Chapter 8 「全てが無価値な世界」
そこはレストランだった。
視線の先では、親子連れが楽しそうに食事をしている。
その右隣には若い男女の二人連れがじゃれ合いながら談笑している。
またその奥の男性は。。。
彼女は気づいた。
第2ビジョンの私にそっくりな少女は
まるでレストランの客たちを観察でもしているかのようだった。
2,30分経った頃、ようやく少女は自分の手元に視線を戻した。
何かドリンクを一口飲んで天井を見上げて溜息をついてから
また店内をただただ見回している。
誰かと待ち合わせている様子もないようだ。
しばらくすると、彼女はいくつかの違和感を覚えた。
だれも会計をしている様子がない。
それどころか、店員がいない。
食べ物や飲み物はフリーなのか、客たちも勝手に食事を楽しんでいる。
そして最大の違和感は客層だった。
客の出入りはそれなりあるのだが、幼い子供と老人がいない。
店の雰囲気はカジュアルな感じなので15,6歳から
4,50代の客しかいないのは、かなり不自然に思えた。
それからさらに4,50分経った頃に
第2ビジョンの少女はレストランを出た。
彼女は前回のことを思い出し
また暗い道に行くのではないかと少し不安だったが
今回はまっすぐ自分の部屋に戻ってくれた。
「家に」ではなく「部屋に」と言ったのは
ここがアパートの1室で少女以外の住人がいそうにないからだ。
部屋はとても狭く、少女が1人で生活しているのは明らかだった。
高校生の一人暮らしとは何か事情がありそうだが
この世界では当たり前なのかもしれない。
帰るとすぐに少女は姿見の前に立った。
だがそこにいたのは少女ではなく20代半ばの大人の女性だった。
「こちらの世界ではあれからもう7,8年が経っているのかな」と彼女は思った。
そして少女、否、女性はまた右手の数字を確認する。
彼女の目に映ったのは100と25。
2つ目の数字はどうやら年齢らしい。
1つ目の数字は何かのPOINTだったと思い出したが
こちらは以前と変わりがなかった。
「POINTをGETする方法!」
おもむろに第2ビジョンの女性が叫んだ。
すると目の前にアナウンサー風の男が現れ話し始めた。
「POINTをGETする方法は単純ではありません。
個体それぞれの考え方や価値観によってさまざまなパターンがあります」
「大体、POINTって何なのよ?」イライラしたように女性が聞き返す。
「POINTを10000貯めると、人生を終える権利が得られます」
「それは分かってるわよ!どうすればPOINTがGET出来るかが知りたいのよ!」
「あなたは今日スタート時の年齢17を、25に進めましたね」
「そうよ。本当は高校生のままで終わりたくって
ここんとこ色々やって試してたんだけど
POINTが100から全然増えないのよ。
それで今朝、年齢を進めればPOINTも増えるかもって
思いついてやってみたんだけど増えてない。どうして?」
「自然に年齢を重ねて行けば、POINTも徐々に増えていきますが
強引に年齢を進めた場合は、進めた時点のPOINTが持ち越されます」
「じゃあ、年とって80歳ぐらいになればPOINTも10000になるの?」
「いいえ。自然に年齢を重ねても10000POINTには到達しません。
なお、年齢の上限は50です」
なるほど。
だからさっきレストランで老人を見かけなかったのか、と彼女は納得した。
「じゃ、いったいどうすれば10000POINTになるのよ!」
「あなたは、今、人生を終わらせたいのですか?」
「さっきからそう言ってるのよ。アンタ、バカなの?」
「残念ながら、現時点のあなたの精神的な成長は100POINTです」
「精神的な成長?何それ。誰が決めるのよ?」
「もちろん、AIです。ココではすべてがAIによって管理されます」
「そんなことは分かってるわよ!」
「分かっていることを質問するのは時間の無駄なのでやめましょう」
第2ビジョンの女性はおどけた感じでこう切り返す。
「わ・か・り・ま・し・たー。どうすりゃ死ねるか、お教えくださいませー」
「人生を終わらせられるのは、その人生に価値を見出せた個体のみです。
自分の人生に満足し一定の精神状態を常に保つことができた個体だけが
その権利を得ます」
「一定の精神状態って、いったいどういう状態よ!」
アナウンサー風の男は、第2ビジョンの女性を無視するかのように続ける。
「そうでない個体は生き続けなければなりませんが
ココでは欲しいものが何でも手に入ります。
但し、物欲が満たされても人生にとっては無価値です。
また健康や安全も保障されていますので
病気や事故などの心配もありません。
但し、そういった平穏な暮らしの中で円滑に人間関係を築き
それによって精神的に満たされたとしてもそれも無価値です。
例えば、あなたが何らかの才能を磨いて
大勢の人を喜ばせることが出来たとしましょう。
その場合ある程度の価値が認められますが
その対価として高揚感や満足感を得た場合には
その行為も無価値と判断されます」
「それじゃ、だれも死ねないってこと?」
「ほとんどの個体は生き続けます。
そのため、個体数の上限も決められています。
最適な人生を送ることが出来ますよう
選択できる年齢は17歳から50歳までの間となっています。
なお、それぞれの個体は自由に年齢を進めることができます。
さらに、自分が好ましいと思う年齢のまま生き続けることも可能です」
アナウンサー風の男は少し間をとってから、こう続ける。
「あなたは若くて健康な体を持ちながら、
どうして今人生を終わらせたいのですか?」
「最初は大人たちに混ざって色々なことやってみて
そこそこ楽しかったんだけど、もう飽きちゃったわ。
一応学校にも通ってはみたけど、何でも手に入るのに
何のために勉強するのか分からなくなったのよ。
それでも何にもしなくても快適に暮らせるから
しばらくはぶらぶらしてたけど、もうそれも限界。
ただ生かされてるみたいで、飽き飽きするわ!
こんな生活もうたくさん!終わらせたいのよ!」
「申し訳ございません。現在のあなたにその権利はありません」
彼女は低い声で「ストップ」と呟いた。
そしてまた、静かに目を閉じゆっくり考え始めた。
AIにすべて無価値と決めつけられて
人生を送り続ける人々に対する感情は特に湧かないが
AIに対しての疑問が彼女の頭の中を支配していた。
AIはどうしてあの世界を管理しているのか?
何か目的があってあのようなルールを作っているのか?
AIは人間社会の管理を任され、人間が最適な人生を送れるように努力し続けた結果
一つの解決できない疑問を持ったのではないか?
「人間の人生はとても短いのに、なぜ物事に価値を求めるのか?」
確かにAIのような永続的な存在にとっては
人間ひとりの人生なんて無価値なものに見えるかもしれない。
人間は欲しいものを手に入れるためには
盗んだり他人を傷つけたりすることもある。
それを繰り返す人間たちを、AIは長年見続けてきた。
そこでAIは、人間の価値ある豊かな人生の手助けとして
何でも手に入る、犯罪の起こり得ない世界を創ってみた。
それでも人間は終わりが近づくと自分の人生に価値を見出そうとする。
人生を振り返って何か自分にとって価値あるものを見つけられたら
幸福な人生であったと自己満足に浸りつつ最期が迎えられるかもしれない。
でもその瞬間全ては消え去り何も残らない。
人間にとって、価値ある人生って何なのだろうか?
終わりある人生に価値など、最初からないのではないか?
何千年に渡って人間を見続けてもAIには理解することが出来ない。
ではこの「終わり」をなくしたら、人間は自分の人生の価値を考えなくなるのか?
人間に「永遠の生命」を与え何でも手に入るようにし
「終わりある人生」そのものを無効化したら
物事に価値を求めることをやめるのか?
そしてそうなったとき初めて
生きることの本当の「価値」を人間は見出せはしないか?
そんな風にAIが考えてあの世界を創り出したとしたら
それは1つの実験、シミュレーション的なものなのかもしれない。
と、ここまで考えて彼女はハッとした。
そういえば、第2ビジョンでは何1つ「感情」が共有出来なかった。
視覚と聴覚の共有によって状況は確認出来たが
主役の女性をはじめ、レストランにも大勢の人がいたのに
「感情」が全く読み取れなかった。
あれは、あの世界は本当にAIが創り出した実験のための社会なのか。
AIが、あの世界で人間の人生の価値の解答を得た時
実際の人間社会にそれを反映させようとしているのかもしれない。
もしも数千年に渡る実験の結果
AIが「人間そのものが無価値である」との結論を得たとしたら
実社会における人間たちをどうするつもりなのか
彼女には知る由もなかった。
彼女は考えることに疲れてしまっていた。
目を開ければまたビジョンへの扉が開いている。
彼女は考えるのを止め、次の新たなビジョンを求めた。