素敵な婚約者さん
「どうしました?グレイさん?」
急に黙ってしまったグレイさん。疲れてしまったのか。朝が早かったからサンドイッチが足りなかったのか。
そうだ、バッグの中に確か焼き菓子も入れていたはず。
私がバッグに手を伸ばそうとすると、グレイさんが私の手を握った。
「ミアさん。俺と結婚して下さい」
「ふへ!」
え、なんで!?今?
驚いてしまって、変な声が出て私の顔は真っ赤になってしまった。
グレイさんを見ると、真っすぐに私を見ている。
「前に告白をした時にも言ったけど、俺はミアさんと結婚したいと思ってるんだ。好きだよ、ミアさん、ずっと、ずっと傍にいて欲しい」
「へ、は、う、」
ああ、もう変な声しかでない。そんな私の様子を気にする事もなく、グレイさんは言葉を続けた。
「ねえ、一緒に住もう。俺の家も工房もミアさんの家から少し離れているよね?俺が引っ越していい?」
「え?は?ひ?」
「うん、ミアさんの食べ物屋の横、空き地があるよね。星夜祭の時にお兄さんが言ってたけど、あの空き地に以前小さな小屋があったけど、古くなって大分前に取り壊したって言ってたんだ。食べ物屋含めてあの土地もミアさんの物だから好きに使えばいいのに、って、言ってたんだよ。ねえ、家を建てない?食べ物屋の部屋じゃ二人で住むには狭いと思うんだ」
私は恥ずかしくて下げていた顔をゆっくり上げると目の前にグレイさんの優しい目が合った。今日もフードを被っているグレイさんだけど、私と二人の時は深く隠れる様には被らない。フードの中のグレイさんの顔も寒さだけのせいじゃないように少し赤くなっていた。
照れてる?
グレイさんが?
可愛い。グレイさんが可愛い。
そう思った瞬間。胸がドキドキするのではなく、ぎゅっと掴まれたような感じがした。そうか、私は何度でもグレイさんに恋に落ちるんだ。
私が何か言うのをグレイさんは赤い顔をして、少し不安そうな顔をして待っていた。
グレイさんは私の言葉で笑ったり、不安になったりする。私はいつもグレイさんにドキドキさせられていると思っていたけれど、私の事でグレイさんの表情はこんなに変わるんだ。
そう思うとなんだか少しこそばゆくて、口元がもにゅもにゅしてしまっていた。
「はい」
私がそう言うと、グレイさんはぎゅっと私を抱きしめてから優しく身体を離すと、もう一度くっついて優しいキスをした。
・・・。
・・・。
ふっと目を開けると、優しく微笑むグレイさんの目が合って、恥ずかしくてもう一度目を瞑ろうとしたその時。
「こ、こら、押すなっ」
「あ、もう!」
二人の声と同時に、バキっと音がして、木の上からカオリさんとジンさんが降ってきて、ドシンっという音とトンっという音が響いた。
「・・・・」
びっくりしてグレイさんに抱き着いたままの私をカオリさんは、ひっくり返って倒れたまま「てへへ」と笑って見上げていた。
「グレイ、よかったな」
ジンさんは抱き着いたままの私達に親指を立てて頷いた。
「うん、ジン。で、いつからそこに?」
「ああ、さっきだ。カオリが、木に登って移動するって言うからな。一緒に飛んでいたら、『ミアちゃん達がご飯食べてる!』って言ったんだ。慌てて俺も一緒の枝に移ったら取り込み中だったろ?邪魔しちゃ悪いと下りれなかった」
「そっか。気を使ってくれて有難う」
「いや、婚約パーティーには呼んでくれ。食べ物屋でやるのか?」
「どうかな。ミアさんの家族はキャンベリーに住んでるし、俺の師匠もいるから。でも、こっちでもパーティーは開きたいね」
「いいな。必要な事があったら言ってくれ。手伝おう」
「有難う」
起き上がったカオリさんから、「ミアちゃーん。おめでとー。食べ物屋の横に家建てるなら、食べ物屋は継続だね!ねえジン!大工のザッシュさんにも声掛けとこうよ!」と嬉しそうに言われた。
「ああ、そうだな」
「まだ先の話しだよ」
「いや、話しだけでも通した方がいいでしょ」
「家の間取りなんか相談すればいいんじゃないか」
「ジン、予算が大事だよ。ミアちゃんが借金まみれになったらどうすんの?」
「カオリ、グレイは予算の心配はない。大丈夫だ。一括で払える」
「え、そうなの。グレイ、やるじゃん」
グレイさん達の話しに加わる事もなく、私は顔を抑えていた。
ジンさん達はどこから見ていて、何処から聞いていたのだろう。見られてしまったのか。ああ、多分、ガッツリ見られてる。
「私、帰ります!」
「うん、またねー。ミアちゃん、明日はお弁当宜しくー、あ!ゴールデンベリー!!ミアちゃん!甘い物もね!!!」
「グレイ、またな」
「うん、ジンもカオリさんも、また。ミアさん、待って」
恥ずかしくて急いで私は帰り支度をすませてその場からバタバタと逃げるように森の出口を目指した。グレイさんは私に追いつくと私の荷物を持って、手を繋いできた。
「ミアさん、一緒に帰ろう」
「グレイさん」
きゅっと手を握り返すと、グレイさんの手は手袋越しでも暖かいのが伝わってきた。
「ミアさん、有難う」
「・・・。はい、グレイさん、私も、グレイさんが、好きデスヨ」
「・・・。今、キスしたらダメだよね?」
「今はダメです!」
赤くなった顔が落ち着いた頃に私達がギルドに戻るとギルドの受付で「ご婚約、おめでとうございます」と言われ、また顔が赤くなってしまった。
ギルドの中にいた人から口笛を鳴らされ、手を叩かれた。もう皆知っている。冒険者の情報網が凄すぎる。
「有難うございます・・・」
「ははは」
私は赤い顔でお礼を言うと、フードの奥で笑っているグレイさんの手を引っ張って急いで店へと戻っていった。
店に戻り、パタンとドアを閉め「あー、もう!」と顔を抑えていると、グレイさんがふわっと抱き着いてきた。
「ミアさん。笑ってごめん、嬉しくて。ミアさんとすぐにでも一緒に住みたいけど、お兄さん達の許可がいるよね」
「あー、うーん、どうでしょう?グレイさんの事は紹介していますから。それに私も成人していますし」
「うん、でも、ちゃんと報告しておかないと、また、大変な事になるよ?」
グレイさんの言葉に「確かに」と、私は頷くと、兄達に連絡をする事を決めた。
「明日は、お店、開けなきゃですね。皆に色々言われるんだろうな、もう、皆知ってるんだろうな」
「うん。そうだね。カオリさんからギルドへ、ギルドから市場へ市場から街中へだね」
「はああああ。凄い。冒険者って凄い」
「ははは。俺も明日、一緒にいていい?」
「え、はい」
「ミアさん、疲れてない?」
「はい、身体は疲れてないのですけど、なんだか、ふわふわしています。ゴールデンベリー、ちゃんと採れて嬉しかったのに、なんだか全部吹っ飛んじゃいました」
「ははは。俺も。ミアさん、俺、明日も急ぎの仕事が無いんだ。だからまた、店を手伝うよ」
「いいんですか?明日も忙しいでしょうから、嬉しいです。ゴールデンベリーのタルトを作りましょう」
「うん、じゃあ、今日も泊まっていい?」
「はい。え?」
「あと、今はキスいいよね?」
「!」
ゆっくりと抱きしめられて、私が目を瞑るとグレイさんが少し笑ったのが聞こえた。
その後、グレイさんとの婚約の報告を兄様達に送ると、「婚約パーティーはするのか」とか、「王都でドレスは選ぶわよね?」とか、もう沢山電報蝶が飛んで来たのだけれど、私達はドアをしっかり閉めていたので、返事を送ったのは次の日になったのだった。
第三章はこれまでです。
お付き合い下さり有難うございます。