5 元OL聖女の意地
豪奢な天鵞絨とレースが幾重にも垂らされた天蓋付きのベッド。
憧れのお姫様ベッド!と毎日幸せ気分で寝ていたそのベッドに、今は最低最悪な気分でノアは突っ伏していた。
「ゔゔーばんばりだばー」
叫びはふかふかの羽毛布団に吸収されて変な音になる。
(ありがとう羽毛布団。アンナ達に気付かれるわけにはいかないもの。ていうかこのふっかふかの超最上級羽毛布団ともお別れなのね……)
再びぶわっと涙があふれ、視界がにじむ。
せっかく手に入れた超快適ハッピー異世界ライフが、こんな形で終わるとは予想外すぎた。
自分に非があるならあきらめられる。
しかし、他国に伝わる呪いのために聖女資格剥奪で国外追放なんて、完全なとばっちりだ。納得がいかない。
しかしテオ大神官の態度は本気がみなぎっていた。今日中にオルビオンを出なければ、本当に雷魔法がノアをピンポイントで狙うだろう。
「うわーん、あんまりだわー」
つい幼子のように天井に向かって泣き声を上げてしまう。
しまった、と思った直後、コンコンコンと扉を気遣わしげにノックする音が響く。
「ノア様? どうされましたか? 苦しそうなお声が聞こえましたが……入ってもよろしいですか?」
(アンナだ!)
ノアは慌てて袖で涙と顔をごしごし拭った。
「な、なんでもないの、大丈夫よ」
「ですがお声が擦れているような……」
扉の向こうからアンナの心配そうなためらいが伝わってきて、胸がきゅっと痛んだ。
(テオ大神官は誰にも知られずオルビオンを出ろって言った。裏を返せば、このことを知った者は生かしておかないってことよね)
異世界にきてから一年近く、いつも傍にいて世話をしてくれたアンナを危険な立場に追いやりたくはない。
(アンナは聖女見習いの筆頭。このまま修行を積めば、きっと聖女になれる)
アンナだけではない。館にいる聖女見習いの少女たちには輝かしい未来がある。
それに、この館にきて以来、ノアが好き放題遊んで暮らせたのは、アンナと聖女見習いの少女たちが雑用すべてを担当してくれたおかげだ。
彼女たちに累が及ぶことがあってはならない。
この世界へ再誕してからのことが、走馬灯のように脳内を駆け巡った。
(記憶が走馬灯……って死亡フラグじゃん!)
自分で自分にツッコみ、ぶるぶると頭を振る。
(しっかりしてあたし。一回死んだんだから、もう少し生きよう?)
扉をノックする音が再び。ノア様、とアンナが心配そうに問うている。
(どうしよう? どうすればいい??)
ふかふかの羽毛布団に顔をつっこむ。
アンナや聖女見習いたちが整えてくれた羽毛布団だ。
(……よし)
ノアはキッと顔を上げた。その顔はもう泣いてはいない。
(前世じゃあ平凡なOLだったけど、根性だけはあったんだから!元OL聖女の意地を見せなくちゃ!)
資格剥奪とか言われても、ノアはノアだ。持前の根性と聖女である矜持まで奪われはしない。
(まずは、彼女たちを守ることから始めなければ!)
そっとベッドから下りて、ノアは乗馬に使っている荷袋を出した。そして、チェストから様々なものを引っぱり出して入れながら、ゴホゴホと咳こむ真似をした。
「アンナ、ごめんなさい、ごほっ、なんだか風邪っぽくてごほっ、うつるといけないから部屋に入らないで」
「私のことなどいいのです。こんなときまで周囲への気遣いをなされるなんて、本当にノア様は聖女の鏡……私、ノア様の風邪ならよろこんでうつりとうございます!」
がちゃり、とドアノブが回ってノアはぎょっとした。
(アンナちがうっ、その忠誠心はちがーうっ!!)
ノアは扉に走り寄り間一髪で扉を押さえる。
「だ、駄目よアンナ! 聖女見習い筆頭の貴女が風邪をひいたらこの館は回らなくなってしまうわ。わたくしのためを思うなら、部屋には入らないで!」
「し、しかし……あっ、そうですわ、少し早いですけど昼食に何か温かい食べ物をお持ちします。それか、ハーブを煎じたお薬湯を――」
「あ、あありがとう。でも大丈夫、今は食欲がないの。きっとぐっすり寝れば食欲もわくと思うの。だから、夜になったらまた声をかけてくれないかしら?」
「夜まで何も召し上がらないのはいくらなんでも身体によくありませんわ!」
再びドアノブが回りそうになるのをノアは必死に押さえた。
「だ、大丈夫よ! ほんとに! 今はちょっとお腹も痛いし!」
「でしたら腹痛に効くお薬湯を!」
「いや、ほんとうに何もいらないから!」
(どうしよう、このままじゃアンナに押し切られちゃう!)
何かいい案はないかとドアを押さえながら必死に考えを巡らせていると、階下で人の声と慌ただしい物音がした。
「……?」
ノアは訝しむ。アンナも異変を感じたようで、
「すみませんノア様、階下が騒がしいので様子を見てまいります」
と階段を下りていく音がした。
「……なんかよくわからないけど今のうちに!」
言うやいなや、衣類や道具を思いつくままに荷袋に詰め、テーブルの上の果物やパンやチーズを詰め、聖女の衣を脱ぎ捨てた。そして乗馬用の衣装を着て、剣術で使う軽い防具を身に付け、細剣を腰に下げ、長い銀髪を編んで頭に巻き付け、目だけが見える革の防具を被った。
この間、おそらく五分ほど。自分でも驚くほどの手際の良さだ。
胸をなでおろしたところで、廊下がにわかに騒々しくなった。
なりません、とか、聖女様の寝室ですよ、というアンナの叫びと、ドアを激しくノックする音が聞こえたのは、ほぼ同時。
「聖女ノア! おられるか! 我らはテオ大神官より貴女を大神殿にお連れするように言われてきた神官兵だ!」
(な、なんで?!)
ノアは文字通り飛び上がった。しかし反射的にドアに鍵をかけるのを忘れなかった。
そのドアがぶっこわれそうな勢いで、神官兵はノックを繰り返す。
「鍵などかけても無駄ですぞ! 我々は強制連行の権限をテオ大神官に与えられております! おとなしく出てこられよ!」