17 トレスとマルコス
二頭はのんびりと地面に伏せているだけだ。
「水戸黄門が自ら戦うとか、そんな展開見たことも聞いたことないわよっ」
そう叫びつつも、この場で武器を持っているのはノアだけだ。仕方なく細剣を手に取った。
「エルメス! そ、そこから敵が見える?どんな魔物?」
樫の木の上に向かって叫ぶと、エルエスが羽を羽ばたかせた。
《うーん……うん。見えるわ。馬よ》
馬の魔物だろうか。ケンタウロスとか?
《人が乘ってるわ》
「うんうん人がね……って、え?」
《二頭来る》
エルメスの言葉に目をこらせば、たしかに、同じ方角からそれぞれ平原に馬を走らせる影が見えた。
二頭はそれぞれ、灰銀色の馬と赤茶色の馬で、どちらも見事な駿馬だということは、馬術を習ったノアには夜目にもわかった。
樫の下まで来た馬から、それぞれ人が血相を変えて降りてくる。
「まったく、どこまで心配させるんですかアルフレッド様!」
「殿下っ、よくぞご無事で!!」
文官風の黒髪の男と、筋骨隆々とした巨漢が近付いてくる。
どうやら、狼王子たちの臣下らしい。
「え? え? もしかして、遠吠えで呼んだのってこの人たち??」
魔物とか獣を想像していたノアは、ぽかんと立ちつくす。
そのノアの横を白と黒の狼がすり抜けて男たちに近付いた。
「ん?」
「ややっ、これは」
男たちは白狼と黒狼を交互に見て、それからやっと隣のお互いを見た。
「もしかして貴殿は、モーム王国の御方」
「いかにも。貴殿はブランデン王国の」
「では、こちらの黒狼は」
「これなる白狼は」
「そういうことだよ、トレス」
「偶然会ったのだ、マルコス」
それぞれの主人、いや主狼が言う様子を見ていた男たちは、ノアに目を向ける。
「では、もしかして」
「こちらの少女が」
「「異世界からの聖女だ」」
とたんに、文官風の男が歩み寄ってきて、ノアの前に膝を付いた。
「初めまして、聖女様。私はブランデン王国皇太子、アルフレッド・フォン・シュトラスブルクの側近、トレス・メイヤーと申します。トレスとお呼びください。さあ、我が主と共に、ブランデン王国へ参りましょう。そのために我らは貴女様を捜して――」
「ちょっと待ったぁっ!」
巨漢がトレスを押しのけるようにノアの前に膝を付いた。
「某はモーム王国皇太子レオナルド・デ・カスティーリアが側近、マルコス・ガルシアにございます。聖女様にこんなに早くお会いできるとはなんたる幸運! さあ、モーム王国へ参りましょう!」
「君、失礼じゃないか。私が聖女様に御挨拶していたというのに!」
「特に順番ということもなかろう!」
(なんか似たようなやりとりをついさっき聞いたような……)
似た者主従なのだろう。
ノアが咳払いすると、トレスとマルコスは黙った。
「いかにも、あたしはオルビオン聖領国聖女、ノアです。だけど、ちょっと……理由があって、その……休暇を取っていまして、ですね……」
すべての事情を知っている、というかそもそもノアが追放されるハメになった原因を作った者たちは、しどろもどろに言い繕うノアに憐れみの視線を向ける。
そんなことは知らないノアは、もごもごと現状を述べた後、とにかく! と顔を上げた。
「とにかくですね、結婚で物事解決するほど世の中、甘くないと思うんです! だから根本的解決を目指しましょう!」
「と言いますと?」
「どういうことでしょうな?」
「呪いを解く方法を探しましょう」
トレスとマルコスは目を丸くしてそれぞれの主人を顧みる。
「ちなみに、貴方たちの御主人には了承を得ているから。探しものは人数が多い方がいいもの、よろしくね、トレスさん、マルコスさん」
それぞれの主人たちは呼び捨てなのに、なぜか彼らをさん付けで呼んだノアは、上機嫌で焚火に戻った。
(ラッキー。なんか強そうな人たち増えた)
ド〇クエでまだ旅人の服と木の棒しか持ってないのにレベル60以上の味方がパーティーメンバーに入ったような、そんな気分でノアはマロンに寄りかかる。
『なあ、ノア。なんやあいつら、険悪な雰囲気やけど、大丈夫なんかいな』
「うん、だいじょぶだいじょ……ぶ……」
安心しきったノアの頭に、今日一日の出来事がメリーゴーランドのように回ったと思ったら――急速に、眠りに落ちていた。