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Chapter 4 「合唱コンクール」

彼女の高校では今月末に恒例となっている校内の合唱コンクールがある。


普段なら遅刻など気にしない彼女が慌てて家を出たのは

合唱コンクールのための希望者による朝練があるからだ。


実は彼女、合唱には特別の思い入れがあった。


彼女は小学校の3年から6年の間合唱部で活動していた。

年に2回の大規模な合唱コンクールのために

小学生ながら放課後残って練習していた。


そのコンクールが行われる会場は有名な歌手なども立つステージだったので

ちょっと特別な気分にもなれた。


小6の時ソプラノのパートリーダーに立候補し

全校生徒の前で発表するオペレッタでは、自ら振付などもした。


現在の彼女は小学生の時の自主性は姿を消し

集団心理を恐れるばかりに事なかれ主義の気の抜けた生徒になっている。


それでも合唱だけは受け身になり切れず、朝練に毎回参加している。


曲はクラス全員で数曲候補を出した中から多数決で選ばれたロシア民謡だった。

男女2部合唱の曲で、単純にハモるだけではなく掛け合いなどもあり

複雑にからみあう男女のメロディパートが気に入っていた。


いつものように教室に向かうと、何やらみんながざわついている。

どうしたのかと思って教室に入ると学級委員の女子生徒が近づいてきた。


「合唱曲、変更になったの。これ、楽譜」

「え?どうして急に?」彼女は尋ねた。


「今の曲、他のクラスもやるみたい。うちを入れて3クラスも。

 で、急遽先生がこの曲を選んでくれたの」

「みんなで決めた曲だし結構まとまってきてるのにもったいないよ」


「でもこれ、先生が選んだ曲なんだよ」


その「先生が選んだ曲」を聞いてみると

もうコンクールまでの日にちも少ないせいか単純な2部合唱曲だった。

確かにこれならコンクールには間に合うだろう。

でも、全員の多数決を先生のツルの一言で変更してしまうとは。


そしてこの校内合唱コンクールには1つのジンクスがあった。

それは音楽教師が担任するクラスが優勝する、というものだ。

彼女のクラスの担任はその音楽教師だった。

だから学級委員の女子生徒の口調から

「先生が選んだ曲に文句でもあるの」といったニュアンスを感じてしまう。


彼女は目立たぬように教室を抜け出して学校を後にした。


家に着くと彼女は自分の部屋に戻りベットに仰向けになった。

両親は共働きのため、遅くまで帰ってこない。

彼女が学校をエスケープして部屋にこもっているなどとは

思いもしないし、おそらく気づきもしないだろう。


ここ数日は合唱の朝練のため、まだ両親が寝ているうちに家を出ていたし

両親とも帰りが遅いときは一人で夕食を取ることもしばしばあった。

子供に無関心というのではないが、彼女ももう高校生なので

両親は信じ切って任せている感じなのだ。


恐らくクラス全員が先生が選んだ曲を練習し、うまくすれば優勝できるだろう。

でも彼女はどうしても納得がいかない。

合唱以外のことならいつも通りの三無主義を通せただろうが

今回はどうしても従う気になれなかった。


中学時代にも孤立感を覚えた事件があった。

彼女の中学は在学中の3年間クラス替えをしない方式を取っていた。

故にクラスメイトとの絆は否が応でも深まるのだが

彼女にとって許しがたいことがクラス内で起こった。


3年間を通してリーダー的存在だった男子が

地域で一番偏差値の高い進学校の受験に失敗してしまった。

その事を契機にクラス内でのその男子に対する対応が

目に見えて変わってしまった。


彼は、成績も常に学年上位の方で行動力もあり人望も厚かった。

クラスに何か問題が起こると、率先して問題解決に乗り出し

持前の明るさでクラスの雰囲気をもとの状態に戻すのが得意だった。


受験に失敗した後でも、変わらぬ笑顔でクラスメートと接していたが

前のような率先して何かを行うようなことはなくなった。


クラスメートの中には「大したことなかったんだね」といった

陰口を叩く者も出てきた。


彼女は、受験に失敗したぐらいでこんなに評価が急変することに

憤りを覚えていた。


ある日の放課後、掃除の時間に彼女は憤りをその場にいる

クラスメートにぶつけた。


大半の生徒は呆れたように本来の作業である掃除を続けていたが

数人の生徒が彼女の熱弁に付き合っていた。


数十分の熱弁の末に、やはり勉強が出来る部類の女子が

にこやかに笑みを浮かべてこう言った。


「でもあの高校、落ちたんだよ」


彼女は絶望した。

自分の説得力のなさもあったかもしれないが

彼女の「思い」は「高い偏差値」に打ち勝てなかった。


一人ベットの中で天井を見つめて彼女は思った。

「多数決の結果なんて信用できないに違いない」


モヤモヤした気持ちのまま気が付くと眠りについていた。

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