ドキドキのお泊りのハズ
グレイさんは大きなリュックを一つ持って泊まりに来た。
「おはようございます、グレイさん」
「おはよう、ミアさん、今日は宜しくね。お客さん、多いね」
昨日はグレイさんが帰った後、急いで水回りの掃除を念入りにした。トイレや洗面やシャワー室も。
新しいシーツを出して、客間の準備をしていると深夜を周っている事に気付いて急いで寝たのだけど、朝早くに目が覚めて、お店の準備をしながらも、いつも以上に外を眺めてグレイさんがいつ来るのかと、ソワソワしてしまった。
「は、はい、明日休みという事で、明日の分も買ってくれる方が来てくれています。グレイさん、散らかって、ますが、奥に、荷物をドウゾ」
なんだか凄く緊張してしまって、最後の方は片言になってしまった。目を合わせるのも恥ずかしいけれど、お客さん達の視線も煩い。
「奥だね。散らかってないよ。ミアさん、お店、手伝おうか?」
グレイさんが店に来たのはいつもの時間よりも少し早いくらいだったけれど、お客さんがいつもより多かったので、汚れたお皿を下げてくれたり、洗い物を引き受けてくれたおかげで、大忙しだと思っていた店はスムーズに回っていた。
「ミアちゃーん、お弁当、追加いい?」
「はーい。ポポンさん、幾つですか?」
「三つ」
「ミアちゃん、こっちも夜に焼き菓子と弁当、二つ取りに来てもいいか?」
「はーいガンドさん。二つですね。スコーン、フルーツケーキにクッキー、今日は多めに色々焼くから大丈夫ですよ」
「お。いいね」
お客さんはひっきり無しにやってくる。店を休むことを事前に知らせていたので、大量の焼き菓子や、お弁当の注文が入っていた。
オーブンを常に使いっぱなしで、どんどんお菓子を焼いたのに殆どが売り切れて、大量のスープが空になった所でやっと店を閉める事ができた。いつもよりも店は二時間オーバーの閉店時間で、片付けを簡単に済ませた時には私はもう、半分目が瞑ってしまっていた。
コクリ、コクリとしながらも火の始末をし終わると、グレイさんから何か話し掛けられながら、手を引かれ顔を洗い、歯磨きをし、そして、グレイさんにベッドに運ばれて寝た。
そして朝。私は、いつもの通り朝早く目が覚めた。
夢も見ずにぐっすり寝たおかげですっきりと目が覚めた。しかもいつもよりベッドの中がほかほかしている。
ほかほか?あれ?なんだかおかしいぞ。うん?と思いながら体を起こそうとすると、後ろからがしっと抱きしめられていた。
え?と思いながら、そーっと、首をゆっくりと後ろに回そうとすると、頬にちゅっとキスをされて、かすれた声が耳元でささやかれた。
「起きた?ミアさん、おはよう」
「!!!!!!」
ぷしゅーっと頭から湯気が出るかと思った。「ふうん」と吐かれた息が耳に当たって、ゾワゾワする。
「お、お、お」
おはようと言いたかったけれど、なんで一緒のベッドなの?とか、私、お客さん用のベッドの準備をしていたよね?とか。新しいシーツは?とか。
私、シャワー浴びてない。臭くない?とか、それはそれは頭の中がぐるんぐるんと駆け巡り、結局出て来た音は「お」。
「もう、時間かな?」
私を抱きしめ直すと、「ミアさん、温かいね」といって、グレイさんは笑った。
「じ、じ、じ」
そうね、もう時間かも、と言いたかったけれど、グレイさんがしゃべるたびに耳に息がかかるし、なんだかこそばくって、身体中のゾワゾワが止まらない。
「じ?ああ、時間?起きなきゃだめかなあ。ミアさんと一緒に暮らしたら、俺、朝起きるの嫌になるかも。こうやって、ずっとダラダラしたくなってしまうな」
優しいけど、ちょっと強く、私をぎゅーっと抱きしめると、「ね?」とグレイさんが聞いてきたので、頷いたら、「だよね」と首筋にちゅっとキスをされて「ひゃああ!!!」と声が出てグレイさんを跳ね飛ばして起きてしまった。
「ごめんね?ミアさん」
「・・・」
「でも、またすると思う。だから慣れてくれると嬉しい」
「・・・」
「いきなりしたのは悪かったけど、俺はまたしたい」
グレイさんを跳ね飛ばすというか、蹴り飛ばしてベッドから飛び起き、洗面に逃げて顔を洗って、急いで、身繕いをして、二人分のお弁当をリュックに詰めていると、グレイさんがキッチンにやって来て、後ろから抱きつかれながら、謝られた。
謝られたけれど、グレイさんは、「またする宣言」をしているのだ。という事は、どういうことなのか?悪いと思ってるのは、いきなりした事。という事は、今後は、宣言されてされるという事なの?
「・・・」
私も怒っている訳では無い。
ただ、私はグレイさんと寝ている事も知らなかったのだ。だから、寝ている間の自分が気になってしまう。寝言言わなかったかな、とか、寝相ひどくなかったのかな、とか、よだれとか垂らして寝てなかったのかな、とか、考えれば考える程恥ずかしいのだ。
それなのに、グレイさんは普通にキスをしてくるから、もう私だけ恥ずかしいのも余計恥ずかしくてどうしていいのか分からなくなってしまうのだ。
朝起きて、フードに隠れていない、寝ぼけた顔のグレイさんも凄く恰好良かったし。そう思うと、また恥ずかしくなってしまう。
「あ!!」
思いついてしまって思わず、声が出てしまった。
「なに?ミアさん?」
グレイさんに聞かれたけど、私は急いで手で口を押えた。
グレイさんはすごく普通だった。私と一緒に寝ていたのに、驚いた様子もなく普通に話していた。
もしかして・・・。グレイさんはこういうことに慣れているのでは。
私は初めてばかりで一杯一杯になってしまっているけれど、グレイさんは実は色々慣れていて、それで恥ずかしくもなんともないのでは。
誰と慣れたの?グレイさんと出会う前の事は私は何も知らない。グレイさんもキャンベリーにいたという事は知っているけど、グレイさんの過去を私は知らないのだ。
ちょっとモヤモヤしてしまう。
「ミアさん?」
はっと、我に返って、グレイさんの方を向き直った。
「グレイさん、蹴とばして、ごめんなさい」
「ううん、俺こそ、ごめんね。ミアさんと一緒にいると、なんだか色々おかしくなっちゃうんだ。すごく楽しくて、ミアさんが困っているのも分かるんだけど」
「おかしくなるのは私だと思います。私ばかり恥ずかしいみたい。グレイさんはそんな事ないのに」
「え?ああ、確かに恥ずかしくはないかも。それよりも、ミアさんと一緒にいたいって気持ちが勝つのかな」
「私だって、一緒に、いたいと、思いマスヨ」
私が顔を赤くして準備をしていると、グレイさんが「もう、本当、可愛い。南の森に行きたくないけど、行かなきゃだよね」といいながら、準備を手伝ってくれた。