血液』作者 みたま えりこ
2位:『俺はねこ。名前なんてねぇよ、野良猫だ』作者 びっくり屋 さばき
3位:『もう、遅い』作者 三河屋
4位:『動画配信者が醤油に口づけた』作者 ネチネチアルコール
5位:『菊池』作者 ポロン
ポイントを見る。私『みたま えりこ』の『どんぐりの血液』は198pt。2位は58ptだった。
人気ジャンルになれば1位のポイント数は万を超える。それと比べれば198ptなんて高いとはとても言えないが、仕方がない。
純文学は不人気ジャンルなのだ。その中でこのポイント数を稼げる私はじゅうぶん凄いと言えるだろう。
でも……、出来れば1,000は行ってほしいな。
私の最高にポイントのついた作品で830ptほど。
1,000を超えたことは未だなかった。
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【初めての長編連載、はじめます】
そんな活動報告を私が上げると、ファンのひとたちから賑やかなメッセージが寄せられた。
『みたまさんの長編連載? 読みます!』
『今まで短編ばっかりだったから、ぼちぼち長いの来るかなと思ってました』
『5年目にして遂に! めざすは芥川賞ですね!』
持ち上げてくれるみんなのメッセージに私はホクホクとなった。
きっと今まで短編ばかり書いていたからだろう、ポイントがどうしても1,000を超えなかったのは。
長く続けていればどんどん新しいファンにも見つかって、やがては書籍化なんてこともあるかもしれない。書籍化には10万文字必要だと聞いたことがあった。
私はファンに一括で返信した。
『もう8万文字以上書き溜めています。10万文字超えて、完結まで書ききったら投稿開始しますので、お楽しみに!』
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そしてその日がやって来た。
その朝、134,802文字まで書き溜めて完結させたその作品の、第一話を、私はドキドキワクワクしながら手動で投稿した。
タイトルは『ネズミ8号』──ネズミが人間を襲う世界で、ネズミ駆除をやっていた主人公がある日突然ネズミになってしまい、スーパー駆除人である幼なじみの禰子に狙われるが、人間愛をもつネズミであることを認められ、やがては英雄になって行くという、マジック・リアリズムを用いた現代的な純文学だ。どこかで聞いたことがあるようなあらすじだろう。その通り、アルベール・カミュの『ペスト』のパロディーのつもりで書いた。
投稿から1時間経って、私は期待にAカップの胸を膨らませて、作品情報内の『読者の反応』を開いた。
「え……」
思わず落胆の声が漏れた。
10pt──
ブックマーク、なし。
pvは12だった。ユニークユーザー数は2だ。2人しか読んでくれていないということだろう。
「ま……、まぁ……。まだ全23話ぶんの1だし……」
夜になったら次話を投稿する。
そうすれば数字も増えることだろうと思っていた。
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2話目を投稿しても数字はほとんど増えなかった。10ptだったのが22ptに増えただけだ。
プロモーションが足りなかったかと思い、SNSサイトで宣伝をし、3話目を投稿したが、数字がまったく増えない。感想もひとつもつかなかった。
「な……、なんで?」
焦った。ストックの中から1日に5話連続で投稿してみた。しかし数字はピタッと止まったままだった。
「面白いでしょ? ……面白くないの?」
胃がひっくり返りそうな気分に襲われた。ストレスだ!
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ランキングを見た。
ライバルの『びっくり屋 さばき』が新作の短編を投稿し、1位になっていた。ポイントは289pt──
自分の連載作品『ネズミ8号』をランキング内に探した。純文学ジャンルなら低いポイントでも何位かには入っているはずだ。
どこにもなかった。
期間内に1ptも入っていないということだ。
吐瀉物が口の中に向かって上がってくるのを感じた。必死でおさえると、私はライバルの『マイページ』を開く。
『びっくり屋 さばき』も確か長編連載を書いていたはずだ。
あれのポイントはどうなってる?
もし低いのなら、失敗したということだ。連載なんか始めちゃいけなかった、短編をずっと書いていたほうがよかったということだ。
『びっくり屋 さばき』の長編連載『火星人でぇーす』の作品情報ページを開いてみた。
896pt──
「げえぇっ!」
ひどい空嘔に襲われた。
耐えられなかった。私の作品のほうが面白いのに! 絶対に負けてるはずないのに!
「そ……、そうだ……」
私はあることを思いついた。
「あのひとの作品って、ポイントは──?」
それは『じいや ごんた』というペンネームの、私の相互お気に入りユーザーさんの『マイページ』──震える指を動かして、スマートフォンの中、私はそこへ移動した。
『じいや ごんた』は私の好きな小説を書くひとだ。しかし人気はまったくといっていいほど、ない。
交流をしないのだ。相互お気に入りユーザーも非常に少なく、存在を知られてさえいないので、ポイントも低いはずだ。
私はひとつひとつ、彼の作品のポイント数を開いて回った。
26pt──
18pt──
12pt──
思った通り、そんな低い数字が背〜くらべのように並んでいる。試しにユーザー検索で『総合ポイントの高い順』に作品を並べ替えてみると、一番ポイントの高いものでも64ptほどだった。
「あはは……」
私は余裕を取り戻した。
「下を見るとほっとするなぁ」
呟いてから、すぐに思い直した。
数字は確かに私よりも比べものにならないほど低い。しかし──質は?
彼の書く小説を、私は認めていた。
みんなにも読んでほしいと思って、レビューを書いたり、広めようとした。しかし彼の人気はちっとも上がらなかった。大衆の目が曇っているのか、彼の小説が時代を先取りしすぎているのか、それとも私の趣味がおかしいのか──原因がどれなのかはわからなかったが。
エゴサした。
自分の作品を、総合ポイントの高い順に確認した。
831pt──
804pt──
698pt──
「ははは」
思わず声が出た。
「私のだって、背〜くらべじゃん」
退会しようと思った。
60ptも830ptも大して価値として変わりがないように思え、惨めに思えたのだ。何より始めた連載が読まれない、評価されない。あれだけ持ち上げてくれたファンのことを恨みながら、私は退会ボタンを──
その前に──と思った。
『じいや ごんた』に聞いてみたかった。こんな低いポイントで彼はもう8年も『小説家になりお』で書き続けている。どうしてそんなことが出来るのだろう、と。
『お気に入りユーザーの新着作品』の欄を見ると、ちょうど彼が新作の純文学短編を投稿していた。時間が中途半端なのでおそらくは手動投稿だ。彼は今、『小説家になりお』を開いているだろう。
メッセージを送信した。
『こんにちは。みたま えりこ です』
いきなり低ポイントの話をするのは気が引けて、まずは自分の話を、相談の形でもちかけた。
『このたび長編連載を始めました。よろしければ読んでみてくださいね。……あまりにも読まれてないの。ポイントも激低』
するとすぐに返信が来た。
『ごんたです。ちょっと今忙しいのでまだ読めてないですけど、時間が空いたら読ませていただくつもりでいましたよ。
みんな完結してから読もうと思ってくれてるんじゃないでしょうかね。完結させたらきっと人気爆発しますよ』
なんか救われた。
救ってくれたひとに聞くことではないと思えたけど、前々から気になっていたこともあり、続けてメッセージを送った。
『ごんたさんの作品、素晴らしいのに、こう言っては失礼かもしれないけど──ポイント低いですよね? どうして書き続けることが出来てるんですか?』
またすぐに返信が来た。
『ははは……キツいなぁ。確かにめげそうになる時もあるけど、他人の数字と比べないようにしてるんですよ。数字を気にしだしたら病みますからね。そんなこと気にせずに、ただ書きたいものを書いているんです』
尊敬した。
これぞ創作者のあるべき姿だと感動した。
SMAPの『世界で一つだけの花』の歌詞を思い出した。私は『オンリーワン』よりも『ナンバーワン』になりたいひとだが、実際には私と同じぐらいの才能のひとはいくらでもいて、数字で見れば背〜くらべだ。
他人と比べるよりも、自分の書きたいものを、オンリーワンなものを書けばいいんだ。そんな勇気のようなものをもらえた。
『ありがとうございます! 頑張ってください! 応援してます!』
ごんたさんにメッセージを送ると、私はマイペースで自分の作品を書きはじめた。
メッセージが入ってきた。
開くと、ごんたさんの言葉が目に染みた。
『僕も応援していますよ』