不審者さんの付き添い
「いらっしゃ」
慌てて入って来たグレイさんは皆がいるのに、むぎゅっと私に抱き着いてきた。
「ミアさん、危ない事はしないで」
「ぷっは。グレイさん!!あの!皆が見てますから!!」
「いいから!何で冒険者に?ミアさん何か困っているの?何?お金?いくら?欲しい物があるの?」
私がグレイさんの胸から抜け出す様に、グレイさんの胸に手を置いて目を合わせると、私もフードの中に隠れそうになった。
なんだか凄く恥ずかしい。
周りからは私達二人がグレイさんのフードの中に入っているみたいに見えるのだろう。
周りが静かなのも気になってしまう。皆、きっと私達をニヤニヤしながら見ているはず。
「私は冒険者にはなりません。採取で南の森に行くだけです」
「南の森に採取?ミアさんが?何故?」
「採取依頼を一つこなして、ゴールデンベリーを探しに行くんです。他にも採れれば色々採取したいとは思ってますけど」
「店を休むの?俺が買うじゃダメ?」
「まだ誰も見つけてないので買えませんよ」
話しているのに、グレイさんはずっと私を抱きしめて離してくれない。
「森にも久しぶりに行きたいなって思って」
「いつ?」
「明後日の朝から」
「分かった。俺も行く」
グレイさんは食い気味に返事をすると、やっと私を離して椅子に座った。
「冬の町の外は危ないよ。魔物が少なくなっていても、危険な事は変わりないし。襲ってくる魔物はかえって凶暴だからね」
グレイさんがマフラーを外して椅子に掛けると、お客さんもグレイさんの言葉に頷いた。
「ミアちゃん、グレイと一緒が安全だ。ソロ冒険者は上級でも危険だ」
やっぱり皆、しっかり話を聞いている。
「でも、南の森ですよ?」
「ミアちゃん、街のすぐ側で魔物の毒で大怪我を負って運ばれた奴を見た事がある。近くて助かったが、外はそれくらい危険なんだ。それに魔物だけじゃない。くぼみに足を取られてくじく事もあるだろ。グレイがいればおぶって貰えるからな。グレイの言う通り着いて来て貰ってなよ」
確かにそうかしら。
私がグレイさんを見るとグレイさんはうんうん、と頷いていた。
「グレイさんお仕事は?」
「ミアさんより大切な仕事なんてないよ」
グレイさんがそういうと、お客さんがピーっと口笛を吹いた。
「もう!からかわないで下さい!お弁当作りませんよ!」
私がそう言ってキッチンに入ると、お客さん達が、「ミアちゃんごめんよー。持ち帰りの注文いいかい?」と言う笑い声と、グレイさんに話し掛ける声が聞こえた。
私は両手で頬を抑えると、グレイさんの夕食と、お客さんのお茶やタルトを準備した。
*****
お客さんも帰り、グレイさんと私だけになると、グレイさんは表の札をクローズにして、後片付けをしている私を後ろから抱きしめてきた。
「ミアさん、森には一人で行きたかった?着いて行ったら迷惑だったかな。でも」
「いいえ。特別に一人で行きたかったとかではなくて。私も、今夜グレイさんに言うつもりだったんですよ?ただ、ああやって皆の前だと、恥ずかしくて」
「ごめん。でも、俺、心配で。ミアさん、俺と二人きりだと恥ずかしくないって事でいい?」
グレイさんはそう言うと、手袋を外してするっと私の指先を撫でて、ゆっくりと手を握った。グレイさんの手は少し硬い部分があって、左手には火傷の跡があり、指先がオイルで汚れたりしている。
その手を逞しいとか、格好良いと私は思う。
「ミアさん?」
するりと私の手を撫でた後、グレイさんはくるりと私を自分の方へ向かせると反対の手で、私の頬に手を伸ばした。
じっと見つめられると、凄くドキドキしてしまう。触られた手から私のドキドキが伝わったら恥ずかしいと思いながら、ぎゅっと手を握った。
「私、ギルドで採取依頼を受けたのですけど、グレイさんと一緒に行くならパーティー申請しないとダメとかありますか?」
「いいや。俺、冒険者登録していないから関係ないよ。俺はタダの付き添い。それにしても、ミアさん、冒険者登録していたんだね」
「キャンベリーからメルポリに来る時に兄達から登録するように言われたんです。ギルドに行けば、緊急連絡があるでしょう?身分証にもなりますし。商業ギルドに登録する時も冒険者ギルドに登録しておけば、手間が省けた所があって」
「成程ね」
「急に南の森に行く準備、大丈夫ですか?私、薬は今日予備に沢山買いましたけど」
「大丈夫。魔道具があるから。ミアさんは暖かい恰好していて。明後日は何時に出るの?」
「早めに門番さんの交代の頃に出ようかと」
グレイさんは私の頬を撫でると、唇をすっと撫でた。グレイさんが撫でて行くところがドキドキしてしまう。
「朝早いね」
「色々採取したいですし、お店は中々休めないでしょう?次の日の準備もしないといけないですから、早く帰って夜に仕込みもしないといけません」
「そっか。じゃあ、明日、俺、泊まっていいかな?」
「え?」
ボンっと真っ赤になった私を見てグレイさんは優しく笑った。
「ミアさんが嫌な事はしないよ。ミアさんがいいなら俺は嬉しいけど」
「・・・嫌なわけじゃ。でも、あの、ええ・・・・」
星夜祭の時もグレイさんは泊まったけど、あの時は兄様や姉様達がいて、皆でワーワーキャーキャー言っていたので、グレイさんが泊まっても何も思わなかった。
でも、今度は二人きり。
こういう時はなんて返事をしたらいいの?
はい、喜んで?
嬉しい?
ちょっと待って?
心の準備が。
グルグル頭の中で考えていると目が回りそうになってしまう。
そんな私の様子を「ぷはっ」とグレイさんが笑って、私の頬をむぎゅっと両手で包んだ。
「ミアさん、大丈夫。俺はミアさんの事、大好きだけど、ミアさんを困らせたくないんだ。朝早く出るなら前の日に泊まった方がいいと思っただけだから。準備も一緒に出来るしね」
「は、はい」
コクコクと私が頷くと、グレイさんはさらに私の頬をぷにぷにと触っていた。
「ああ、ミアさんの頬は気持ちいいね。ずっと触れていたいよ。自分がこんな風にべたべたする男だと思わなかった。街中でくっついているカップル見ると、バカだなと思っていたのに。俺もバカだったみたい」
真っ赤になった私の頬にグレイさんはちゅっと優しくキスをした。
「ミアさん、ずっとそばにいたいんだ。でも、ミアさんが嫌がる事はしたくない」
「グレイさん」
「ミアさんが、いい、と思うタイミングでいいんだ。そりゃ、俺はいつでも、いい、なんだけどね」
グレイさんは笑ってちゅっと今度は唇にキスをして、またボンっと真っ赤になった私を見て「ミアさん可愛い」とグレイさんは笑った。