4 突然の追放
アンナとそんな話をした数日後。
ノアは、テオ大神官の執務室に呼ばれた。
「ノアよ。そなたの聖女資格を今この時を以て剥奪する」
「え……?」
焼きたてのパンが入った籠を手に、ノアは固まった。テオ大神官の好物のパンは籠の中でいい香りを放っている。
いつもなら部屋に入ったとたんに顔を綻ばせるはずのテオ大神官は、未だ厳しい表情を崩さないままノアに告げた。
「今すぐ、荷物をまとめてオルビオンを出るのじゃ」
言われたことの意味がわからずノアは言葉が出ない。
(何か言わなきゃ)
痺れている頭を懸命に動かして、やっとのことで擦れた言葉を紡ぐ。
「どういうことでしょうか、その……」
「表向きには、そなたは病を得て寝た切りになったことにする。再誕という奇跡を起こした聖女として、神殿に列聖の銅像も建てよう。民にも聖女のまま語り継ぐ。ゆえに感謝して事を荒立てず、オルビオンを去れ」
去れ、という言葉がノアの胸に鋭く刺さった。抑えていた感情が一気に言葉となってあふれ出す。
「あ、あまりにも突然のお言葉……あたし、何かしたんでしょうか? 何か罪を犯したのでしょうか? 聖女資格剥奪とはどういうことですか?!」
すがるようなノアに、テオ大神官はこれまで見たこともないような冷たい表情で言った。
「何も告げずに追放してもよいのだが、これまでの勤めを労うため、教えてやろう。――そなたはブランデン王国とモーム王国に伝わる呪いの伝承を知っておるか」
「呪いの伝承?」
ノアは首を横に振った。あの豊かな二つの大国に呪い?
「昔々、とある吟遊詩人が両国の王家にかけた呪いじゃ。両国の王となる者は、必ず狼男となる呪いでな。伝承とされているが、実は本当の呪いなのじゃ」
「ええ?! お、狼男って……お、おそれながら、ブランデン王もモーム王も、間近で拝見しましたが……」
少し前、新年の祝賀に両国の王がオルビオンにやってきた。その際、聖女として大神殿の祝賀会に列席していたノアは両国の王を間近で見ている。ブランデン王もモーム王も、堂々とした初老の男性で、もちろん人間だった。
「お二方とも素晴らしい風貌を備えた王で、その、狼男には……見えませんでした」
「昼間は人間だ。だが、夜になると狼男に変化するらしい。詳しくは知らぬが」
テオ大神官は小さく溜息をついた。
「呪いの伝承は両国の御伽噺で、民もまさか自分たちの王が狼男だとは思うてはおらん。だが、代々、ブランデンの王は白狼、モームの王は黒狼。それは事実じゃ」
なるほど、テオ大神官がここまで言うなら、本当なのだろう。しかし。
「あの……両大国の王が狼男だとして、それがあたしの聖女資格剥奪に何か関係があるのでしょうか……?」
「大ありじゃ」
テオ大神官は口の端を歪めた。
「両国共、伝承に曰く、狼男の呪いを解く方法がたった一つだけあるそうでな。それは、別世界からやってきた聖女を妃にすること」
「……え」
「つまり、そなたじゃ」
テオ大神官は枯れ枝のような指をノアに突き付けた。
「両国は、そなたの評判を聞き、そなたこそ呪いを解く『別世界からやってきた聖女』だと言うておる。そして、両国共に、そなたを妃として差し出さねば、このオルビオンに攻め入ると言っておる!」
「ええ?!」
「そなたを割って両国に差し出すことはできん。またどちらか一方に差し出しても、争いの種じゃ。そなたは聖女だが、もはやオルビオン聖領国にとって聖女ではない。災いをもたらす魔女じゃ」
「そ、そんな……!」
「再誕の奇跡を為した功績を讃え、猶予を与えてやろう。先ほども話した通り、病に臥せったことにするゆえ、今日中にオルビオンを出よ。さもなくば――」
テオ大神官が両掌を合わせると、その中に小さな稲妻が火花を散らした。テオ大神官は雷魔法の最上級者だ。
「わしは、悲しい断罪をせねばならぬ」