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迎豪賛歌〈小説版〉

作者: 秋月 榎莫

2024年8月5日にniconicoの「ぼかえり2024夏」にて投稿される楽曲、「迎豪賛歌」の小説版になります。音楽と共にお楽しみください。


――異業譚「神風」より



嗣架〈シニカ〉とは、()の天橋立に己が力を以て橋を架け渡したものに受け継がれる栄光を指す。



挿絵(By みてみん)


赤い月が堕ちる夜。


万物が寝静まるその刻、烏は鳴いた。


「風神、もうじき奴が来る」


「オーケー、案内ご苦労」


緑の衣を纏った彼女――風神はとある崖の端に立ち、刀を傍らに突き立てた。


烏は最後に彼女の肩に乗った。


「楽しかったぞ、友よ」


「うん。わかってる通り、あたしはもう帰ってこないだろう。嗣架を取って大御神(おおみかみ)になるか、地に伏して倒れるか。……どちらにしろ烏天狗の名を知らしめてやるから観ていて」


「ああ、それじゃあな」



対岸に人影が現れたのを確認して烏は彼女に頬ずりをしてから飛び立った。





『半径20m以内に生命体を確認。マスターのバイタル、正常。ナビゲーションの準備は済んでいます。雷神、最期まであなたと共に』


空中に浮いているモニターに現われた文字は無機質さがありながらも、そこに存在を感じるほど優しかった。


「ありがとう、CR-トール。君がいてくれて助かる。……勝ちに行こう。そして嗣架を我らの手に」


『マスターのバイタルサインとデバイスの自爆システムを連携。あなたの死は、僕の死だ』


「了解」


そして灰色のロングコートを翻し、ザリッと音を立てて地を踏みしめて崖の手前で立ち止まる。


「また機械とおしゃべりしてるの?」


対岸からそんな声が聞こえた。


「聞き捨てならないな。たとえ電子でも、彼は生きている。ただの機械と一緒にしないでくれ」


雷神はそう言いながら宙に浮かぶひとつのモニターのとあるボタンをスワイプすると、彼女を中心にしていくつものモニターが展開されて様々なデータやグラフが動き出す。


「そして私が彼の心臓だ」


「友を逃がすことと道連れにすること、どちらが真の友情だろうね。まぁ、好きにしてよ」


風神の言葉で会話が一度途切れ、それぞれが刀を構えた。


雷神は風神を見据える。


「……ついにこの日が来たか」


「今日こそ決着をつけてやる」


「覚悟しろ」



そして互いに踏み込んだ。



「いざ参る」





月の明かりが消えつつある闇夜の中をいくつもの刀と刀がぶつかる音が響く。


互いは息をつく暇もなく争い続け、闘いのフィールドは崖のある水面から森へと移っていった。



『マスターの激しい呼吸の乱れを確認。このままでは劣勢のパーセンテージが増加します、距離を取ってください!』


「くっ!」



モニターから発せられる言葉を聞いて雷神は大きく相手と距離をとる。



「っと。……長らく戦ってみて思うよ、あんたは良いライバルだって!」


風神は肩で息をしながらうっすらかいた額の汗を拭った。


雷神も首元の汗を拭う。


「それは光栄だな。まだまだ行くぞ!」



『待って!』



突如挟まれた電子音に両者は目を見開いた。


そして雷神のモニターに現われるWARNINGの文字と警告音。


森で息をひそめていた鳥たちも一斉に空へ逃げていく。



「鳥が……、なに、『あれが目覚めた』って……」


風神は騒ぎ出す鳥たちからそのメッセージだけ聞き取る。



『雷神、遠くから急速に近づく謎の生命体を確認』


「謎の生命体……? 強さは?」


『強さは未知数。生命体の解析まであと数秒を要します』



風神は何かを思い出してハッとした。



「赤い月が堕ちる夜。星が一億海に溶けし頃、災いはその身に肉を宿し再び大地にも流転する……その災いの名は……」


『解析完了!その生命体の名は、……ヤマタノオロチ!』



電子音と風神が発したその名に反応するように、大地を揺るがす凄まじい咆哮が轟いた。


神も嗣架も塵に帰すことなど造作ないという迫力。


「何たる力……! 雷神、一時休戦だ!」


風神の声に雷神はうなずき、刀を迫りくる八つの龍の頭へと向ける。



宿敵との闘いはこの邪魔者を倒してから。……そう、思っていた。





「ぐあっ!」


緑の宿敵の悲痛な声が耳を刺す。


体の至る所が、痛い。


冷汗が背を伝い、危機的状況に心臓が早鐘を打つ。


「大丈夫か、風神!」


「くっ……なんとか」


『……風神の出血を確認』


「うるさい、機械は黙って! あたしはまだやれる……」


そう口では言う風神だが、体はふらつき、膝から崩れ落ちる。


雷神は奥歯を嚙み締めた。


もう、これしか方法はない。


「ここで野垂れ死んだら、仲間に見せる顔が無いだろう」


「……っ」


そして雷神は宿敵に手を差し伸べた。


「協力しないか、我らの闘いのために」


その手を見つめた風神は無駄なプライドを捨てるかのようにうつむき、諦めた笑みを浮かべた。


「ここで死んだら、元も子もない……か。わかった」


そして両者は、手を取り合いもう一度災いへと向き直す。


我らの畏怖と尊厳を取り戻す、そのために。





しかし状況はそう簡単に変わりはしなかった。


否、むしろより劣勢に立たされていると言っても過言ではない。


風神は地に堕ち、雷神は宙に吹き飛ばされる。


「く……」


動け、全身。


そう思っても風神の体は悲鳴を上げるだけで、拳を悔しそうに握る力しか残っていない。


吹き飛ばされた雷神はなんとか受け身をとるものの、こちらも体力はそう残っておらず刀を支えに膝をつく他なかった。


『雷神、気を確かに!』


モニター内の雷神と風神の体力のゲージはもうわずかしかなかった。


くそ、ここまでなのか……?



すると、倒れている風神と目があった。



……いや、まだだ。



この身が朽ちても、仕留める。



奴だけは。



そう思った次の瞬間、風神は緑の、雷神は灰色の光が目に宿った。


『双方の急激な体力の回復を確認! そして……雷神、左にある祠を見てください!』


ゆらりと二人が立ち上がりながら、今まで気づきもしなかった祠の存在に目を向けると大剣を手にした男のような人影がオーラを纏いながら浮いており、そのまま吸い込まれるように両者の刀に宿った。



≪汝らの真の力を引き出そう≫



それはその場一帯に響いたのか、体の中から聞こえたかは定かではない。


しかし、その声を聞くと体の隅々を一層強いエネルギーが巡っていくような感覚を覚えた。



これならいける、そう確信した二人はうなずきあって地面を蹴り上げた。



風神は刀を振りかざしながら叫ぶ。


「我鳴れ、共鳴!」


刀の周りを強大な風がうねりをあげながら集まり、ヤマタノオロチへ目がける。



続いて雷神が、


「唸れ、雷鳴!」


そう叫びながら刀を振るうと空から伸びた無数の雷が風神の発する波動に絡まり、一層威力を跳ね上げた。



そして災いと二人の神の姿を、白い光が包み込む――。





柔らかな光が、瞼の外から差し込んだ。



「……?」



二人は同時に目が覚め、いつの間にか倒れていた体をゆっくり起こす。


全身にのしかかるような疲労感がすごかったが、目をしっかり開けたその時体の重みはフッと消えた。



朝日だ。



水平線から朝日が見える。


どこにもあの邪悪な災いの姿は無い。


あたりは折れた木や崩れた岩などが朝露で輝きながら静かに二人を囲んでいる。



『バイタル、安定。目が覚めましたか? おめでとうございます、あなたたちの勝利です』



勝利。



電子音の言葉を聞いて、徐々に現実感がわいてきた。



「勝った、か。そうか……」



雷神がつぶやくと、遠くの空から烏の群れが飛んできた。



「みんな!」



そう叫ぶ風神の声は明るかった。



烏と戯れる緑の宿敵を優しいまなざしで見つめながら、灰色の神は傍らのモニターに向かってぽつりとつぶやく。



「なぁトール、嗣架を得られるのは二人でもいいかな」



その言葉に烏も風神もハッとした。



『そうですね。今の天橋立を見たら、そうあるべきな気がします』



烏たちも声をそろえる。



「風神が木々を、雷神が岩々を、か」



その視線の先では、けして綺麗ではないが確かに残骸が橋のように大地と大地の間に架けられていた。



「雷神」



立ち上がった風神が雷神のもとに歩み寄って手を差し伸べる。



「さっきはありがとう。あたしに協力を申し出てくれて」



二人は微笑みあう。



「あぁ。その、決着の話なんだが……闘いは無しにしないか」


「もとよりそのつもりだった。これからは、共に征こう」



そして互いに手を握り合った。



澄み渡った水面を照らし出す朝日と、爽やかな風が舞う。



……新たな物語の幕開けを祝福するかのように。




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