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12 白狼と黒狼

「と、とにかく武器を」


 立てかけてあった剣を取ろうとして、間違えて竪琴を手に取ってしまった。

「バカバカあたしっ、何してるのよ――」

 そんな呟きも空しく、すでに狼は樫の木の囲いを隔ててすぐ目の前に立っていた。


 月明かりの下に立つ白狼は銀色に輝き、神々しい。その双眸が翡翠玉のようだと気付くほど、白狼は樫の木の囲いに迫っている。


(どどどうしよう、食べられちゃう!)


「――弾いてくれ」


 低い声が言った。


「……え? え??」

 ノアは周囲を見回す。誰もいない。いるはずはない。


「樫の木さん……?」

『わたしじゃない。狼だ』

「へ?」


 狼は翡翠玉の目で、樫の枝の隙間からじっとノアを見ている。

 動物とも話のできるノアは、その狼の瞳がたとえようもなく哀しそうな色をたたえていることに気付き、思わず言った。


「弾く、って、竪琴を?」

 すると狼は肯定するように首を動かした。

「そうだ。頼む。さっきまでのように、弾いてくれ」


 襲ってくる気配はない。狼から感じるのは殺気ではなく、そこはかとない哀しみだけだ。


(弾いたら見逃してくれるのかしら……?)

 ノアは竪琴を抱え直すと、弦を爪弾つまびき、もう一度あの曲を弾いた。


「ああ……!」

 狼は歓喜にうち震えるかのように、首を上げる。

「そう、この音色だ。僕は、これを待ち望んでいた気がする……!」


 じっと目を閉じて、低く細い呻りを上げる白狼は、神の遣いのように神々しく美しい。野生の獣ではないと、ノアは思った。


(でも、野生の狼じゃないとしたら、いったい何?)

 狼を飼うなどという酔狂な人物がこの異世界にはいるのだろうか。


『ノア、南の方角から、もう一頭くる』

「え?!」


 ノアは思わず立ち上がる。樫の木の言う通り、今度は南の平原の中を、金色の光を帯びた漆黒の影が近付いていた。


 竪琴に聞き入っていた白狼が、さっと振り返る。

 そこには、白狼と大きさや外見の似ている、しかし漆黒の狼が近付いてきていた。


「なぜ止める」

 黒狼は金色の輝きを放つ体躯を樫の木の囲いに押し付け、紫水晶のような双眸でノアを見上げた。

「頼む、弾いてくれ。竪琴を。俺はその音色聞きつけてここまできたんだ」


 白狼が威嚇するように低く唸った。


「君は、まさか」


 黒狼も、白狼を振り返って唸る。


「貴殿は、もしや」


 睨み合う二頭を見てノアはたじろぐ。

「え? え? なんなの??」


「いいから君は竪琴を弾いてくれ!」

「おまえは竪琴を弾き続けろ!」


 同時に狼からすごまれ、ノアは泣きそうになった。

「もうなんなのよぅ」

 わけがわからず、しかし怖いのでとりあえず演奏を再開する。


 ノアの演奏がゆるやかに解ける月明りの美しい川辺で、二頭の気高い狼は対峙した。


◇◇◇



(この黒狼は、モーム王国の王……いや、皇太子だな)


 狼の若そうな外見を見て白狼――アルフレッドは考える。


(そうか、僕と同じことを考えたな。皇太子であることを隠し、使者の一員としてオルビオンを訪れ、帰国せずに秘かに残った)


 同じことを、向かい合う黒狼――レオナルドも考えていた。


(そして、オルビオンを出るであろう聖女を捕え、連れて帰る――ブランデン王国の皇太子め、同じことを考えたな)



 二人は同時に、同じことを思った。

((ここで聖女を奪っていくしかない!))



「聖女殿!」

「聖女よ!」


 いきなり隠している事実を狼に指摘され、ノアは狼狽うろたえる。


「えっ、いや、あのっ、その……あたしは聖女じゃないんで!」

「「そんなはずないだろう!」」


 二人――いや二頭からツッコまれ、ノアは言葉に詰まった。


(この狼たち何なの?!)


 テオ大神官からの追手だろうか。二頭の狼は外見の美しさからもぜったい野生の狼ではない。魔法で使役された獣かもしれない。しかし追手なら、すぐにでも襲い掛かってくるはずだ。


 すると白狼がノアの方を向いてすっと地面に座り、頭を垂れた。

「お初にお目にかかります、聖女殿。僕はブランデン王国皇太子、アルフレッド・フォン・シュトラスブルクと申しま――」

「俺はモーム王国皇太子、レオナルド・デ・カスティーリャだ」

「君! 僕が話しているところにかぶらないでくれたまえ」

「順番ではないだろう。俺がいつ話そうと俺の勝手だ」


(こ、この狼たち……あたしがオルビオンを追われた元凶だ!)


 ブランデン王国の王が白狼、モーム王国の王が黒狼。テオ大神官の言った通りだ。


(せっかくの異世界ライフをよくも邪魔してくれたわねっ)

 恨み事のひとつでも言ってやろうかと思ったが、二頭の険悪な空気にノアはたじろぐ。

(な、何? どうしたのかしら)

 二頭は低く唸り、樫の木の囲いをきしませてぎゅうぎゅうおしくらまんじゅうしている。

「あ、あのう……」

 おそるおそる問いかけると二頭はノアに喰いつかんばかりの勢いで樫の囲いに鼻面を押しつけた。


「聖女殿! 僕は貴女をお迎えに上がったのです! 我が国の新しい妃として!」

「聖女よ! 俺はおまえを生涯かけて愛し大切にする。我が妃としてモームへ来い!」

「なっ、乙女に向かっていきなり愛するなどとは不謹慎な! ていうか反則だ!」

「反則? わけわからんぞ! これはモーム流のプロポーズなのだ!」

「やはり南の国の男は暑苦しくて軽薄だな!」

「はあ?! 北の堅物男に軽薄よばわりされる覚えはない!」

「なんだと?!」


 二頭はじりじりと額を突き合わせて睨み合う。



『あのう、枝、痛いんで踏まないでくれます?』

 樫の木がおっとりと口を挟んだ。


「あ、申しわけない」

「おお、すまない」


 二頭は離れ、ふと樫の木の囲いに目をやり――叫んだ。


「聖女殿は?!」

「いないぞ! どこだ!」


 樫の木がゆっくりと、枝の囲いを解いて元の姿に戻っていく。


 その開けた視界の向こうに、夜闇の中を疾駆しっくする馬の後ろ姿が見えた。


「聖女殿! 待ってくれ!」

「聖女よ、話を聞け!」



 二頭は走り去る馬を猛然もうぜんと追いかけた。




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