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7/12

聖剣とその生態についての記録 睡眠と起床編

 埃っぽい空気が沈殿するように体を包む。

その空気が孕んだ熱が、汗ばんだ体にまとわりついた。


 小さな窓しかない独房には陽の光があまり差し込まない。

だから朝の訪れを気温の変化で感じることになる。


 季節はまだ初夏だが、温暖化進行中の地球は加減を知らない。

出し惜しみをしないのは大変結構だが、できればそういった熱意は人類にとって快適な方向で発揮してもらいたいものだ。


 寝起きのぼやけた頭でもはっきりと覚えている。

昨晩の出来事。

あまりにも現実離れしすぎていて、朝目が覚めたら「夢だったのではないか」なんて思うかもしれないと考えていたのだがそんなことはなかった。


 というか、正直まともに寝られなかった。

熱を持った瞼は重く、顔の筋肉の動かし方を忘れてしまったのではと思うくらいに思い通りに開いてくれない。

そんな浅い眠りのせいで、今日のこの朝が昨晩と地続きなのだ。

だから昨日のことを夢だなどと思えるはずもない。


 やっとの思いで眠気の重しがぶら下がった瞼を持ち上げると、昨晩寝る前にやっつけで修繕した天井が視界に入る。

修繕と言っても天井に空いた穴を段ボールで塞いだだけだ。

隙間だって無いというわけではないし、雨が降れば雨漏りは必至だろう。


 その壊した張本人に魔法かなんかで直せないかと聞いてみても、結局のところそれは難しいようだし・・・・・・。

少なくともここで生活するうえでなんとかしないといけない問題の一つだ。


「あぁー・・・・・・ねみー。くそが」


 寝不足由来の何とも言えない体の重さがあらゆる気力を削ぐ。

幸い今日は休みなのだが・・・・・・日曜なのだ。

日曜というのは実質休日ではない。

明日訪れてしまう月曜に備えるための準備期間。

つまりこの日曜を有効に使えないと、とても暗い気持ちで月曜の朝を迎えることになってしまう。

だからいくらだるいと言ってもこの一日を横になったまま無為に消費してしまってはならないのだ。


 まとわりついてくる疲労にも似た倦怠感に邪魔されながらも、ふらふらと体を起こす。

寝ぐせでぐしゃぐしゃになった髪に指を通して余計ぐしゃぐしゃにする。

まだ完全に開ききらない目で何度か瞬きをすると、目が乾いていたのか少しざらついた感触がした。


 しばらく布団の上に座ったまま、ぼうっとする。

ここで引き戻そうとしてくる布団の手を振り払えればやっと完全な起床に至れるだろう。

今日までの勝率は五分。

幸い今日は蒸し暑さの不快感が味方に付いているので、布団の誘惑にあらがうことが出来た。


「あー・・・・・・とりあえずシャワーでも浴びるか・・・・・・」


 背骨を鳴らしながら立ち上がって、独房の戸に手をかける。

それを開けば、既に浴室の方から水の流れる音がしているのに気づく。

どうやら一足先に目覚めた姉ちゃんが寝汗を流しているようだった。


「先越されたか・・・・・・」


 戸は開けたままに独房に戻る。

そして淀んだ空気を入れ替えるために小窓を開いた。

気持ち程度に吹き込んでくる風はぬるい。


 布団をたたんで、蹴って部屋の端に寄せる。

そうして手持無沙汰になって・・・・・・部屋の隅に突き刺さっている剣に視線を向けた。


 アールグレイ。

声質からして明らかに女の子だったが、特に深い考えもなくこの部屋に安置されている。

狭い一部屋に男女が二人ずつ・・・・・・何も起きないはずが無い、というのが定説だが流石に変な気は起こせなかった。

だって剣だし。

あるいはSNS上に多数生息しているとされる上級者の方々なら何か己のうちに湧き上がらせることが出来るのかもしれない。

だがあいにく俺の嗜好はごく一般的。

この状況で間違いが起きることは万に一つもあり得ない。


「ってか、めちゃくちゃ静かだけど・・・・・・寝てんのか、これ?」


 昨晩はあれほどやかましくしていたのに今は物音ひとつ立てない。

まるで普通の剣であるかのようにただそこにある。

生き物は疲れを知らない(っぽそうな)体を手に入れても睡眠を必要とするみたいだ。


 無骨の金属の塊を眺めながら、アールグレイの本来の姿に思いをはせる。

異世界人ということでだし、こう・・・・・・やっぱりカラフルな髪色をしているのだろうか。

安直に金髪碧眼とかだったらいいな・・・・・・じゃなくて。

地球人的な姿をしているとは限らないのだから、過度な期待はしないでおく。

そもそも本来の姿を拝める日が来るかもわからないし。


 とりあえず想像上の本来の姿はいわゆる宇宙人的な見た目である「グレイ」に固定しておく。

アール「グレイ」だし丁度いい。

・・・・・・少し涼しくなったかな?


 一旦宇宙人的なビジュアルを想像すると、途端にこの聖剣もコズミックな産物に見えてくる。

実際剣としての見た目も異質であるし、宇宙産だと思うと結構しっくりくる。

聖剣などと呼ばれるからには逸話の一つや二つはきっとあるのだろう。


「ふむ・・・・・・」


 俺の感性はいわゆる一般的な「男の子」のものだ。

一度そちらの方向に想像を膨らませてしまうと、途端にこの聖剣が格好良く見えてくる。

昨日見たときは変な剣だと思ったが、今はそれも味と解釈できる。

入手したばかりのときは正直微妙だと思ってたおもちゃがずっと見ているうちにだんだん好きになっていく感覚だ。


 今にも主に引き抜かれるのを待っているかのような柄に手を伸ばす。

昨日は恐る恐る指でつついただけだったそれを、今度はしっかりと握った。

その瞬間・・・・・・。


「うわっ・・・・・・!!!!!!」

「うわ、んだよびっくりしたな・・・・・・」

「びっくりしたのはこっちですよ! なんなんですか急に!!」


 いきなり叫び声をあげたアールグレイに肩が跳ねる。

まあ考えてみればアールグレイにとっては寝起きドッキリされたようなものだし、そのリアクションも無理はない。


「っていうか! どこ触ってるんですか! セクハラですよ、セクハラ! デリカシーとか無いんですか!?」

「いや・・・・・・いきなり触ったのは悪かったけどさ・・・・・・。俺はいったいお前のどこを触った判定になっているのだよ」

「それは・・・・・・まぁ・・・・・・」


 驚きから怒り、そして羞恥へと感情の移り変わりが激しい。

ところで後学のために俺がどこを触ったのか知りたいのだけど。

場合によっては上級者の方々に仲間入りできるかもしれない。

したいかどうかは別として。


「まったく・・・・・・信じられませんね」


 アールグレイはため息を吐いて刀身をくねらせる。

怒りに震えた刃は高周波ブレードとなって床を両断する・・・・・・ようなことはなかったので安心だ。


「これでよし、と・・・・・・」

「え? よしって、何が・・・・・・?」

「何って・・・・・・ミドリがヘンな所触るから姿勢を変えたんじゃないですか」

「あ、そう・・・・・・姿勢、変わったんだ」


 俺の手は変わらず柄を握っている。

でもさっきとは触っている部位が違うらしい。


「え、因みに今は俺、お前のどこ持ってんの?」

「普通に手握ってますけど?」

「あ、そなんだ・・・・・・」


 それはそれでなんだか湧き上がる思いがあるのだけれど。

いや、いやいや!

冷静になれ。

俺が握った手は銀色の肌の宇宙人の枯れ枝のような細い腕だ。

何ちょっと意識している。


 雑念を振り払うように聖剣を持ち上げる。


「おわ・・・・・・揺らさないでくださいよ!」

「重・・・・・・」

「ちょっと! デリカシー!!」


 これはそう、剣なんだ。

これに女性を感じるな。

理性的であれ。

決してこれで「女の子と手がつなげて嬉しい」などという気持ちになってはいけない。

そんな風に思ってしまえば健全な発達を阻害する。


「あ、てか放してくださいよ! いつまで持ってるんですか!」

「あ、ああ・・・・・・放すけれども・・・・・・」


 少し名残惜しい気がするのは、この剣がカッコいいからだ。

アールグレイの手を放すのが惜しいわけじゃない。


 刺さっていた場所にゆっくりと切っ先を下ろし、再び床に突き立てる。

そうして冷たい柄から手を放した。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 訪れた沈黙がなぜだか気まずい。

なんでアールグレイはこういう時は喋ってくれないんだ。


「あ、えっと・・・・・・おはよう?」


 気まずさに耐えかねて苦し紛れに言葉を放つ。


「・・・・・・うっさいばか。とにかく・・・・・・はぁ、やたらわたしには触らないでくださいね。聖剣としても、一人の人間としても」

「・・・・・・ごめん」

「うわ、ガチ謝罪・・・・・・。なんか逆に引きますね・・・・・・」


 アールグレイからの好感度が下がったのを検知。

初対面から地に落ちていたはずの俺からのアールグレイへの好感度はなぜか上昇した模様。

思春期男子のちょろさはこれほどのものなのか。


 俺だけが気まずさを引きずったまま、しばらく時間が流れる。

姉ちゃんが浴室を出ると、逃げ込むようにシャワーを浴びに行った。


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