2 聖女ノアのスペック
そんなわけですんなり異世界になじんだ乃愛は、異世界最高! と日々《ひび》心の中でよろこびを叫んだ。
それもそのはず、周囲は乃愛を「再誕聖女」として下にも置かない扱いだった。毎日がチヤホヤのオンパレードだ。
ここはオルビオン聖領国という、神に仕える神官が治める国。首都はラデウム、そこに国の中枢機構である神殿群があり、その敷地内にノアは専用の住居を与えられた。
神殿群の敷地内に住居があるのは一定の位以上の神官であり、ぽっと出の聖女がいきなり専用住居を与えられるのは破格の扱いだ。
加えて、住居には住みこみの聖女見習いが数人いて、すべてがいたれりつくせり。ご飯も掃除も洗濯も、ぜーんぶ彼女たちがササっとこなしてくれる。
「すごい~貴族のお姫さまみたい!こういう生活に憧れてたのよね~」
読書はもちろん、前世でハープの次にやってみたくてしかしお金がかかるために諦めた乗馬、フェンシング(に似た剣技)、そしてコアすぎてなかなか手が出せなかったサバゲー(と乃愛が称するハンティング競技)などなど、聖女のお勤め時間以外は好きなことを思う存分やって過ごした。
前世でもそうだが、神仏に仕える人々というのは朝が早い。オルビオン聖教も例外ではなく、よって聖女のお勤めも早朝に集中しており、朝の弱い乃愛にとってはキツかった。
しかし慣れてしまえばどうということもなく、しかも朝が早ければ終わりも早いので、その後の『好きなこと時間』がものすごく長く楽しめる。
前世では「早起きは三文の得」をなかなか実践できなかったが、異世界でその素晴らしさをかみしめていた。
異世界転生して人生やり直してハッピーになりました――という理想的な生活をエンジョイしまくっていたのである。
おまけに乃愛は、17歳の超絶美少女に転生していた。
月光のような長い銀髪も、湖水のようなブルーの大きな瞳も、陶器のような白皙の肌も、すべてが自分でもうっとりするくらい美しい。鏡の前にいるのが楽しくて仕方がない。
礼拝堂の中でも、皆、乃愛を振り返る。それは聖女だからというだけでなく、乃愛の容姿が男性を惹きつけるものだからということに乃愛は気付いた。
いわば人生最高のモテ期。
聖女なので、異性とお付き合いできないのは残念だが。
そしてなんと、聖女は魔法が使えた。
魔法といっても風や火を操るような派手な魔法ではない。額の六芒星の聖印に気を集中すると、動植物と話せるという、いたって地味なものだ。
しかしこの魔法は大いに聖女ノアのイメージアップにつながっていたので、ノアは満足していた。
それに、前世では〇〇ファンタジーや××クエストや□□の伝説などのRPGをやりこんでいたので、自分が魔法を使えるということ自体にかなりなトキメキがある。
◇◇◇
そんな喜びに満ちあふれた生活の中でも、乃愛がいちばんうれしかったのは、ハープの件かもしれない。
この世界では楽器ができることが一つのアドバンテージとなっているらしく、特にハープーーこの世界では竪琴と呼ばれるがーーが弾けるのはオルビオン聖領において重宝された。
前世で死の直前までハープを習っていた身としては、感無量と言ってもいい。
竪琴は神殿での儀式から昔話の弾き語りまで幅広く人々の間に浸透していて、イベントや集会には欠かせない。
ゆえに竪琴が弾ける者はいろんな場所に呼ばれる。
ましてや再誕聖女ノアの演奏とくれば、聴きにこない者はない。
乃愛は聖女のお勤めの合間に竪琴演奏へ引っぱりダコ。演奏先ではもはや神のように崇められ、乃愛の演奏を聞いた聴衆は滂沱の涙を流すのだった。
「ハープ習っておいてよかったー」
前世、ハープ教室の先生にも筋が良いと褒められていたことが、唯一の自慢だった。
ハープよりピアノとかが弾けた方がカッコいい、と家族友人の誰もが興味も持ってくれなかったが、こんな形で報われて本当によかったと乃愛は思う。
演奏を聞いて感動してくれるオルビオン聖領の人々を見るたびに、レッスン代と通った時間は無駄じゃなかった、と乃愛は小さくガッツポーズをしていた。
演奏会の場数を踏み、練習も重ね腕を上げ、オルビオン聖領きっての師範から「お教えすることはもう何もありません」とお墨付きをもらうほど、乃愛は竪琴を極めていった。
「自分の信念に従って物事をやり通すことは、とても尊く大事なことです」
前世での体験談も交えて弾き語るその話も素晴らしい、とノアの評判は右肩上がりに上がるばかりだった。